第26話 ゲレーダなんてクソ食らえだ
俺の命令でサミラルがゲレーダ戦線の兵士達を司令部の前に集めた。
ザッと800人から1000人はいる。
そんな外の様子を伺いながらルカは心配そうに俺を見つめる。まぁ、それは当然だ。この絶望的な士気の低さをひっくり返すは難しいのだから……。
だが、俺にはそれなりの自信があった。
この状況から士気を上げる方法。その方法は至極全うなことで当たり前なこと――。
つまり、生きる活力を示してやる事だ。負けが続く戦いの中で、まだリテーレは終わっていない。そう語りかけることこそが彼らに力を与えられるに違いない。
もちろん、それが理想論だということを俺は良く理解している。
現実は変わらないが、心の持ちようで人の行動は大きく変わる。
俺はそこに付け込むしかないと考えていた。
「領主様、集められる人員は集めました。お願い致します」
「ああ、ありがとうサミラル。悪いけどルカと二人で話がしたいから二人とも少し席を外してくれるか?」
ミレットとサミラルは頷いて司令部を出て行ったのを見届けてから俺はルカに視線を向けた。
「達也さん、お話って何ですか?」
ルカがそう問いかけてくるが、俺は無視して小さく言葉を呟く。
「……<リテーレ領主が命ずる・基点を成し・固定せよ>」
「えっ……? 今、なんかいいましたか?」
「俺が今、ルカに聞きたいことが2つだけあるんだ……。答えてくれるか?」
「え……? あ、はい。私が答えられることであれば……」
「聞きたいことっていうのは、ルカが『目指したいリテーレ領の将来像』と『ゲレーダ領をどうしたい』と思っているかだ」
俺がそう問うとルカは下を向き、顔つきが険しくなる。
しばらくの間、沈黙が続いた。
「私は……リテーレ領のみんなが普通に、平穏に安心して暮らすことができれば……いえ! リテーレの領民たちが幸せに暮らせるような領土にしたい」
そして、ルカは憎しみに満ちたような目でこう続けた。
「そして、もし……もしも、叶うのなら! 父を殺し、領民を苦しめたゲレーダ領を叩き潰したい……そう思っています」
「……そうか、ありがとう。ルカの気持ちは十分、分かったよ。正直、俺はルカの真意が見えなくて少し怖い部分があったんだ」
「え……?」
「ルカが何を目指して、何のために領主なんていう立場に立っていたのかを改めて確認したかった、ただそれだけだ」
そう俺は言い残し、司令部前に設営された壇上の上に立った。
俺は息を呑みながら大勢の兵士達に向けて喋り始めた。
「皆さん。お忙しい中、お集まり頂いてありがとうございます。私はリテーレ領領主の達也と……」
しかし、兵士たちは「おい、なんか喋ってるぜ?」程度の感じでまともに聴いてはいなかった。
「(まぁ、当然か……想定の範囲内だ)」
俺は丁重な挨拶をやめた。ふぅと息を吐いてから荒療治だが、攻撃的に、威圧的な話し方に出た。
「ゲレーダ戦線において従軍している諸君! 諸君らは本当にここで勝ちたいのか!? そして、勝つ気があるのか! ――おい、聞いているのか!? この負け犬ども!!」
とにかく大声で「負け犬ども」と叫んだこともあってその瞬間、辺りは静寂に包まれた。だが、それも束の間で、「誰が負け犬だ!」とか「そもそも勝てるわけがねえーだろ!!」という声が多くの場所から聞こえた。
「そう言うのならなぜ、戦ってもないのに最初から負けを認める? 諸君らはおめおめとゲレーダ領に捻り潰されるのを待つ気なのか!? 」
俺がそういうと「軍の規模が違いすぎる」とか「無駄な足掻きをしろっていうのか!」といった声がいろんなところから上がる。その反論はごもっともだが、裏を返せば彼らだって勝てる戦ならしたいと思っていると言うことだ。
ならば、希望を与えられればいいのだ。
「確かに、諸君らが言うように軍の規模は違いすぎる! ……だが、勝てる可能性もゼロじゃない! 詳しい事はまだ言えないが、俺には……いや、俺たちにはゲレーダ領に勝つ秘策がある」
周囲が一瞬、ざわめく。
だが、その言葉を聞いて一人の兵士が食って掛かってきた。
「そんなもんあるもんか! ゲレーダの兵士は俺たちの倍は居るんだぞ!、俺たちに勝ち目なんてあるわけがない!」
「(確かに……。)」
そう心で思いながら俺は頷き、その兵士に向けていった。
「確かにごもっともな意見だ。だが、ここで俺がその秘策を話せると思うか?」
「話してもらわなければ納得できるわけがない!」
周囲からも「そうだ! そうだ!」と声が上がる。
「それについては俺を信じて欲しい……としかいえない。なぜなら、軍部にはゲレーダ領と通じているものが居るからだ! ここで俺がその策を言えば諸君らは納得するかもしれないが、ゲレーダが有利な立場に変わる可能性もある! 故に策は話せない!」
すると、今度は「オマエは前領主と同じで逃げるつもりなんだろ!」と声が上がる。
「それは違う!!」
俺はすぐさま真っ向から反論した。ルカがリテーレ領を守りたいと言う気持ちは俺が一番、良く分かっている。常に全力で取り組んでいる姿勢を間近で見ていたのだから。それにルカはゲレーダ前線に現れなかったのではない。
顔を出せなかったのだ。
父の死と次から次へと山積されるリテーレ領の課題のせいで常にいっぱい、いっぱいだったことは容易に想像がつく。ある意味、リテーレを限界のところで支え続けていたのはルカだ。俺はそんなルカの努力を、踏ん張りを愚弄されることが何よりも許せなかった。
「諸君らが誤解しているようだから言わせて貰うが、ルカ・リテーレは決して逃げ隠れたわけではない!! 彼女も本当は領主であり続けたかったはずだ! でも、その職を下りたのは諸君らを守るためだっ! 彼女は一年半前の戦いで唯一の肉親であるリベルト・リテーレを亡くしている! そんな中、彼女は15歳という少女でありながら領土の不作という問題とゲレーダ軍侵攻による敗戦から何とか持ち直せないかと悪戦苦闘してきたんだっ!」
だが、無情にもその声は届くことは無かった。「そんなこと信じられるか! あいつは逃げただけだ!」と怒号が上がる。
バンッ!!
