第58話 ミレットの気遣いと救出作戦

「よし。んじゃあ、各隊の隊長は集まってくれ」


ミレットの陣頭指揮の下、最後のミーティングが開かれていた。全員が真剣な面持ちで話を聞いている。


「で、ここから重要なんだけど、この盗賊は――」

「「え!?」」


全員が話をしつつ、俺の方を見てくる。恐らく、エプリス領の軍が関与していることを今、知ったのだろう。俺は各指揮官達を見つつ、冷静に頷く。


正直なところ、今回はエプリス領がどんな思惑があって動いているのか、俺にも分からない。あのミレットですら二度聞きするほどの事実だ。それだけ今回の件はあまりに予想外で『対盗賊から対軍人』へと認識を変える羽目になり大幅に準備を練り直した。


「よし、以上。全てはリテーレと愛する者たちのために」


一様に俺へ少し頭を下げてから各部隊の元へと隊長たちが散っていった。


「とりあえず、こっちは準備完了だ。ルカ姉の方は?」

「大丈夫。回線自体はつなげておいたから問題は無いはず。では達也さん号令を」


ルカから全部隊へと繋がるコミラートを受け取り、声を吹き込む。


「救出作戦に参加する兵士諸君、今回の相手はエプリスの軍人だ。反撃される可能性は充分にある。だが、我々はリテーレ領を守るべく、また立ち上がらなくてはならない」


俺は一呼吸置いてから宣言した。


「いいか……。村人も俺たちも全員、無事に生きて帰てくるぞ! 作戦開始だ」

「「はっ」」


俺の号令を元に隠者が先陣を切る形で村へと向かい始めた。もちろん、偵察で放っていた隠者の部隊からナーイットの現状について報告が上がってくる。


「どうやら村人は3組に分かれて行動させられている様です。1つは村への来訪者に対応し、農作業を主流とする組、もう一つはかまどで何かを生産させられている組、最後の一つは休憩で休んでいる者たちです。至る所に警備兵もいますので、ここが限度でした。申し訳在りません」


隠者の兵士はそう語るが、そこまで悲観するほどの内容でもない。


何組かに分かれて行動しているという事はそれだけ退避の用意もしやすいという事だ。それに、その場さえ同タイミングで制圧すれば騒ぎになる前に村人達を逃がすことが出来る。


「いや、充分すぎる情報だ。ありがとう。……ミレット、聞こえるか?」

「あいよ!」

「部隊を三個に分けろ。同時のタイミングで救出に動くぞ。いいな?」

「了解! んんじゃあ~聞いてのとおりだから……第一部隊をアタシと! はぁ!?嫌だって? 嫌とは言わせない……って、え? 本気で嫌!? はぁ~そんな態度とっていいのか? 減給すんぞ!?――」


コミラートからはミレットとその部隊員がわいわい騒いでいる。


「本当に大丈夫か……? こいつら」


些か心配になり、ルカに顔を向けるとルカは苦笑していた。


「最初は私も礼儀が……!とか、言っていましたけど……多分このやり取りってあの子なりの気遣いだと思うんです。今から戦地に向かう者を和ませるための」

「なるほどなぁ……」


俺も薄々は気付いていた。確かにミレットの隊が仲良しこよしに見えるのはミレットがうまい事、皆に話へと入らせるチャンスを与えているからこそ出来ていることだ。よく隊の中を見なければ出来るわけがない。


そこがミレットの資質でもある。


「達也様、ここで馬車を止めます。奴らに気づかれるかもしれませんので」

「ああ。わかった、ここからは徒歩だな」


マレルはゆっくりと馬車を止め、木に手綱を巻きつける。

俺たちは静かに馬車から降りてコミラートで指示を出した。


「各隊に通達。隠密行動でナーイット村に接近。準備で出来次第、連絡を送れ。以上だ」


俺とルカは共に同じ隊で統率を取り、動き始めた。他の二部隊もマレルやミレットを中心に動き始める。


「(お前らはそっちに回れ)」


俺はハンドサインで指示を出しながら隊を計画通り、動かしていく。


俺とルカの部隊は最も危険だと思われる正面からの潜入を試みる。バレないかどうか心配しながらの進軍だったが、想定していた以上に警戒している兵士の数は少なく侵入にはさほど手間取ることは無かった。


しかし、それも束の間だった。


村の中は兵士だらけでとても40名や、そこらの兵士の数ではない。俺達は建物越しに敵の動きを探りながらハンドサインで進軍していく。その時、コミラートから情報が流れてくる。


