第10話 スケッチブック

 都が行きたいと言っていたカフェは、なんだか子供が作った粘土細工みたいな雰囲気の原始的な建物だった。庭も同じ雰囲気なので、同じ人が作ったのだろう、とてもファンタジー感が強い。宮崎駿のアニメに出てきそうでワクワクする。きっと昔の建物は自分たちで作るからこんなんんだったんだろな。今の建物は直線ばかりだ。

 そして中に入ってびっくりした。オーガニック料理なので女性だらけだ。ざらっと見渡しても2人しか男性がいない。明らかに女性に付き合ってきている。

 席に座ると周りからじろじろ見られている気がする。背が高いからだろうか?見られるのは苦手なので非常に居心地が悪い。

「やっぱちょっとしんどいよね、ごめんね…せっかくの誕生日なのに」と都が薄ら笑いで謝った。悪いなんて全然思ってないよ、この人。

「ねえ、円造さんはこういうとこ大丈夫なの?」

「ああ、あいつは病気だから、女が多ければ多いほど喜ぶんだ。見られると興奮するって言ってた。変態でしょ。若い女性から年配まで守備範囲が広いし、ゲンちゃんあいつと女の話したらびっくりするよ」

「ふーん。じゃあ、都の守備範囲は?」とさりげなく彼女の好みを聞いてみた。

「私?んー、田山先生、かな」と都はあっさり即答した。

「ピンポイントだね。先生抜きにして、年齢は何歳から何歳までなの?」

「年かあ…あまり考えたことないな。好きだったら何歳でも」

 俺は顔がポッポカしてきた。10歳の年の差も埋められるかもしれない。彼女が俺を好きになったらいいのだ。

「先生のどういうとこが好きなの?」

「庭がすんごく好きなとこと、他人に優しいところ。好きなことに夢中になってる人が好きかも」

 なるほど…じゃあ俺も好きなことを見つけないと。どうやって見つけようか?俺が神妙な顔をしていると、

「ゲンちゃんは今は絵が書きたいんでしょ?それなら書けばいい。やりたいことは何でもすぐにやればいいよ。私協力するから。基本、苦労はしてもいいけど嫌なことはしなくていいと私は思ってる。だって人生は短いんだからね」と言って彼女は小さく笑った。お父さんが早くに亡くなったからそう思うのだろう。

 あれ、ってことは、もしかして都はファザコンなのか?それならあの田山先生を好きなのも説明が付く。円造さんと付き合っていたのは高校生の時だって言ってたし。なんだかちょっと俺に不利な気がする。

 しばらくして料理が運ばれると、盛り付けが息が止まるほど美しい。俺はじっくりひとつづつ味わって食べた。肉を使わずにここまで肉感を出して、満足を与えるなんて!それに美味しい。俺が感動していると、

「もうひとつのゲンちゃんの興味は料理かもね。いろいろツテがあるから、勉強したいなら紹介するよ」となんでもないような表情で言った。軽いな。相変わらず頼りがいがある。

 ランチの後、小さなホールケーキが運ばれてきて、チョコプレートに白で『誕生日おめでと!』と書いてあった。フルーツがこんもりと盛りたくってあるのは都のリクエストだろう。でもこんなの母がいないからずっとしてもらったことがない。どうしたらいいか困っていたら、

「ゲンちゃん、18歳かあ。これからが一番楽しい時期だ、いっぱい好きなことして、楽しんでね。おめでと!」と都が言って、小さく手を叩いた。

「やだな、ありがと…恥ずかしいけど…嬉しい」と俺はお礼を言った。一人っ子だしホールなんて食べたことないよ。

 都がケーキを切り分けてたら思いついたように、

「ねえ、ゲンちゃんはわかってないけど、なんでこのカフェの女性がキミをじろじろ見てるかわかる?ゲンちゃんが背が高くてカッコイイからだよ。18歳だし、彼女とかできたら絶対連れてきて紹介してよ!18歳と言えども、私が一応保護者だしね」と年長者ぶって言った。