俺はわざと場を沈めるために壇上の机を思いっきり叩いた。
「(コレが切り札だ……頼む。届いてくれ!)」
俺は心でそう呟き、コミラートを取り出し、小さく詠唱する。
「……<リテーレ領主が命ずる・我がつくりし起点・復唱せよ>」
それと同時に声が聞こえ始める。それは先ほどルカと話した声だ。
「私は……リテーレ領のみんなが普通に、平穏に安心して暮らすことができれば……いえ! リテーレの領民たちが幸せに暮らせるような領土にしたい! ――そして、もし、もしも叶うのなら! 父を殺し、領民を苦しめるゲレーダ領を叩き潰したい……そう思っています」
その芯が強い声が響く。辺りは完全に静まり返った。
そこで俺はこう続けた。
「諸君! 今、聞いたとおりルカ・リテーレは諸君らを……いや、リテーレの領民を思って行動してきたんだっ! もちろん、それが諸君らにとって相応しいものではなかったかもしれない! しかし、彼女は彼女なりに頑張ってきたことを理解して欲しい! 諸君らが友人や家族、恋人を思い、この最前線で戦い続けてきたように彼女も戦い続けてきたんだ! 故に今、我々はここで負けるわけには行かないんだ!!」
兵士達は全員こちらを向いている。
その様子を見渡しながら俺はさらにこう続けた。
「諸君らの帰りを待っているすべての者達のために! そして、リテーレ領の、諸君らの誇りである今は亡き、リベルト・リテーレの意志を継いでいくためにもゲレーダ領を退けなくてはならない! そのために諸君らの力を俺に貸して欲しい!」
俺は頭を下げた。たとえ、それがいかにかっこ悪くても構わなかった。
場はシーンと静まり、誰も動くことが無かった。
「(やっぱり、こんな演説じゃダメか……)」
そう思った時だった。足音が俺の方に近づいてきた。
俺は少し頭を上げて近づいてくる気配の方を向くとそこにはルカが居た。
そして、ルカは俺の横に立ち、頭を下げた。
「私からもお願いします! 私には……わたしには……皆さんを導くだけの力が無かった……! でも、皆さんにはゲレーダ領に立ち向かえるだけの知恵や経験、力がある! その力を一人でも多く、領主様に貸して欲しいんです! お願いしますっ!」
リテーレ家の跡取りであり、リベルト・リテーレの実子であるルカの言葉は非常に重かった。だが、場は依然として静まり返っている。
そんな時、一人の拍手が聞こえ、その場にどよめきがあがる。チラッと頭を上げるとそこにはミレットが居た。全員の視線がミレットに集まる。軽快なステップで壇上に上がってきたミレットはルカの横に立つ。
「なぁ、みんな……。実を言うとさ、アタシ自身も『何をやったってどーうせ、負けるかもしれない』なーんて思ってたんだ。……けど、こいつのおかげでアタシ達も勝てるかもしれないんだ。アタシは勝てる可能性が少しでもあるなら、その策に賭ける」
ミレットがそう言うと周囲がさらにざわめく。
だが、確実にその俺たちの声に賛同する拍手が増えて行き、「やってやろうぜ」や「リベルト様に、リテーレに栄光を!」と声が上がる。
「みんな……ありがとう……」
横を見ればルカが涙を流していた。無事にみんなの信頼が得られたことに安堵しているのだろう。俺はルカの頭にポンッと手を載せて頭を撫でた。正直、無理かもしれなかった感情論に訴えかけた策はこうして成功したのだった。
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