第24話 村の視察と計略
外で朝食を食べ終わった後、俺とルカは執務室で昨日までに処理し切れなかった事務作業を行っていた。
「しかし、まぁ……。よくこんなに嘆願書を送りつけてくるなぁ……」
そんな事をポソッと言うとルカが苦笑いしながら少し暗い表情で語った。
「でも、そうでもしないと領主が来てくれないと思ってるんですよ……。平民と領主は天と地の差みたいに思われていますからね」
「そういう風にリテーレの民衆は思っているのか……」
「ええ。実は……」
ルカが話そうとしたその時だった。
バンッ!と思いっきり開かれた執務室の扉の先には軍服姿のミレットがいた。
「おはよー!」
何というかいつもどおりのミレットに気圧されてしまう。
「お、おぅ……おはよう」
「ミレット……。また、あなたという子は……」
「え? あ、あはは~……?」
もう既にルカは呆れ返って頭をガクリと落としていた。後々、ルカの手によってミレットに鉄拳制裁が下る事は何となく分かる。正しくミレットの自爆だ。
「えっと~で、ミレット、視察の用意でもできたのか?」
「ああ! アタシを誰だと思ってんだよ! アタシはリテーレ領の……」
「ルカ、準備は?」
「いつでも大丈夫です」
「なら、行こう。時間が勿体無いしな!」
「おい、アタシの決め台詞くらい言わせろよ!」
「はいはい。二人とも行くぞ」
俺はご機嫌斜めのルカとミレットを宥めつつ、屋敷前に止めてあった馬車に乗り込み、目的地へと向かった。
そう、ゲレーダとリテーレが緊張状態に陥っているゲレーダ戦線へ。
リテーレ家の屋敷があるフィーリスを出て馬車に乗り、街道を南へ進んでいく。
その途中、リテーレ領の経済源とも言える街、リュナを通る。リュナの街は服や食材、宝石、鍛冶屋に至るまで何でも揃っているらしい。売買の様子が車窓からも見えた。
「案外、リュナの街は栄えているんだな?」
「ええ、リュナは商人や職人が大半を占める街ですから」
「まぁでも、その分アタシ達、軍が警備しないとやばい街でもあるんだけどな?」
「やばい街?」
「ああ、あの街はさっきルカ姉が言ったように商人と職人が大半を占めてるんだ。だから、盗品の売買や違法な薬物売買とか色々あるつーうわけでさ……いろいろきな臭えんだよ」
「なるほど……要は闇マーケットみたいなモノもあるってことか……」
「まぁ、そんなところだな……」
俺たち三人を乗せた馬車はリュナの街を通過し、さらに南進を続ける。
街道から離れるにつれて道は荒れていく。ガタガタと揺られること三十分余り、南の一番手前の村に到着した。
村に到着すると村人が何事かと馬車の方を見ている。
そんな中、俺たちは馬車を降りた。
村の人間が驚くのも当然だ。今回の件はすべて内密に進めていたのだから。
その騒ぎを聞きつけた村長が慌てた表情で出てきた。
「ルカ様! コレは一体、何事ですか!?」
「至急、確認したいことが会って私と領主様で視察に来たの」
「……!?」
その言葉を聞いて村長は頭に手を当てて完全にパニック状態になっている。
恐らく、自分が咎(とが)められることでもしたのではなかろうか? と感じてパニックになっているのだろう。
「初めまして。リテーレ領の新領主になりました達也と申します。どうぞ宜しく」
その挨拶で俺が領主であることを知るとその村長らしき男はすぐに数歩下がり、跪いて頭を下げた。
「あ……! こ、これは失礼致しました! 私、ウレイオン村の村長をしておりますハレスと申します」
いつの間にか周囲の人たちも村長に続くように跪き、頭を下げている。
悪い気はしないのだが、こうも敬意を示されるとどうもやりづらい……。
「(もっとラフでもいいのに……)」
そう思いながらルカのほうをチラッと見ると顔には「しょうがないんです」と書かれているようだった。確かに、俺がこの場でこういう態度を今からどうしろ、こうしろと言ったところで変わる訳じゃない。俺は諦めて話を進める事にした。
「ハレスさん、早速で申し訳ないのですが、村の農地を見せていただきたいんですが?」
「農地でございますか? かしこまりました。ご案内いたします。こちらへどうぞ」
村長は二つ返事で農地へと案内してくれた。だが、実際に連れてこられた場所は農地から少し離れた高台だった。畑や田んぼの良し悪しは分からないが、その形状は何処にでもある田んぼや畑でごく普通の農地だ。
特に何が悪いとか、怪しいというわけでもない。
「うーん……ちょっと、畑の方に行かせて貰いますね?」
「だ、ダメでございます! 領主様! 服が汚れてしまいます! 何卒、こちらから見て頂けませんでしょうか?」
ハレスは慌てて俺の前に立ちふさがった。
余程、俺のことを恐れているのだろうか?
