第14話 投下された爆弾

 日本海に遊びに行くたびにボスのパン屋さんに通ってたら、だんだんパン屋さんに行くためにビーチに寄っているようになってきた。まさに本末転倒だ。

 そこは普通のパン屋さんと違って、ご飯のおかずとかも作っているので、帰りに買って家で温めて二人で食べる。それがとても美味しいのだ。ボスが修業したフランスのパン屋が、惣菜を置いていたのだそうだ。もちろんパンも美味しい。それに店の雰囲気もいつも和気あいあいとしていて居心地が良かった。


 海に来るのももう今日で最後かな、という日、俺たちは大量にパンと惣菜を買った。

「あーあ、もうここのパン食べれなくなっちゃうね。また来年かあ」と都が本当に残念そうに言ったら、ボスが寄ってきて嬉しそうに、

「じゃあ、ゲンがここで働いたらいいじゃないか」と爆弾発言をした。

「実は、東京から修業に来てる従業員が今年いっぱいで辞めて地元で店を開くんだよ。彼がいなくなるとここは天手古舞てんてこまいだから募集しようと思ってたとこ。俺はもう死にかけだし…助けてよ」と哀れをはさんで冗談を言っている。もちろんボスはビールを制限されているだけで、すごぶる健康体だ。

 でもすごく嬉しくて仕方ない。役に立つかもわからない俺を冗談でも誘ってくれるなんて!

「何言ってるんですか、めっちゃ元気ですよね。そんな冗談言わないでください、俺本気にしちゃいますよ」

 そう俺が嬉しさを隠して言うと、ボスは俺にこそっと寄って背の高い身体を少しかがめた。何だろうかと思ったら、

「いや、本当においで。ゲンはお姉さんから一度離れたほうがいい。君たちはこのままだと危ういように僕には見える。返事はいつでもいいから」と俺にだけ聞こえる小さな声で、それもいつもと違う真剣な顔で言ってから、何食わぬ顔で仕事に戻って行った。俺は彼の後ろ姿を見ながら、痛む心臓を抑えた。一瞬で射抜かれたようにぎゅっとなったのだ。当たっている。

 急に青い顔になった俺を見て、都が心配しだした。

「大丈夫?気分悪いの?」

「いい。ちょっと外に出てれば治るから」

 俺はふらふらと店の外に出て、駐車場の縁石に座り込んだ。

 ボスが言ったことは間違ってない。俺もわかってるが、離れられないのだ。

「お待たせ。大丈夫?どっかで休む?」

 都が突然俺の顔を覗き込んだのでびっくりした。俺は動揺を隠そうと、

「ふふ、女子をホテルに誘う悪い男のセリフだ。何もしないから、って」と冗談を言うと、

「大丈夫そうね。さ、帰ろ!」と言って、力強く俺のよく焼けた手を引っ張って立たせた。都の手も俺に負けないくらいよく焼けていた。

 俺の心の半分は決まっていた。ただ、半分がどうしても付いてこないのだ。

 

 家に帰って俺がご飯の準備をしている間に都がお風呂を洗ってお湯をためた。いつもの夕方だ。

 でも何かが違う。

 もう夏が終わろうとしていた。

 いつものようにご飯を食べ終わって、二人でソファーに座って本を読んでいるが、二人とものんびりしない。都が言いにくそうに口火を切った。

「ゲンちゃんさ、誘われてたね。あそこのパン屋さん好きなんでしょ?」

 やっぱりその話だと思っていた。俺は胸がモヤモヤしてきた。ここから逃げ出したい。

「ん…」

「私ね、ゲンちゃんはパンか料理か、って思ってたけど、あそこなら両方学べるしいいかと思うの。スケッチも役に立つし、何よりボスも奥さんもいい人だ…」

 俺は聞いていられなくなってさえぎった。

「その話は止めて欲しい」

 思ったよりきつく言ってしまい後悔する。もっと言い方があるんじゃないだろうか。でも追い出されるみたいで怖くて聞いていられなかった。俺が邪魔だから追い出したいなんて少しも思ってないのはわかってるけど、嫌だった。

「…ごめん、悪かった。…仕事してくるね」

 都はすっと立ち上がって仕事場に向かった。

「…」

 彼女の後姿に向かって言いたいのに何も言えない。今言わないとダメだとわかってるのに言えなかった。だってその言葉が口から出たら俺はここを出て行かなければならない。やっと手に入れた温かい居場所を簡単に捨てることは俺には怖くてできない。

 俺は手のひらを思い切り握りしめて、声を出さずに泣いた。


 結局昨夜は都はずっと仕事場に朝までいた。俺も眠れなくてソファーで本を読んでいたが、内容は全然頭に入ってこなかった。


 朝早くに二人で寝不足の顔をして無言で朝ごはんを食べていると、彼女の電話が鳴った。こんな朝早くに?嫌な予感がした。


 その電話は京都からで、田山先生が亡くなったというものだった。

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