第145話 サイド 冬蜻蛉3
僕は朽木が空へと飛び去っていくのを見送る。
──方角はホームセンターのあった方かな。きっと、ここ数日、ずっと朽木が気にしていたやつだ。帰ってこないぷにっと達のこと。市街地に行ったんだ。
僕は朽木が見えなくなると、スニーカーに履き替え、とぼとぼとネットカフェに帰りはじめる。
──これ、帰ったら返さなきゃ。貸して貰ってるだけだし。
僕は残念な気持ちで手にした革靴を眺める。
思い出すのは先程までのスキルのこと。
疾走する自分の体。
解き放たれたような解放感。
そして溢れる全能感。
借り物にすぎないとはいえ、それはこれまでに感じたことのない喜びだった。
ままならない事ばかりの自分の人生が、朽木がきて、本当に一変してしまった。
──それ自体が奇跡。朽木はまるで、おとぎ話の中の魔法使い。そうしたら、僕は魔法使いの弟子、になったんだ。
そんなことを考え、ふふっと笑みをもらしながら進む。いつの間にか、足取りも軽くなっていた。
「ただいまっ」ネットカフェの前につく。そこにいるウシャ達ぷにっとに挨拶する。
次々に両手を挙げるようにしてお返事を返してくれるウシャ達。その姿が可愛らしくて、僕はいつも機会がある時は声をかけてしまう。
──いつ見てもすごい。これ、本当にネットカフェって言っていいの?
ウシャ達が日々増強し続けているネットカフェは、見た目はすっかり要塞とか、砦とか言われるような外見になっていた。
どこからかファルト達が調達してきた鉄板やらアルミの板やらが貼り付けられた壁は、さまざまな金属でモザイク状に変わり。
今はさらに周囲を取り囲むように、壁の建設が始まっているようだ。新しく作られている壁の上には所々にクロスボウのような弩のような、よくわからない物も設置されている。かなり物々しい雰囲気。
ネットカフェに入ると、猫林檎達に囲まれる。
次々に寄ってきて話しかけてくる子供達をあやしながら、質問に答えていく。
どうやらみんな、僕が外で朽木としていた訓練に興味津々のようだ。
子供達をいなしながら、先に片付けしなきゃと、待ってもらうことにする。
──猫林檎、いつもながらナイスフォロー。この革靴、どこに置いておこう? 大事な物だからそこら辺に放っておく訳には当然いかないけど。
僕はもう一人の大人であるキングスマンに預けるかとも思ったが、ネットカフェの中に姿が見えない。
──体調悪くてブースで寝ていたら起こしちゃダメだ。仕方ないから朽木のブースに置いておく。
僕は子供達にオープン席で待っててと伝えると、朽木のブースへと向かう。
勝手に人の部屋を開けるのは、少し抵抗があったが、これ置くだけ、と中へ。
ごちゃごちゃとしたブース。
こういうとこ、大人なのに、結構だらしない。
僕は唯一空いているパソコンのディスプレイの前に革靴を置こうとして、それが目に入ってしまう。
机に起きっぱなしにされていた、二振りの小太刀。柄頭にバッタの意匠の入ったそれは、確か朽木がよく使っている武器。
「これ、忘れたの? えっ」
驚きのあまり漏れた僕の呟きは、誰もいないのブースの虚空へと消えて行った。
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