第20話 近道にて

「さて」


 翌朝の事務所。今日も今日とて絶好調に不健康なツラをした曽根崎さんは、深く大きく息を吸った。

 

「身元不明死体は六屋准教授のものと判明したし、エアーメールから深馬氏の指紋は出たし、和井教授と同時期にヤツが南米渡航していると分かったし、靴についていた泥から六屋准教授の血液反応が出たし、これで犯人は深馬氏で確定だな!」

「ちょ……そんなスタートダッシュがあるか!」


 拳を握り右斜め上を睨む雇用主に、お手伝いさんである僕はツッコミを入れた。

 いや普通こういうのって、犯人を前にして言うもんじゃないの?


 そう伝えると、曽根崎さんは信じられないものを見る目で僕を見た。


「君が事前に情報開示しろと言ったんじゃないか。さては忘れたな?」

「それは言った気がします」

「あと、伝えておかないと君の百面相が気になって犯人を追い詰められない未来が見えた」

「ほっといてくれませんかね」

「ちょっとツボだったんだよな……。というわけで、改めて深馬氏をぶっ潰しに行くぞ」


 パチンと両手を合わせる。僕は頷き、自分のネクタイを締め直した。


「流れは?」

「至ってシンプルだよ。ヤツを適当に追い込み、逃げ出した所をツクヨミ財団の特殊部隊が捕らえて無力化させる」

「深馬さんと対峙するのは危険じゃありませんか?」

「手の内を晒させるのも私の仕事だ。君は残っててもいいんだぞ」

「行きますよ。今の曽根崎さん、明日には死体になってるかもしれないんですから」

「死体になるのは藤田君の方が早いかもしれない。……ヤツを追い込む段階で、ミートイーターの除去方法を吐かせることができりゃいいんだがな」

「……」


 そう。死体が見つかっていないとはいえ、曽根崎さんだけじゃなく藤田さんの命もかかっているのだ。

 だが、今回の作戦が上手くいけば彼らの生存率もグンと上がるに違いない。


 強く拳を握る。

 ――絶対に、二人とも死なせるものか。

 たとえ自らの身を危険に晒そうとも、深馬に噛みつき一つ残らず情報を聞き出してやる。


 僕は決意し、事務所のドアを勢いよく開けた。


「……なーんか嫌な予感がするんだよな」

「失敗を彷彿とさせる事は言わない!」


 僕の気も知らず不穏な一言を吐いたオッサンの腕を引っ張り、外に連れ出したのである。










 数十分後、僕らは手入れされないまま腰辺りまで伸びた草をかき分けていた。

 少し後ろで曽根崎さんの不満げな疑問が上がる。


「本当にこれが近道なんだろうな」

「ええ」

「しかしどこからどう見てもただの植え込みだ。公園の管理人に見つかったらドヤされるぞ」

「大丈夫ですってば。僕よく通るんで」


 渋い顔をする曽根崎さんを引き連れ、僕は待ち合わせ場所である神菅大学の最短ルートを進んでいた。何があるか分からないので記録の残るタクシーの使用は控え、僕らは公共交通機関と徒歩で大学に向かっているのである。

 曽根崎さんはスーツについたセンダングサを摘んで捨てて、険しい顔をした。


「よく通るってなんだよ。大学に知り合いでもいるのか」

「あの辺に激安スーパーがあるんです。でも大通りを通ってたら、かなり遠回りになるので……」

「この場所を通るというわけか。……君の今後の為に言っておくが、ここは決して道と呼ぶべき所じゃない。何か変な臭いがするし、本来立ち入り禁止区域に入ることは軽犯罪法違反にあたってだな……」

「実は以前管理人さんに見つかったことがあったのですが、僕の困窮具合を伝えた所、大学を卒業するまでは見逃してくれると言ってくれてですね」

「無理のない借金返済プラン一緒に考えようか?」


 いよいよ消費者金融じみたことを言う曽根崎さんである。この困窮、借りていた奨学金を最近になって(曽根崎さん協力のもと)一気に返したことにも起因していた。利子がかかる借金より、無利子の曽根崎金融に統合した方がいいとの判断だったのだが……。