「前方にある建物、その三つに休息中の村民たちがいます。ですが、各建物は厳重に警備されている様です」

「……了解。他地点の敵数は」

「さほど、多くはありません。恐らく、ここが厳重に警備されているのは人質的な意味があるからだと思われます」

「わかった。ひとまず、こちらは用意完了だ」


俺はそう小さく呟き、ルカの目を見てから地面に文字を描いた。


『慎重に功撃を仕掛ける、静かに仕留めていくぞ』と。


ルカは少し悩んだ顔になったが、建物の隙間越しに再度、様子を伺ってから静かに頷いた。村人全員を救うためにもルカは事を荒立てたくないのだろうが、万が一のことを考えると兵士の数を減らしておかなければならない。


そして、残り2つ部隊から続々と『準備完了』の連絡が舞い込んだ。

静けさを増す夜の中、俺はごくりと唾を飲み込む。


「作戦開始――」


全員が闇夜に紛れて一斉に動き出す。


俺達は静かに各建物の裏手に回りこみ、一人ずつ無力化していく。建物の構造上、裏口はなく表の入り口だけしかない。だが、正面には大勢の兵士がいて、救出に動くには問題がある。


「(どうすればいい……?)」


俺が悩んでいるとルカは兵士から何か細いモノを受け取り、おもむろに窓に『細い糸のようなもの』を通した。


見た目は縄跳びのように見えるが、切断器具のようで窓に取り付けてある冊子を壊していく。普通は何か音が出るはずだが、全くの無音だ。


一通り、破壊し終わると人が一人、通るだけのスペースが出来た。それと同時にどこから手に入れたのか知らないが、足元の土台になるモノを兵士がおき、俺とルカ、数名の兵士が中に侵入した。


俺は中に入ってすぐに外の兵士に周囲を警戒するように指示を出す。呪術の破壊には魔術を行使せざる終えないからだ。


ルカに目を合わせるとそっと頷いてから、ゆっくりと静かに言葉を紡ぎ始めた。


「……<精霊の光・我が力点に集いて・呪縛の基点を理に返せ>」


バッとルカが床に手を付くと数秒間、青色に光った魔術陣がクルクルと回り、スッと消えた。それと同時に村人達の首輪が少しの音とともに外れた。


ルカは無言のまま、手でオッケーサインを作る。その様子を見て俺は兵士たちに村人を起して外に出るようにサインを送った。


起された村人達は何が起こっているのかわからないようだったが、リテーレ軍であることが分かると皆、一様に安心した表情を浮かべ、ゆっくりと窓から外へと脱出した。


「(頼む。このまま、無事に行ってくれ)」


俺がそう祈る中、ミレットやマレルの隊から作戦終了の報告が届く。

どうやら、あちらもうまく行ったらしい。


「(こっちは村人の総数が多いから時間が掛かっているけど、あと少しだから――ん?)」


一瞬、どこかで叫び声が聞こえた気がした。俺は窓枠の隙間から声がした方向を見やるとそこにはダンが必死に一人の少女を兵士たちから守ろうと抵抗していた。


「(ダン……!)」


だが、多勢に無勢だ。あっという間にダンは兵士たちに取り囲まれ、ボコボコにされてしまい、少女は兵士たちに連れて行かれる。黒髪のロングヘアーが月夜に照らされ、靡く残像だけがその場に残り、ダンは強く両手を地面に何度もたたきつけた。


「(……あれはまさか。いや、確か――)」


俺は作戦中で在りながらバックの中から名簿を取りだし、ペラペラと捲る。

そこにはやはり、その名前が書いてあった。


「(リル・ルドリー。つまり――あれはダンの娘だっ……!)」


確証はないが、呪術の首輪を付けられているにも関わらず、あそこまで必死に抵抗するなどそれ以外、考えられなかった。


「(クソッ……)」


だが、俺は下唇を噛みながらその様子を見ているしかなかった。


「(今は村人全員の救出が優先だ……。ここで動けば大勢の村人に死傷者が出る……!)」


グッと感情を堪えながらその様子を見ながら俺はコミラートで静かに告げた。


「ダンとその娘、リルが取り残されている。偵察中の隠者は二人の行方を見張っててくれ。それ以外の隊は速やかにカルナス村へ村人を退避させろ」

「了解です」


皆、一様にその言葉の意味の重さを理解している。ルカも悲しそうな、どこか申し訳なさそうな視線をダンに向ける。


「今は退きましょう……」


ルカは静かに俺へとそう言って窓から外へと出て、村人達と共に俺たちもついに撤退を始めた。

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