第15話 告白

 京都で行われたお葬式の帰り、俺が運転する隣で都は酷く落ち込んでいた。心なしか一回り小さくなった彼女は、放っておくと助手席にめり込んでいきそうだ。

「大丈夫?まだ明るいし、どっかで少し落ち着いてから帰ろうか?」と俺が運転しながら聞くと、

「ん、早く帰りたい、かな…ごめんね、迷惑かけて。あと、先生の式に来てくれて本当に嬉しかった、ありがと」とぼそりとうつむきながら言った。俺はお葬式に初めて出たのだが、盛大に泣いてしまった。先生は俺に何も聞かなかった。だたそこにいる俺を真っ直ぐ見てくれて認めてくれた初めての都以外の大人だった。先生と出会えなかったら今の俺はなかった。

「…俺も先生好きだったよ。2回しか会ってないけど、とても」

 7月の初めに二人で先生を訪ねた。俺が焼いたパンを持っていったらとても喜んでくれたのだ。

「私だって大好きだったのにっ…こんなことならもっともっとたくさん会いに行けば良かった…私は本当にバカだ」と都は悔しさのにじむ小さな声でつぶやいた。

「先生も都の大好きな気持ち、きっとわかってて嬉しかったと思う」

 俺がそう言うと、黒い服を着た彼女は俺の左肩にもたれかかって嗚咽おえつした。俺の左肩がどんどん浸水しているのがわかる。俺は震えながら泣く彼女の悲しみにまたもらい泣きしてしまいそうだったが、我慢して運転した。


 なんとか家に着くと、彼女は泣きながら俺にもたれて眠っていた。俺は彼女を抱きかかえて家に入り、ベッドに横たえた。喪服が苦しそうだししわになりそうなので、薄目で脱がしていると、彼女が目を覚まして何も言わずに俺にしがみついた。

「こら、喪服がしわになるから脱がせてる。じっとしてて」と言い聞かせるように言うと、

「ゲンちゃん…先生みたいにいなくならないで」と都が俺の耳元で言った。俺は不安がる彼女を優しく引き離して、目を見て言った。

「…大丈夫、俺は若いから。さ、服を着替えて今夜は早く寝よう」

 俺がそういうと、彼女は俺をじっと見てから、頬を両手で挟んでキスした。多分ほんの一瞬だったと思う。でも俺には永遠に感じた。



 朝起きてご飯を作っていると、都が顔を赤くして起きてきた。

「お、おはよ…」

「おはよう。もうすぐご飯できるよ、シャワー浴びてきたら?」

「うん…わかった」と少し口を尖らせて言った。

 あの様子では昨夜のことを覚えている。そりゃそうだ、お酒も入っていないのだから。


 昨夜都にキスされて、俺は有頂天になった。信じられないが、彼女も俺のことを嫌いではないとわかったからだ。先生の事があったにしろ、嫌いな男に一瞬でもキスはしないだろう。

 が多いがだ。なんせ経験が全くないからわからない。

 今度は俺から彼女の唇にもう一度触れようとした瞬間、浩の言葉を思い出した。パン屋のボスの言葉もだ。頭がすうっと冷えたのがわかった。

 このままでは絶対にダメだ。今の俺では。

 そしてやっと決心がついた。

 

「あ、あのさ」と二人同時に言ったのは朝ごはんの後だった。まだ残暑がきついがもうすぐ9月になる。都の仕事も再始動するだろう。

「どうぞ、都から」

「いやいや、ゲンちゃんこそどうぞ」と二人で押し付けあってたら、笑えてきた。

 じゃあ、ジャンケンで、ということで俺からになる。昔からジャンケンに弱いのだ。

「…えっと、俺、都のことが好きだ。だからあのパン屋に修業に出たい。この前はせっかく俺の為に言ってくれてたのに、さえぎってごめん。ずっと謝りたかった」

 俺は都に頭を下げた。ちゃんと謝ったのは生まれて初めてだったが、すっきりして悪くない気分だ。

「じゃあ私も…昨夜はごめん、ゲンちゃんに無理にキスして…気持ち悪かったよね…本当にごめん…保護者失格だって反省してる」

 都は耳まで真っ赤になって、盛大に頭を下げた。可愛い。でも…気持ち悪いってなんだ?…なんかずれてる。もしや俺が引きこもりだから、やっぱり考えてみたらイヤになったのだろうか?俺は勇気を出して聞いた。

「都さ、俺の話聞いてた?好きだって言ったんだけど…」

「でもそれは…姉として、でしょう」と都が申し訳なさそうに言う。

「違う、女としてすごくめっちゃ大好きの好き、だよ。本当はずっとずっとこのまま都と一緒にいたい。でもそれでは全然ダメだから、一度都から離れて大人になってから迎えに来る。だから待ってて。他の男を見ないで待っていて欲しい。何も出来ない俺だけどこれから頑張るから…ダメかな?」

 彼女は驚いたたように俺を見て、しばらくしてから思い切ったように言った。

「ダメ…じゃないよ。私もゲンちゃんのこと弟って思えなくなってきて…昨夜キスしちゃったからすごく怖かった。お父さんから大事なゲンちゃんを預かってるのに…って。離れなきゃな、って思ってたけど、言い出せなかった。でもボスが…」

「え?ボスってパン屋の?」

 急にパン屋のボスが出てきて俺はびっくりした。

「うん。もしゲンを好きなら一度離れて自立したほうがいいよ、って言われた。私がゲンちゃんに依存してるのが見えてたんだね、彼には。ボスはすごい人だよ。一番最初のバーベキューの時も、従業員が働きやすい環境を作るのが僕の一番の仕事だって言ってたの聞いて、彼にゲンちゃんを任せられらたらなってずっと思ってたの。でも…今の居心地のいい状態を壊したくなかったんだ。ごめん」

 そうだったんだ。そんな前から俺のことで迷ってくれてたんだ、この人は。そんなの全然わからなかったよ。俺は彼女の言葉で勢いが付いたので、

「ねえ、じゃあ一人前になるまで待っててくれる?」と聞いてみた。

「いいよ」と都はあっさり言った。軽い。

「でも都が年取っちゃうね」

「いいよ」

 またあっさり彼女は即答した。

「子供、欲しくないの?」と俺が聞くと、

「うーん…まあいいよ」と今度は少し迷ってから言った。

「俺は欲しい」と言うと、都は笑った。

「バカ!じゃあ頑張って2年をめどに一人前になって。そしたらゲンちゃんのもとへ行くよ。一緒になろう。私はどこででも図面書けるからさ。どうかな?」

「わかった」

 なんか告白、っていうより仕事の会議みたいで甘い感じにならない。これは都がおっさんだからだろうか?それとも俺の経験不足のせいか。

「ねえ、ゲンちゃんはいつから私の事好きだったの?」と俺の考えを読んだかのように都が甘いことを聞いた。都は照れ隠しに少し口を尖らせている。朝もそうだったが、今日初めて見る都の表情だ。

「そりゃあもう、初めっからだよ」と俺が正直に答えると、

「絶対ウソだ」と顔を真っ赤にしてうつむいた。

「ホント」

 そう言って、俺は都の顔を両手で挟んで上を向かせ、自分から都に長いキスをした。途中から都の涙の味がした。

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