第72話 ミズ・ウルティカ
俺と江奈は、本山の裏、かつて俺が『ピクニック』で足しげく通った高原に来ている。
俺たちの目の前には、銃剣を構えたミズ・ウルティカ。
「さあ、とりあえずかかってきなさい。朽木竜胆、貴方はガンスリンガーの連携訓練は受けていないわね? ほとんどソロでの戦闘経験しか無いようね。」
「え、はい。」と俺。
「わかりました。残念ながら時間が鍵となる現状、これが最初で最後の訓練よ。じゃあ、江奈・キングスマン、まずは貴女が朽木竜胆に合わせてあげなさい。魔法銃に模擬弾はこめたわね? では、構えてっ。」
「「はいっ。」」と、俺と江奈の声が揃う。
(どうしてこうなった……)
話は遡ること数時間前、ナインマズルの召集が発動した後。三人のナインマズルたちによって今後の計画が決められた。
俺はもちろんその場にいた。ただ、悠然と構えていたら、いつの間にか江奈と、ミズ・ウルティカと斥候担当になっていただけだ。
断じて臆して発言出来なかった訳ではないと、ここで明言しておきたい。とは言え、世界最高峰の実力者たちの決定だ。粛々と従うのも、そんなに可笑しくはないはず。船頭多くてなんとやらとも言うし。
それは良いのだが、準備をマスター・マスカルに託し、俺達三人はミズ・ウルティカに連携を訓練するからと言われ、この高原に来ていた。
そして、ダンジョンのないこの場所で、いつの間にかミズ・ウルティカと模擬戦をすることになっていた。なぜ、連携の訓練が、模擬戦をすることになるのか、甚だ疑問だ。
スーツ姿で一見出来るキャリアウーマン風の見た目のミズ・ウルティカが、急に脳筋に見えてきたのは、俺の目の錯覚ではない気がする。
俺は深まる疑惑を取り敢えず脇に置くと、自らの中のダンジョンの因子に意識を集中する。
俺の黒く染まった瞳が、輝き始める。
(オドの恩恵は十分。スキルの発動は……流石に無理か。オドを維持するのに苦労していたのが嘘みたいにスムーズにダンジョンの因子が発現出来るな。これも、この目のお陰か。)
俺は前までは体感でしか感じられなかった空間の歪みが、黒く染まった瞳を通して、見えてしまうことに感慨深いものを感じる。見えてしまえば、それに合わせるのは難しくない。オドによる身体強化が安定すると、俺はホッパーソードを握る右手にカニさんミトンをはめた左手を添え、ちらりと江奈に視線を向ける。
ちょうどこちらを見ていた江奈と目が合う。
微かに頷き合い、二人して走り出す。
下生えに点在する白い花。
その隙間を縫うように、ホッパーソードを身体に引き付け、姿勢を低くし、全速力でミズ・ウルティカに向かって右回りに回り込む。
俺の背後から飛び出した江奈は真っ直ぐに魔法銃を構えて、ミズ・ウルティカに向かう。
走りながらの流し撃ち。引き金は三度、絞られる。
それは、強靭な下半身を持ち、安定したスライドでの走法を実現している江奈ならではの特技なのだろう。全速力で走りながら、いっそ繊細とも言えるようなタッチを思わせる、模擬弾の着弾。
全てが計算され尽くした、もっとも人体の構造的に回避しにくいリズムと場所を狙って、三発の模擬弾がミズ・ウルティカに襲いかかる。
しかし、ミズ・ウルティカもさるもの。銃剣の一振りで模擬弾を三発まとめて弾き飛ばす。常人には視認も不可能なそれ。しかも普通に考えて一振りで弾くなど軌道とタイミング的に不可能なはずのそれを、涼しい顔をしてこなしてしまう。
脳のギアをあげていた俺にも、はっきりとは視認出来なかったが、ただ銃剣を振るったにしては明らかにおかしな軌道を銃剣が辿った事だけは、理解できた。
しかし、江奈にとっては弾かれることは想定内だったのだろう。銃剣を振り切ったミズ・ウルティカの姿勢は、回り込み、急接近した俺から見て、ちょうど姿勢的に隙を晒していた。
いや、わざとそうなるように、絶妙のリズムと軌道で江奈が模擬弾を放ってくれていたのだ。
(さすが江奈さん、ベストのアシストっ)
跳ね上げるようにして、俺の振るったホッパーソードが、ミズ・ウルティカに迫る。
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