第43話 アクア再び

 無言、無表情のまま、つかつかとこちらに歩いてくるアクア。


 アレだれよ、と問うような視線をこちらに向けて来る江奈。

 俺も江奈に、後で説明するから、という気持ちを込めて視線を返す。


 プイッと顔を背ける江奈。


 その間に俺たちの目の前まで来ているアクア。

 両手を腰にあて、仁王立ちになり、目をすがめてこちらを見てくる。


「あー。アクアちゃん?」


 俺の問いかけにも無言のアクア。


「ちゃん付け……」


 江奈の呟きが静寂のなかに、広がる。


 アクアは腰に当てていた右手を俺に向ける。

 次の瞬間、ぬるんっと右腕が伸び、俺の後頭部間近まで拳がくる。


「うわっ。」


 思わず仰け反る俺。

 飛び出し、俺を狙っていた芋虫状の敵がアクアのその右手に鷲掴みにされていた。


 ぬるぬるとした動きで、伸びていたアクアの右腕が元の長さまで戻る。

 ギリギリとアクアが右手を締め付ける。


 キーキーと、甲高い悲鳴のような声が芋虫状の敵から発せられる。

 仲間の危機を助けようとしたのか、もう一匹の敵が、アクアの右手を狙い、影から飛び出し、襲いかかる。

 二体目の敵に視線も向けず、左手で掴みとるアクア。


 読心の出来るアクアには、攻撃の軌道が単純な今回の敵は楽勝の様子だった。


 そのまま、ふんっという鼻息とともに、一瞬膨れ上がるアクアの両腕。

 次の瞬間、敵は二体ともアクアの手の中で握り潰され、その体液が周囲に飛び散る。


 不思議なことに、飛び散った体液や肉片が黒い粒子となり集まり始める。

 俺は装備品になるのかとも思ったが、二体分の肉片がともに粒子になっている。

 それらはそれぞれ1つにまとまりかけ、カードの形状になる。しかし、カードとして顕在しかけた所で、二枚ともパリンっと割れるような音とともに、消滅してしまった。


 そこで、ようやくアクアが口を開く。


「こんな寄生虫ごときで喚ばれるとか迷惑なの。もう少しクチキも精進するの。」


 そう言うと、アクアの姿もぐにゃぐにゃと変形していき、縮みだす。

 そして、あっという間に、そこには一枚の蒼色のカードだけが残されていた。


 俺は念のためステータスが開かないことだけ確認すると、カードを拾う。


「あー、やっぱり動きが止まると脆いね。しかし、寄生タイプの敵だったみたいだね。さすがエナさんの勘は当たるねー。」


 俺はチラチラ江奈の様子を伺って、恐る恐る話しかける。


「まずは、ランド夫妻の様子を確認にいくよ。でも、その後で、じっくりと話を聞かせてもらうからね。」


 こちらを睨むようにして答える江奈。俺の返事を待たずに、そのまま一階に向かい階段を降りていってしまった。


 その後、ランド夫妻の無事はすぐに確認できた。

 俺は鍵とか諸々壊してしまったことを、江奈に通訳してもらい詫びる。保険に入っているから大丈夫とのこと。ただ、『ダンジョンに潜ろう』のHPに明日以降、会敵と撃破の報告をお願いされた。それで保険の審査の資料になるらしい。


 しかしどちらかと言えば、モンスターが居たのに寝続けて居たことに気落ちしているように見えた。元ガンスリンガーとしての矜持がある様子。言葉がわからないので推測だが、見ているとソアがランドを慰めている風であった。

 江奈もなにやらしきりに話しかけている。


 俺はその間に、そろそろと後ろに下がる。ゆっくりと部屋に戻ろうとする。


 後ろを向いて階段に向かい一歩踏み出すと、ガシッと肩を掴まれる。


 振り返ると、笑顔で俺の肩を掴む江奈と視線が合う。


「さて、色々聞かせてもらいましょうか。」


 俺は視線をキョロキョロする。いつの間にかランド夫妻は寝室に戻ったのか、いない。


「ですよねー」


 俺は無理やり笑顔を作って江奈に答える。

 こうして長い夜が始まった。

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