 当然の結果、曽根崎さんから借りている総額が膨大なものになってしまったのである。高級車何台分買えるんだろうな、あの額。


 ……返済プランはいいから、ボーナスはずんでくれないかな。


 そんな邪なことを考えていたせいだろうか。足元が疎かになっていた僕は、何かに躓いて盛大に転んでしまった。


「……ッてぇ……」

「おい、大丈夫か」

「ええ。なんでここに丸太なん……て……」


 言いかけて、息を飲む。ここでようやく、自分が何に躓いたのか把握したのだ。


「……曽根崎さん、こ、この人……!!」

「うわ、なんでヤツが!?」


 曽根崎さんに腕を掴まれ、強引に立たせられる。


 ――木や草を押しつぶし、血塗れで倒れていたのは一人の男。

 僕らは、その男の名を知っていた。


「深馬仁……!」


 そう、それは紛れもなく、今から会うはずである深馬本人だったのである。

 ぐにゃぐにゃとあり得ない方向に投げ出された手足と、ピクリとも上下しない胸。

 僕らの目の前にいる深馬は、間違いなく死んでしまっていた。


「ど、どうしてコイツが……!?」

「あまり見るな、景清君。脳に焼き付くぞ」


 曽根崎さんに制されたが、僕は構わず男の死体を観察し続けた。

 ……僕だって、曽根崎さんと行動を共にしているからには、この人に任せっきりでいたくない。吐き気を堪えて「大丈夫です」と言い、「それより」と男の顔を指差した。


「……曽根崎さん、この花ってまさか」

「……ああ、仰る通り一日ぶりのご対面だよ」


 ヤツの眼球を突き破って生えていたのは、美しい二つの薄桃色の花だ。

 どうやら深馬張本人も、このミートイーターに寄生されていたようである。


 果たしてこれはどういうことになるのだろう。想定外の不可解さに、僕は死体の恐ろしさも忘れて考え込んだ。

 だって、この人は犯人だったはずだ。それなのに、ここにいる彼はミートイーターと共に無惨な死体へと成り果てている。


「……実は共犯者がいたとか? 深馬さんが裏切ったから、ミートイーターを寄生させて殺した、なんて」

「いや、それだとミートイーターが残っている理由に説明がつかない。種子は貴重だ。しかもこんな奪いやすそうな場所なのに残されるなんて……。そうか、ならば……しかし何故……」


 曽根崎さんは顎に手を当て、真剣な目でブツブツと呟いている。彼の頭の中では、今目まぐるしくデータが行き交っているのだろう。……邪魔をしてはいけない。僕は、口をつぐんで彼の動向を見守ることにした。


 が、次の瞬間曽根崎さんは僕の手を握り、その場から逃げるように走り出した。


「そ、曽根崎さん、いきなり何を……! 警察に連絡しないと!」

「分かってる! だが、今は“生きている”深馬に会うことの方が先決だ!」


 荒い口調でそう言うと、曽根崎さんは胸元に付けていた通信機を取り、向こうにいる財団部隊に叫んだ。


「今私のいる場所に犯人の死体が出た! GPSで大体分かるな!? 至急回収しろ! ……いや、それより藤田君の安否の方が重要だ。忠助の所にいるはずだから、現場で張っている人達で何が何でも彼の護衛を……」


 だが、向こうからの返事を聞いた曽根崎さんの目つきが変わった。


「……はぁ!? 忠助に必要無いと断られた!? 何考えてんだあの弟は!」


 ……何か様子が変だ。曽根崎さんは苛々とスマートフォンを手にすると、阿蘇さんに電話をかけ始めた。

 しかし繋がらなかったのだろう。すぐに耳から離すと、続いて藤田さんと連絡を取ろうする。

 結果は、曽根崎さんの顔色で察した。


「クソッ、なんで私はあの二人にGPSチップを埋め込んでおかなかったんだ!」


 滅茶苦茶言ってるが、本音だろう。

 ……だけど阿蘇さんの行動の理由が分からない。今まで曽根崎案件に関わる時には、どんな無茶振りでもこなしてサポートしてくれていた彼だ。


 そんなあの人が、曽根崎さんに黙って勝手な行動を取るなんて。


「聞け! 忠助と連絡がつかなくなった! 今から全力で藤田君の捜索に人を割き、一刻も早く彼を見つけろ! でないと更に被害が広がるぞ!」


 通信機に怒鳴った曽根崎さんは、僕の手を握り走り続けた。足場の悪い場所で俊足の男についていくのは簡単なことではなかったが、足手纏いにならぬよう必死でついていく。


「……藤田君を深馬の手に渡さないことが、事件収束の糸口になり得るかもしれないんだ」


 走りながら、彼は説明してくれた。


「今ヤツの持っているタネの数はゼロだ。さっきの死体を見て分かるように、どういうわけか最後の一粒を自分自身に植えている」

「それじゃあ、あれって穴に落ちた死体なんですか」

「恐らく。私は昨晩にヤツと連絡を取っているから、死後一日二日は経っているあの死体とは矛盾する」

「……だとしたらもし、今生きている深馬さんが藤田さんを手に入れたら……」

「ヤツは彼を穴に落として死体にし、新たに二粒の種子を獲得するだろうな」


 ――そして、また別の宿主に植えつける。


 曽根崎さんの推測に、僕はブルリと震えた。

 だが、逆に藤田さんを守りきることができれば、深馬の手に新たな種子が渡ることはない。タネを持たないヤツは、一日二日後に死ぬまで新しい宿主を作り出すことはできず、曽根崎さんの言う通り事件収束の糸口となるだろう。


 ところが、その肝心の彼は阿蘇さんと共に音信不通になってしまった。阿蘇さんの思考が読めない今、藤田さんの安否を確かめる術は無い。


 ――これ、結構まずい状況なんじゃないか?


 押し込めていた恐怖が漏れ出しそうになる。それを必死で押し戻して、曽根崎さんに尋ねた。


「曽根崎さん、これ、本当に何とかなるんでしょうか。他に方法は……!」

「しっかりしろ。だからこうして私達は走ってるんだろ」

「考えがあるんですか!?」


 曽根崎さんは全く速度を緩めることなく、不気味に口角を上げて言った。


「詰まる所、タネを何粒持っていようが人間気絶していれば動けない。というわけで、できる限り説得した後、無理そうならブン殴ることにした。急ぐぞ景清君!」


 ……どうもオッサンは、手っ取り早く暴力で解決する気になったらしい。

 事務所を出る前の推理は何だったのだろうか。


 しかし、それ以外に思いつく名案があるわけでもない。


 阿蘇さんと藤田さんの安否を願いつつ、僕は彼の足並みに合わせてひた走ったのだった。

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