第18話 それぞれの恋愛事情

 9月に入った。

 別人のように都が仕事を始め、俺は9月10日からベーカリーで働くことが正式に決まった。準備と言っても、特にない。服が少しと財布、キャッシュカード。そして都からもらったスマホ。これがあれば離れていてもいつでも都とつながる。

 都がウキウキと仕事に出たあと、俺が家でパンを作っていると、浩から電話が入った。ここに来てもいいか?という。もちろんOKだ。

 

 少ししてガガッと音をさせて車が庭に入ってきたので俺は出迎えた。母親の車を借りて運転してきた浩だった。まだ暑いのでシンプルな白のTシャツにカーキのハーフパンツを着ている。

「なんとか夏休みの補修は終わって新学期だ…かったるかったけど、よく考えてみると先生に悪いことしたなあ」と来るなり言った。先日のキャンプで大人たちをみて視点が変わったのだろう。先生だって昔子供だった大人だってことだ。毎日の生活もある。その先生に都が頼んだことは内緒にしておく。真面目だから気にしそうだ。

「で、どうした?」と俺はパンをもう焼くだけの状態にして暖炉のオーブンに入れた。暖炉で沸かしたお湯でお茶を作り、暑いから外に行こうか、と誘うと、

「うん」と小さく言った。なんだかいつもと様子が違う。

 俺たちはトレーに昨日作ったパンと、5月に大量に採れたワイルドストロベリーの手作りジャム、レモングラスに熱湯を注ぎこんだポットを乗せ、外に出た。最初浩はこういうおしゃれなのをのようだと嫌がっていたが、もうすっかり慣れたようだ。これなら彼女とカフェにだって行けるだろう。

 外には先日の大会で誰かが作ってくれた椅子と机があるので座る。濃いピンクに咲き誇る見事なサルスベリの下だ。幹がつるつるで特徴的だから俺でも覚えてしまった数少ない木は7月からずっと花をつけている。花期がとても長いのだ。

「で、どした?」と俺は浩を促した。まだ言うか迷ってるようだ。なんだろう?俺は経験が少ないからわからないのだ。

 俺は切りそろえて入れてある葉をしてカップに入れ、彼に差し出し、俺のを手に取った。レモングラスのとてもいい香りが鼻を通る。生命力が強いハーブだ。口を付けて待つともなくぼんやりしていると、

「あのさ…夏祭りで少し一緒にまわった女の子達、覚えてる?」とぼそっと言った。

 う…ぼんやりとは…髪は長かったような…いや、これでは覚えてるというレベルではないだろう。

「ごめん、あんま覚えてない。せっかく紹介してくれたのに…」と俺が申し訳なくて焦っていると、

「違うんだ…実はあの髪の毛が長いほうの子に今日告白された」と彼は一気に言った。

「え、浩に?で、どうするんだ?」

 確かに浩はめっちゃいい男だと思う。その子は見る目がある、きっと素敵な子だ。

「…どう思う?」

「どう、って?」

 聞き返されて俺は困ってしまった。

「4月から円造さんとこに修業に行くだろ?あっちに住むんだ」

「で?」

「で?って、今付き合ってもその時に別れるかもしれない。それってどうなんだろう…」

「別れる?なんで?」

 よくわからない。好きなら別れなければいいじゃないか。

「だって…俺たち18歳だぜ。離れて付き合える自信ないし。いや、ゲンは違うかもしれないけど…俺は…」

「迷うなら止めたほうがいいのかもな。好きなら付き合ったらいいとは思うけど」

「うーん、彼女の事そんなに知らないからな…」

 やっぱり浩らしい。相手のことを一番に考えて真面目に悩んでいる。でも彼女が気になってるから断りたくはないんだろう。だから相談しに来たんだ。

「じゃさ、友達になればいいんじゃない?正直に4月にこっちにいなくなるって言ってさ」

 浩は俺の言葉を受けて真剣に考えている。

「そうだな…ゲンの言うとおりだ、ありがとう」と少しスッキリした顔で礼を言った。

「いや、俺は経験がないし、あまり参考にならないけど…」

「ゲンの意見が聞きたかったから」と浩は嬉しいことを言ってくれる。この際だ、前から彼に言えなかったことを告白した。

「俺さ、浩のおかげで世界がすごく広がったんだ。ありがとう」

 都もだが、彼がより深く俺の世界を変えてくれた。友達になれなかったらと思うとぞっとする。

「なんだよ、いきなり。スマホもあるし、福井ならいつでも会える」と少し照れて浩は答えた。

「うん。でも、ありがとうな」

「いいさ、これも神様の引き合わせだ。俺こそお前と友達になれて良かったよ。ゲンと都さん、俺はすごくお似合いだと思う。いろいろきついこともあるだろうけど、頑張って都さんを守らないとな」

 きっと都が気にしている世間体のことを言っているのだろう。浩も気が付いていたんだ。

「うん。死んでも守るから」

「かっこいいね、俺も一度言ってみたい」と浩は歯茎を見せてニカッと笑った。



 出発の日の前日、皆が集まって壮行会を開いてくれた。都と円造、浩と川瀬さん。都の弟の晴海はるみさんまで来てくれてる。これじゃあ簡単にはここに帰って来たなんて言えないな。もちろん帰らないけど。

「じゃあ、ゲン君の前途を祝して」

と円造さんがいい声で音頭を取って乾杯した。

 ネコはまたどっかに行ってしまった。静かなのが好きなのだ。

 都は少し泣きそうな顔をしている。嫌だ。俺まで悲しくなってくるじゃないか。俺は都のほおを軽く横に引っ張って、

「笑って」とお願いすると、引きつったように無理に笑った。そんな顔も可愛い。俺らを見て皆が笑った。

 浩は告白してくれた夏祭りの女子ととりあえず友達になった。彼女の話をする彼の顔が優しいので、今度会うときは付き合ってそうだ。

 晴海はるみさんは俺たちが恋人になったと聞いて喜んだ。彼女がかなり年上の造園の先生を好きだったから心配していたのかもしれない。確かに先生よりは俺のほうが健全だろう。

 でもお兄さんは俺でいいのだろうか?だって弟だしかなり年下だ。どうしても気になって聞いてみた。お兄さんに反対されたらへこむな、とビビりながら。

「晴海さん、俺が都の隣にいるの嫌じゃないんですか?」

「ううん、全然。前俺の病院に二人で来た時にこうなる気がしてた。でもさ、ゲン君こそあいつでいいのか?洗脳されてない?弱み握られてたりしない?大丈夫?」と盛んに笑わせてきた。俺たちが笑っていると、都が寄ってきて、

「またゲンちゃんに変な事言ってるんでしょ、止めてよね」と甘えたように口を少し尖らせて言った。

 彼女が見せる家族や親しい友人への顔に俺は少し嫉妬してしまう。でもこれから彼女のいろいろな表情を探していけばいい。それが楽しみで仕方がない。

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