第12話 友達

「スマホいるかなぁ?」

 朝ごはんの席で突然都が言い出した。

「突然どうしたの?」とれたてのコーヒーを彼女に渡しながら聞くと、

「だってさ、この前すごい雨だったじゃん。バスでも濡れそうで嫌だし、本数も少ないし、雨なら私仕事休みで迎えに行けるし。あと、何か危険な目に出会ったら…」

 終わりそうにないので、

「まだいらないよ。もし何かあったら、川瀬さんに携帯借りる」と俺は都の話を笑ってさえぎった。

 お金の使い道を考えていたのだが、いるときのために貯めておこうという結論に至った。都に借りるのは絶対嫌だ。スマホは魅力的だが、果たして何をするかというと、時間がすり減るだけのように感じる。俺は果てしなく長い引きこもりの時間をずっとパソコンとテレビに向かっていた。もうそういう一方的なものは嫌になるほど堪能たんのうしたのだ。

「そう?円造が、18でスマホもないなんてだって騒ぐからさ…。まあいいや、彼女ができたら欲しくなるでしょ。電話代くらい出すよ、経費経費!」

 なかなか頼りになる姉だ。でも甘え過ぎたくない。

「買うならバイトするよ。だから、大丈夫。っていうか、円造さんの使い道ってエロ動画か女でしょ」と言うと、

「よくわかってるじゃん」と言って笑った。

 やっぱり。この前円造さんがうちに遊びに来た時、見せてくれた産まれたばかりの赤ちゃんの写真とエロ写真や動画がアルバムに混ざっていた。俺はそれを見てカオスだなと思ったのだ。


 俺の自動車教習所生活は順調だった。昼間限定なので空いているのも助かった。まだたくさんの人は少し怖く感じる。

「夏休みはすごく混むんだよ、ラッキーだったね」と川瀬さんが俺の安堵を見透かしたように言った。

 いいタイミングだったのだ。こっちに来なかったら、自動車の免許も取ろうとは思わなかっただろう。

 お金が父から出ているのはとてつもなく悔しいが、俺はあっという間にカリキュラムをこなして試験を免許センターに取りに行き、卒業してしまった。川瀬さんが、

「ゲン君が最速じゃないか?それもミッションで。やるなー」と褒めてくれた。

 川瀬さんがほぼ俺の担当みたいにしてくれたので、たくさん都の話を聞けた。

「ミーコ(都の事だ)はさ、男友達が多い普通に明るい子だったの。それが、父親が高校2年で亡くなって。近所だったから、まどか(円造さんのことだ)とお葬式に行ったけど、すんごく泣いてた。病気だとは聞いてたけど、死ぬなんてなぁ。見てて辛かったよ。その後高校に行かなくなって。全然見ないな、って心配してたら、学校辞めて海外を1年放浪してたって。だからあいつ中卒だったの。

 でもさ、帰国してから大検取って、大学の建築学科に入ったんだ。すごいよな、なかなか自分でやるのって難しいと思うんだ。俺、結構あいつの事尊敬してる」

 ちょっと誇らしげに川瀬さんが言った。そういえば彼女には女性の友達がいない。俺も友達いないから人のことは言えないけど、と聞くと、

「あー、あいつおっさんみたいだから、男子の友達が多いんだよ。小学校中学校とおれらとゲームしたりマンガ読んだり、高校の時は夜こっそり家を抜け出してまどかの家の車で無免許で港に行ったりしてた。まどかと付き合ってたしな。でも頭は良かったよ。ああ、懐かしー」と目を細めて(多分。運転中なので見れなかったのだ)言った。

 聞けば聞くほど、都さんはアウトローだった。


 そして自動車学校で友達ができた。ひろしという同い年の男子だ。久しぶりの友達で最初は全然うまく話せなかったけど、彼も学校に行ってなくて昼間教習所に通っていたので会うたびに少しづつ仲良くなった。スマホ欲しいかも、とちょっと思ったが、家にはパソコンがあるから、それで教習所を卒業してからもメールした。

 都は俺に友達ができて嬉しそうだった。そしてやたらと会いたがった。

「ねえ、雨の日にここに呼んでよ。ねえ」とうるさいので(少し嬉しい)、とうとうじとじと続く雨の日に誘ってみた。もう季節は梅雨に入っていた。

「行く行く」

 浩も暇をしていたようで、彼の家の近くのコンビニまで薄紫の軽トラで迎えに行った。


 浩は髪が真っ赤になっていた。よく見ると微妙にまだらだ。きっと自分で染めたのだろう。

「赤鬼みたい」と俺が言うと、

「カッコいいだろ?」と誇らしげに言った。

 家に着くと、

「おい、すげーな。前の道よく通るけど、こんな家があったなんて。秘密基地みたいだ。いいなー、毎日キャンプみたいだ」と嬉しそうに言った。やっぱりこの場所と建物は男子心をくすぐるのだ。円造さんも何かとよく来るから、きっと好きなんだろうと思う。

「いらっしゃい!わぁ、赤髪イイねー!!イギリスのパンクバンドみたい。青かグレーのカラコン似合いそう」

「そうなんです、俺イギリスの雑誌見て染めたんだけど…でもうちの親かんかんっすよ。誉めてくれたのお姉さんが初めて。俺、浩っていいます。よろしくです」

「ああ、都ってよんで」

 一気に浩と都が仲良くなった。嬉しいけど少し悔しい。俺はこんなに早くは打ち解けられなかった。

 都は庭仕事に興味をもった浩に作業場を見せ始めた。

「すげーっすね。庭作ってるんだ」

「うん。友達と一緒に組んでね。実際作ってるのは職人の彼で、私は設計だけど」

 実際の庭の完成写真をパソコンで見せてもらっている。俺も初めて見る。

 コンクリートの駐車場と門柱だけのものや、中庭の植栽が部屋や玄関から見えるもの、ウッドデッキがある庭などいろいろだが、すべてが普通じゃなくて1つなにか彼女らしさを忍ばせてある。それは植栽だったり色だったり形だったりした。面白い。そう思っていたら、じっと見ていた浩が突然、

「都さん、俺も作りたい!」と言い出したので俺はびっくりした。

「いいよ、この職人さん紹介しようか。それとも設計するほう?」と都が聞いた。軽い。

「職人になりたいです。だってめっちゃカッコイイ!是非お願いします!」と赤い頭を下げた。

「ちょっと待ってて」と彼女はさっそく雨で休みの円造さんに電話をかけた。早い。

「おい、いいのかよ」と俺は心配になって浩に聞いた。

「俺さ、ずっと自分がしたいこと探してたんだけど全然ピンとこなくて。音楽しても運動しても勉強しても、ずっと何となくこなしてた。でもさっきは、これだ!って電気が走ったんだ」と嬉しそうに言った。すげーなこいつ、と思っていると、

「おまえと友達になったおかげだよ。ありがとうな、ゲン」と言って俺に頭を下げた。赤髪のてっぺんはペイントされた鳥の巣みたいでなんだか面白かった。

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