「ん…無理だよ」と俺は速攻で答えた。この俺がカッコイイわけないし、彼女なんてできるわけない。でも都は全然聞いてない。

「そういえばゲンちゃんの好みを聞いてないな。どんな人が好きなの?アイドルとかアニメキャラなら検索するし」

「内緒。絶対言わない」

 都がしつこいおじさん化していろいろ探ってくるのでケーキを彼女の口に運んだ。

『俺が好きなのは都だよ!』とはっきり言えたらどれだけいいだろう。でも俺にはそんなこと言う資格がない。今日だって都が部屋に戻ってこなかったら、俺は父親を殺していたかもしれないのだ。考えると血の気が引く。

 田山先生まではいかないにせよ(いきすぎだ)、大人になりたい。都を好きだと堂々と言える大人に。


 お祝いのランチの後、俺たちは文房具屋に寄り、スケッチブックの大と中、小の3サイズ、2Bから4Bの鉛筆、水彩絵の具を誕生日プレゼントで購入してもらった。

 これで幸せな時間や、はっとした瞬間を描いて留めておける。そうだ、ここに来た時のあの木漏れ日や、龍神祭りの後の田んぼに水が入っていく瞬間も描かないと!あとネコの水遊び。それらが俺の脳裏にまだ鮮明に焼き付いているうちに。


 家に帰って、都の昔練習で書いたリンゴなどの静物スケッチを見せてもらった。なんだか真っ直ぐな彼女らしいスケッチだ。線に迷いが少ない。濃淡の差が強い。商店街らしき絵もあるが、可愛らしくてマンガみたいだ。昭和っぽいおかっぱの女の子が浦沢直樹風のタッチで描かれている。

「ね、なんかマンガのワンシーンみたいだね」というと、

「そうかも。マンガを読み過ぎて影響されてる」と笑った。そういえば倉庫にすごくたくさんストッカーがあると思ったら、マンガがぎっしり入っていたのを思い出した。

「ゲンちゃんと一緒に私もまた書こうかな…最近パース図面以外絵を書いてないから。でも私センスないんだ、字も絵も実務的なんだよね。そうだ、ゲンちゃんさ、ちょっと私を描いてよ」と興味津々で言ってきた。

「え、いいの?描く描く。嫌かと思った」

「嬉しい。なかなか美しくないと描いてもらうことも少ないからね」

「都は雰囲気があって、とても…いいよ。パワーもある」

 本当はキレイだって言いたかったけど俺には無理だ。

ね。ギリ誉め言葉と思っておくよ」

 彼女はそう笑って言ったが、パワーはとても大事だ。熱量と言ってもいい。ネットで見るポートレイトでさえ人によってその差は歴然なのだ。

 そう思っているうちに大体描けてしまった。

「はい」と言ってさらっと書いたスケッチを見せると、

「やだっ、上手いよ!早いしっ!ゲンちゃん自己流?なんでこんなに早くて上手いの?牛丼みたいなセリフで今自分で引いちゃったけど」と一人で突っ込みながら感心している。

「うん、引きこもってたから…絵を描いては捨ててた。残ってないけど、たくさん描いたよ。ネットで写真とかを見て描くんだ」

「そっか…ゲンちゃん引き出し多そうだね。一緒にたくさんこれから見つけられそう。引きこもりの時間は、ゲンちゃんの才能を熟成させるために神様がくれた試練だったのかもしれない」と都は真面目に言った。

 彼女は『神様』とか『精霊』みたいなものを無条件で信じてるとこがある。まあ、俺も精霊は旅館で見ちゃったから信じざるを得ないけどね。

「ねえ、都って神様を信じてるの?なんで?」

「ん…こやってゲンちゃんと私が出会ったのも、母とゲンちゃんのお父さんが結婚したからでしょ?ってことは、私のお父さんとゲンちゃんのお母さんがいない、という条件を満たさないとだめじゃない?私とゲンちゃんがこうやって暮らしているのには、本当に奇跡のようにいろんな条件が積み重なって可能になっているんだ。それって、もう、神様ともいえるんじゃないかって思うの。とっても個人的な考え方だけど…」

 俺は黙り込んだ。彼女は今までの辛いことをこうやって乗り越えてきたんだろう。

 弱いようで強く、強いようで弱い彼女を知れば知るほど、俺はどんどん惹かれていくのを感じる。それはいつか止められない強い波になって俺をどこかへ運んで行くのだろう。そこは奈落か天国かはわからない。

 とても怖い。でも俺は進むと決めた。

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