第11話 どしゃぶり

 連休が終わって3日目に雨が降った。どしゃぶりだ。

「あーあ、雨か。仕方ない、図面でも引くかな」と朝一で彼女が窓から外を見て言った。ネコも一緒に同じ方角を見ていてシンクロしてるのがとても可愛い。俺はぎゅっとその映像を頭に保存した。あとで描こう。スケッチブックがあるとあれもこれも描きたくなって仕方ない。すぐにページがなくなってしまいそうだ。

「髪、少し伸びたね。切ろうか」

 俺が聞くと、都は嬉しそうに髪切りバサミと椅子を持ってきた。ずっと自分で髪を切っていたので、人のは楽勝だ。彼女の形のいい耳がキレイに見えるように少しずつハサミを入れた。都の髪はとても柔らかくてネコの毛みたいだ。

「ゲンちゃん手先器用だね。そうだ、午後は自動車学校に申し込み行こうよ。あとはスケッチブック」と都は俺に髪を切られながら言った。時々エスパーなんじゃないかと思う。でも俺の都との妄想は見えてないみたいだから、違うのだろう。

 俺は最近都を見ているといろいろ想像してしまう。旅行でこっそり唇を重ねた感触がその続きをかき立てるのだ。昼夜かまわず突然襲ってくるそれに俺はほとほと困っていた。こんなになるならしなきゃよかった、とまでは思わないけど。

 俺の大切な秘密の思い出だ。


 午前中は彼女は仕事をして、俺はスケッチしたりネコと遊んだりしていた。

 昼はサンドイッチを作り、二人で食べた。ハムとキュウリとトマトのシンプルなものだ。野菜は苦手だったが、パリッとしたキュウリや甘いトマトに今は夢中になっている。最近はパンもイースト菌の代わりに味噌などを使って実験したりする。風味が違って面白いのだ。それによって具材の組み合わせも少し変える。

 食べ物って不思議だ。ただ栄養を胃に流せばいいと思っていたけど、ここにきて全然違うんだってわかった。食べ物が俺たちの身体を作ってる。とてもすごく直接的に。

「ねえ、今日のパン面白いね、とっても美味しい!売れるんじゃない?」と彼女が褒めちぎるので明日はもっと美味しいパンをと思う。都は上手い。 


 コーヒーをゆっくり飲んでからゆったりした服に着替えて、自動車学校へ申し込みに行く。さすがにジャージではだめだろうから(都はおおざっぱだから何も感じないだろうけど)。俺はまだ『学校』という場所に引け目を感じる。いや、怖いのだ。

「あれ、ミーコ?」と都は受付で男性に声をかけられている。

「おう、川瀬じゃん。元気?」と彼女はラフに返事をしている。俺は少し胸が痛む。俺よりも慣れ親しんでいる様子に嫉妬してしまうのだ。都は俺にはずっと変わらず他人行儀に接している気がする。

「またとりに来たのかよ。免許切れちゃった?」と笑って言った。

「バカ、そんなわけない。米田じゃあるまいし」

「そうそう、あいつ更新忘れてまた取りに来たんだよ!本当にバカだよな」

「本当に笑える。今日はこの子が免許取りたいから来たの。私の弟になったゲンちゃんだよ、宜しくね。最速でストレートで受からせてよね、ミッションで」と脅迫じみたことを言った。

「わかったよ、おまえ相変わらず怖いな。ゲン君、ミーコの中学の友達の川瀬です。困ったことがあったら何でも言ってね。ミーコが怖いから一緒に頑張ろう」とさわやかに握手をした。円造えんぞうさんや晴海はるみさんと似た柔らかい匂いがする。

 ここで育つとこんな風に大らかでさわやかになるのだろうか?もしかしたら飲み水とかに関係しているのかもしれない。だって俺が育ったとこではこんな人たちいなかった。大人も子供も誰もがカチカチで辛そうに生きていた。たまに息抜き(いじめなど他人への攻撃とか)なんかして、やっとなんとか自分を保っていた。それが普通だと思ってたけど、ここで違うんだってわかった。ここでは自由に息ができる。

 ぼんやりしてたら、都が、

「ほら、ここ自分で書いて」と言って手招きした。俺は申込書を丁寧に埋めて、買ってきた三文判さんもんばんを押す。

「今時印鑑なんてねー、バカらしい」と都が鼻で笑ったが、なるほど、そんなこと思ったことなかった。


 川瀬さんから説明を受け、俺は出来るだけ授業にたくさん入らせてもらうことにした。早く免許を取りたいのだ。説明を受けていると、家の近くまでスクールバス(懐かしい響き!)が来てくれる。自転車を覚悟していたので助かった、と思いながらふと、金額を見て飛び上がった。33万!都は普通に現金で払っていた。

「都、お金あるの?」と俺は心配になって聞いた。今まで都は、子供はお金のことは心配しないでいいの、と言っていたが、額が違う。

「ああ、大丈夫。この前お母さんがゲンちゃんの自動車学校のお金100万と通帳を置いていったよ。君が帰って来ないって予測してたんだろうね。しかし、自動車学校に100万とはね…自分の母親だけど、適当過ぎて笑っちゃう」と言った。

 さすが都の母、おおざっぱだ。俺は少しの期間しか一緒にいなかったが、適当で明るい感じの人だった。俺は引きこもっていたからあまり話せなかったが。


「ゲンちゃんの通帳に残金は入れておいた。これ自分で管理するんだよ」

 家に帰ってから都はそう言って、俺の通帳とカードと印鑑を出した。中身を見ると、お年玉とかも入ってて結構な金額になっている。なんせ引きこもり歴が長いのだ。ゲーム機くらいしかお金を使わない。

「良く考えて使うんだよ」

 俺はそれを大切にしまってから、ちょっと考えて、聞いてみた。

「都ならどう使う?」

「そだね、お金が無くなるまで海外放浪かな」と彼女は即答した。

 聞かなきゃよかった。俺にそんなこと出来るなら引きこもってない。

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