第18話
門を通り抜けて街へと脚を踏み入れると、白茶けた土の道が丸い石を無造作に敷き詰めた石畳へと変貌した。
石畳は左右にグネグネと伸び、道幅も一定ではなく、脇には雑草が何本も頭を覗かせている。石畳は全く整備されておらず、深くへこんだ轍の跡が何本もあり、へこみの酷い個所には当座のしのぎとばかりに板切れが敷かれている。
『都市計画』『区画整理』といった言葉とは無縁の街だということがこの道を見ただけで分かった。
その荒れた石畳に沿って二階建て、三階建てといった背の高い木造の家屋が不規則に並んでいる。建てられてから相当の年月を経ているようで、どの家屋にも補修、増改築のあとが見受けられ、そしてその増改築作業も実にやっつけ仕事であった。
増築された個所が道に大きくはみ出しているのは当たり前。
別々の家屋の二階部分だけを強引につなげていたり、一階のドアを封鎖して梯子で二階から出入りするようにしていたり、屋根の上に板を渡して通りの上を行き来できるようにしていたりと住人たちか好き勝手にやっている。
外壁で隠され遠目からでは見えなかった街の下層部の混沌ぶりに昂雅はしばし唖然となった。
この通りから視線を上に向けると一段高くなった場所に白い石造りの建物が並んでいる。遠目からでも確認できた街並みが上層部で、外壁で隠れていた箇所がこの下層の混沌地区というわけだ。
いわゆる金持ち貴族が住まう区画が街の上層となっていて、こちらの下層部分はいわゆる平民区画となっているのだろう。
とはいえ、道行く住人たちに活気が無いわけでもない。
道行く人の姿は多く、凝った木彫りの看板を吊るした酒場らしき家屋の前では酔っぱらった毛むくじゃらの大男が鼻歌をがなり立て、その周りの獣人たちもほろ酔い気分で雑談に講じている。
酒場から漂うアルコールの匂いと洗っていない犬のような臭いの入り混じる中、酒場の脇に掘られた井戸の周りでは水を汲みに来た人間の奥様方が噂話に花を咲かせ、路地では小さな獣人の男の子が人間の女の子と弾まないボールを蹴って遊んでいる。皆楽しげだ。
そしてその誰もが、昂雅が前を通ると珍しそうに視線を向けてきた。
子供たちですらボールを蹴ることを忘れて珍しそうに見つめてくる。
威勢の良い掛け声を発しながら獣人の男たちが樽を満載した荷車を押して猛スピードで通りを駆け抜けていく。そんな大急ぎの彼らですら昂雅の前を横切る時には歩を緩めて全員が驚いたような目を向けてきた。
身なりもそうだろうが、昂雅本人がこの街では驚くほど珍しい存在なのだ。
途中、リルハと顔見知りらしいおばさまが昂雅は誰かと訊ねてきたが、アテイナの客人だという返事に納得してあっさり引き下がった。
引き下がるなりご近所の友人たちにそのことを吹聴してまわる。数時間後には街中に話が伝わっていそうな勢いだった。
そんな街の下層部を少し歩くと、昂雅の頭の中に違和感がまとわりつき始め、その正体に気が付くまでそこから五分ほどかかった。
男の姿が見当たらない――正確には人間の男が見当たらない。
この世界に来てからリルハやラウナ、カティア、アテイナと子供から老婦人まで、この街を歩いているいまも人間の女性は目にしているが、人間の男はまだ一人も見ていない。
出会った男はシシル、小屋で出会ったガントン、見張りの二人と街中で見かけた子供まで皆毛むくじゃらの獣人ばかりだ。
昂雅は『呪い』とやらの正体に気が付いてしまった。
「男がいないな。人間の男が」昂雅は答えを確認するようにもう一度通りを見渡した。間違いない。「路地で遊んでいた子供も男の子っぽいのは全員毛だらけ。見張りも全員そうだし、さっき家の前で奥さんにどやされていた旦那も毛むくじゃら。シシルも、ガントンさんも。この街に来て……いや、この世界に来てまだ一度も人間の男をみていない」
ついでに言えば毛むくじゃらの女性は一人も見ていない。
昂雅の指摘にリルハたちが歩みを止めた。この反応だけで昂雅は推測が正しかったと悟る。
「カティア様、私が」
何かを告げようとしたカティアを制してリルハが前に進み出た。
呪いについて語り災いを受けるなら年長者の自分が――という彼女なりの気概から出た行動だ。
「さすがですね」
リルハは意を決したように呪いについて語り始めた。
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