第二章
第96話 トラップ
「ついに、ここまできたか」俺は目の前の扉に手を伸ばす。金属製とも、木製とも判別のつかない不思議な色合いの扉。
スライムの意匠がされたそれが放つ、重厚な雰囲気。この先に、何の部屋が待ち構えているのか、容易に連想させてくる。
俺は扉を押す前にちらっと江奈の方へ視線を向ける。
魔法拳銃をかまえ、無言で促してくる江奈。
俺は息を一度吐ききる。気合いを新たに、ゆっくりと扉にかけた手に、力を込める。
かつて焔の調べの断絶ダンジョンと呼ばれていたこのダンジョン。そのダンジョンマスターになったアクアの部屋の扉が、開く。
「?」
そこは予想外の有り様だった。
樹木の生い茂った豊かな自然。豊穣な森にいるかと錯覚させるようなそれ。煌々と照らされた室内。
壁は蔦や苔に覆われ、高い天井に向かって、何本もの常葉樹がその葉を広げている。
足元にはせせらぎ。部屋の床一面がうっすらと清浄な水に覆われていた。部屋の広さ自体はそれほどでは無さそうだ。生き物の気配は感じられない。
俺はホッパーソードを構え、ゆっくりと足を踏み出す。
──アクアは倒した。つまり、ボス部屋だったここは、通常であれば主が不在のはず。
そう、自分に言い聞かせながら。
俺と江奈はアクアを倒し、ダンジョンを脱出した後、準備を万全にして再びこのダンジョンへと舞い戻ってきた。
ナインマズル達の調査は、とある事情で打ち切りとなってしまっていた。
「朽木、あれ」と江奈の声。
俺ははっと気を引き締める。
江奈の指差す先、部屋の中央と思われる場所に、一際目立つ、蔦で出来た柱があった。
ゆっくりとそこへ近づいていく。
俺と江奈の立てるぴちゃぴちゃという足音だけが室内に響く。
床から天井まで繋ぐ蔦の柱。
俺が近づくにつれ、その柱の中央部分が、光り出す。
「この光は……」
俺は不用心にも、手を光へと伸ばしてしまう。
指先が蔦に触れた瞬間、室内に音が鳴り響く。アラーム音とはまた異なる、何か生物的なそれ。
「やっぱり、トラップはあるのかっ」俺は全身に重力軽減操作をかけ、とっさに大きく飛び下がる。
俺の数瞬前まで立っていた場所を含め、蔦の柱を中心として無数の新しい蔦が生えてくる。
足元から。天井から。
撃ち出される、江奈の魔法弾。
着弾した何本かの蔦が、弾け飛ぶ。
しかしすぐにその分を補うようにして、生えてくる蔦が倍増する。
光が蔦で完全に覆われる。
天井でぶちっという何かが引きちぎれる音。
光を飲み込んだ蔦の塊が、どさりと地面に落ちる。
──江奈さんの攻撃?
と江奈の方を向く。しかし目に入った彼女の顔も不思議そうな様子。
その間に、なんと地面に叩きつけられた蔦の塊がもぞもぞと蠢きながら膨らみ始める。
「朽木、あれスライム……」
江奈の指し示す先。
そこでは地面を覆うせせらぎに紛れ、小さなスライム達が蔦の塊の中へと入り込んでいっていた。
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