「大丈夫。仮に汚れたとしてもあなたの責任ではありませんから。それに私が見たいのは畑や田んぼそのものなんです。景色ではありません。それとも見られて困るモノでも?」
「い、いえ……し、失礼致しました。そこまで仰られるのであれば、どうぞ」
ハレスは冷や汗を搔きながら農地へと案内を始めた。
そして、田んぼや畑のある農地に足を踏み入れ、農地の中心を目指す。俺はそこにまで行く間、ハレスにウレイオン村の実情を聞くことにした。
「ハレスさん。ウレイオン村では基本的には何の作物を栽培してるんですか?」
「幅広く栽培しております。主に米や小麦、それ以外ですと……ジャガイモ、人参、大根など作れるものは季節に応じて作っております」
「そうなると色々と大変でしょうね……日照状況や雨の量で育ったり、育たなかったりするわけでしょうから……」
「達也様は農業の経験がお有りなのですか?」
「いや、そういう細かなコントロールが必要なことだけは知識で知ってるんですよ。自分できゅうりやトマトを作ったことがあるので……」
「そうなのですか! きゅうりとトマトを!」
そんな話をしている時だった。急にルカが立ち止まった。
「どうした? ルカ」
俺が声をかけるとキョロキョロと周囲を見渡す。
「うーん……変な魔力を感じます」
「変な魔力? アタシは何も感じないけど……」
ミレットも何がなんだか分かっていないようだ。そんな俺たちを他所にルカは、畑の方へゆっくり歩いていく。そして、畑と田んぼの境目まで歩き、そこでルカは止まり地面に触れる。
「やっぱり、何か、何かがおかしいです!」
「何かって……何が?」
俺から見れば何の変哲も無い地面だ。
だが、ルカは怪しいと地面を睨みつけ、両手を地面につけて言葉を紡ぐ。
「……<精霊の光・我が力点に集いて・時空の基点を理に返せ!>」
詠唱と共に周囲が白い光に満ち、それと同時に赤い魔術陣が表れた。
「嘘ぉ……! マジかよ!」
ミレットがその魔術陣を見るなり、一番先に反応した。その表情は驚きに満ちていた。そして、同時にルカが腑に落ちたようにポツリと呟く。
「魔力収縮陣……気づきませんでした。そういうことだったんですね……」
だが、俺には全くもって状況が理解できていない。
「ルカ、何が起こってる? どういうことだ?」
「達也さん、前に『魔力収縮陣』の話はしましたよね?」
「ああ、確か対象のマナを自由自在に奪うっていう……」
「ええ。それがここに仕掛けられていたということは……その対象が『作物』だったということです」
ルカは目を閉じ、それ以外考えられないというように語った。
「そんなバカな! 作物にマナがある訳……!」
「いえ……事実、マナは作物にもあるんです。マナを構成するのは生命力ですから……」
ルカの発言に俺は黙りこくるしかなかった。さすがの俺でも作物にマナがあってそれを搾取され、不作になっているなど考えが及ばない。
つまり、ファルドの証言から導き出される答え。それは一種の兵糧攻めだ。いわば、それは戦闘を起さず兵糧を潰すという計略になる。
だが、俺はその計略が気に食わなかった。
状況的に見れば劣勢に立たされているのはリテーレ領だ。圧倒的な軍事力があるのにもかかわらず兵糧攻めで落とそうと言う戦術といい、攻めずに膠着し続けるゲレーダ戦線といい、ゲレーダの真意が見えてこない。
「なぁ、ルカはこの状況をどう思う?」
「どう思う……といいますと?」
「普通、食料を……兵糧を断とうなんていう計略を考えているからには小さな戦闘でも連日続ける必要があると思うんだよ。こちらが更に弱って根を上げるように仕向けるために」
「確かにそう、ですね。……でも、あの領主なら、こんな計略をやりかねないかもしれません」
「え……?」
そう言うとルカの顔付きが険しくなった。
「ゲレーダの領主は人を捻り潰すことに快楽を覚えるひどい男だから……」
ミレットから半年前の話を聞いていることもあって、ルカの言葉に俺はすぐ納得した。しかし、その一方でミレットは笑みを零す。
「でもさぁ~? これ、馬鹿だよな? ルカ姉に使ってくださいって言っているもんじゃんっ!」
「何を?」
また話に付いていけず、問うとルカがその疑問に答えた。
「魔力収縮陣は基本的にその名のとおり魔力を収縮――つまり、吸収できるんですが、逆にそれを取り出すこともできるんですよ」
「ってことは、溜まりに溜まったマナを別な事にも利用できるってことか?」
「はい。そういうことです!」
作物が育たない原因を見つけただけでも大手柄なのにそれを逆手に使えると言う。控えめに言って活路が見えた気がする。その後もルカは村に仕掛けられた魔力収縮陣を解いていく。この村だけで全部で五基を発見した。
「作物からマナを吸われないように魔術式は改変しておいたので大丈夫です。これだけ緻密(ちみつ)に配置されているからには、おそらく他の村も同様にあるでしょうね……」
「ああ、十中八九、間違いないだろうな……」
俺たち三人は手分けして村長への報告や説明、隠者への出動命令などを下した後、早々に村を後にしたのだった。
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