Missing(~久保田利伸)#22

******

前回同様、恋愛三部作(!)の第二部です。別ブログからの転載です。

******

昔、とある文化施設の機関誌を作っていた。

その仕事は取材が多くて、たいていは外部スタッフと二人で動いていた。


人なつこいその彼は、いつも元気のいい明るい青年だった。歳は4つくらい下だったと思う。にもかかわらず私が感心していたのは、彼のプロ意識だった。態度、言葉遣い、仕事ぶり、そして、人柄。どれをとっても、こちらが反省したくなるくらい、申し分なかった。

日に焼けて、健康そのもの。白い歯を少しだけ見せて笑う。そんな彼がいるだけで、取材先の空気も和んだものだった。


3年間、彼と仕事をした。

車での移動がほとんどで、運転免許を持たない私をいつも迎えに来て、取材先へ行き、最後は送り届けてくれた。

長い時は1時間半にもなる車中、私たちはいろんな話をした。そのかたわら、カーラジオからは時々の流行の曲が流れていた。ほどなく、お互いにあるアーティストが好きという、共通点が見つかった。

新しく出た曲はもう聴いた?どう思った?今までの曲の中ではどれが好き?二人でいつも語り合った。

私は、自宅のオーディオ機器が充実してないせいもあり、すべてのアルバムを持ってはいなかった。そして、彼の好きな曲の中に、私の知らないものがあった。


次の取材の日に彼は、その曲の入ったアルバムをダビングして持って来てくれた。

恐縮する私に、絶対聴いてほしかったからと言って手渡してくれた包みの中には、私の持っていないアルバムが全部入っていた。音はあまりよくないです。そう言っていたとおり、音は確かに、決してよくはなかった。高くはない給料だからということで、彼も友だちからダビングさせてもらったものしか持っていないのだという。

それをさらにダビングして、屈託なく笑いながら、遠慮なくどうぞと差し出す。いかにも彼らしい行為だった。曲名なんか、一切メモってないところも。


そんなある日。

取材先に到着する直前、カーラジオからある曲が流れて来た。別のアーティストの新曲で、私の大好きな曲だった。車が駐車場に止まった。

「この曲、いいよね。私、大好きなんだ」。

そう言いながら車から降りようとした私に、「待って」と彼は言った。

「ぼくもこの曲は大好きなんで、終わるまで、降りないで聴いてましょう」。

いつもストレートで明るい彼の、珍しく静かな口調に、「あ、うん。そうしようか」と、私は体を戻した。なぜか少し、ドキドキした。

二人とも、何も喋らなかった。


「Missing」の歌詞は、切ない。

無言の彼は、いったい何を思って聴いているんだろう。

もしかして、叶わない恋でもしてるんだろうか。

そう思った途端、胸が苦しくなった。私は、いつの間にか彼に恋をしている。その時、はっきりとわかった。


曲が終わると、何も言わずに、それぞれ車を降りた。

何もなかったように取材をして、何もなかったように送ってもらった。


本当に、3年間何もなかった。でも、取材の合い間に食事をしたり、相変わらず車中で楽しく会話したり、そんな時間が、仕事や人間関係がキツい時も私を支えてくれた。


その仕事の3年目が終わりに近づいた時、新入社員が私の下につくことになった。彼女がその仕事も一緒にするようになった。取材はすぐには任せられなかったけど、将来的には任せることになる。それは、私にとっては少し残念なことでもあった。


しかし、その気持ちは、ほどなく断ち切られた。

雪解け間近の季節、いつものように二人で取材先に向かっていた車中で、「お話があります」と彼は言った。

仕事をやめる。

家業を継ぐというのが、理由だった。でも、夢はあきらめない。いつか、この仕事で名を成したい、と彼。

その名前を聞く日を楽しみにしてるね。と、私は言った。

話の最後に、仕事をやめることを、誰よりも先に私に言いたかったと彼は言った。

それはうれしかったけど、心の大部分は悲しかった。


その日、取材の合い間に空き時間があった。

近くのレストランでお茶を飲んで、時間をつぶした。

会話が途切れた時、ふいに意を決したように「あの、ぼく…」と彼が言った。

私が顔を上げると、言いにくそうな間があった。ちょうどその時、担当者が取材再開を告げに来た。

結局、彼の言葉の続きを聞くことはなかった。


帰りの車中、もうすぐ到着というところで私は、「私も、もうすぐこの取材の仕事をやめる」と言った。その日、決めたことだった。「二人とも卒業だね」と。

目的地が見えた時、「ぼく、この(取材の)仕事が一番好きでした」。彼は晴れやかにそう言った。フロントガラスの上を通り過ぎる青い信号を、私は見ていた。

「この仕事が一番好き」。それで、私には十分だった。


そのあと、もう一度くらい取材の仕事があったかもしれない。でも、私の中でのその仕事の記憶は、「この仕事が一番好き」の日で終わっている。

ある年、彼から年賀状が来た。写真だけで何も書かれてなかったけど、夢をあきらめていないことがわかる年賀状だった。


レストランで、彼は何を言おうとしたのだろう。

今でもMissingを聴くと、彼と彼の語られなかった言葉の続きを思う。

あの時ダビングしてもらったものは、もう聴けなくなってるのに捨てていない。あの言葉の続きを聞いていたなら、あるいは、違った思い出になっていただろうか。


結局、聞かなくてよかったのかもしれない。

二人でMissingを聴いた時に、はじめて自覚してすぐに封印した私の気持ちは、一度も封を解くことはなかった。けれど、彼が私を忘れても、私の中の彼の思い出はずっと消えないだろう。語られなかった言葉とともに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます