第17話

 昂雅の持つ通信端末はスマートフォンを改造し頑強な特製ケースに入れた物なので画像や動画を手軽に保存しておくことができる。


 これを支給されてから昂雅もオーダーの仲間たちや街の廃墟などを何枚か撮影し保存していた。が、わざわざ武器を撮影していたかは記憶に怪しいところだった。


 仮に画像があったとしても、「何だこれは?」とスマホの物珍しさで話が脱線しそうな気もするが、それでも口で説明するだけよりは見てもらった方が手っ取り早いだろう。

 昂雅は画像があることを祈りつつ、分厚いスマホケースの側面についたホイールを親指で回し始めた。

 これは部隊員が孤立した時に備えて取り付けてある充電装置で、人力のため充電効率は微妙だったがいまの昂雅には有り難い機能だった。


                 ◆◆◆


 ホイールを回しながら歩くこと十数分。緩やかにカーブする道を行き、林を迂回すると目の前にポツリポツリと木造茅葺き屋根の民家が現れ始めた。

 家々の周りには青々とした畑が広がっており、大小様々な作物が並んでいる。どれもまだ実をつけておらず昂雅には何の作物なのか分からなかった。

 途中、畑で作業していた女性が作業の手を止めてジロジロと道行く昂雅を怪訝そうに見つめてきたが、見かけない風体の者が歩いていればそうもなるだろうと昂雅もさして気に止めることはなかった。


「見えてきましたよ昂雅様。あれがステルカルナ。太古の精霊遺跡の上に築かれた街です」


 シシルが指差す数キロ先に広大な湖と白い壁に囲まれた街が広がっていた。

 街はかなり広く遠目からでもその景観がよく見えた。


 対岸が霞んで見えぬ広大な湖をバックに白く分厚い石の壁が左右に伸び、その壁面の上で赤煉瓦の屋根を持つ建物が密集し、丘のようになだらかな稜線を描きだしている。街となる前は小高い丘だったのだろう。

 あとは街の中央に城がドシンと備わっていれば、これぞファンタジーという景観だったが、残念ながらそれらしいシルエットは見えなかった。


 絵葉書のような風景に昂雅は思わず足を止め見惚れてしまった。見惚れながら同時に思った。

 転送装置は期待できそうにないな――と。


 街が見えてから更に進むと街の前を流れる河と街の外壁の門へと続く長さ五十メートルほどの橋が見えてきた。

 橋は丸太を組んで作られた木製でその前に立ち番をしている兵士が二人見えた。どちらも全身毛むくじゃらの獣人で、昂雅たち四人に気が付くと親し気に手を振ってきた。


「代行殿から話は聞いている。ようこそ遠方からの客人。ステルカルナの民は其方を歓迎する」


 そう言ってにこやかに微笑んで見せる。態度や言葉は友好的だったが見張り二人の目は全く笑ってはいなかった。

 この視線自体は当然の反応だと気にならなかった。昂雅が気になったのは自分たちが通り過ぎた後、二人が始めたヒソヒソ話の内容だった。


 木製の橋を渡り街へと続く門に脚を踏み入れる。外壁を通り抜ける門の中は八メートルほどのトンネルとなっていた。


「何かあったのかな……?」

「見張りの人たち皆怖い雰囲気でしたね……」


 門に入り見張りとの距離が開くとシシルとカティナがつぶやいた。彼らも昂雅に向けられた不信感を感じ取っていたらしい。


「まあ、見慣れない奴が来ればああもなるだろうさ。しかし、アテイナ様って人は随分と信頼されているんだな」


 昂雅に対して不信感を向けてくる者たちにもしっかりと釘を刺し、従わせることができるのは大したものだと昂雅は素直に感心した。


「アテイナ様は領主様であると同時にガーデンのマスターでもありますから。退く前はあの方に剣の教えを受けるようと王国中から人がやって来たとか」

「単純に腕っぷしも強いわけだ。加えて光の剣の魔法か。斬り捨て御免もやり放題だろうし、そりゃ無礼は働けんわな」

「きりすて……?」

「いや、何でもない。ガーデンってのはリルハたちが所属している組織だよな?」


「教会所属の自警団で街の守備隊とは別の組織ですね。昔は貴族しか入ることができなかったそうですが、状況が変わったため今は街の者も所属し訓練を受けることが許されています」

「じゃあリルハたちも?」

「まだまだ見習い同然ですが」

「教会――イセクァノトゥ様のお膝元だったか」


 つまりあの老婦人は地元の権力者にして、自警団の幹部でもあるわけだ。街の者たちへの影響力もハンパではないだろう。


「あと一つ気になったことがあるんだが――『呪い』ってのは何だ?」

「え? そんなこと言いましたっけ?」」

「言ったのはさっきの見張りたちだ。俺たちが通り過ぎた後で話していた。俺が呪われているとかいないとか」

「ぜ、全然気が付きませんでした……」

「俺は凄く耳が良いんだ」


 ナノマシンのおかげで。


「それについては街を少し歩けばすぐに分かってもらえると思います」


 少し間を置いて返ってきた答えがこれであった。

 リルハは顔を伏せ、泳がせた視線をカティアとシシルへ向ける。子ども二人も何も口を開こうとしない。いかにも言い出しにくいといった感じだ。

 存外、呪いについて口にすると自分にもそれが降りかかるといった迷信――この世界では迷信で済まないのかもしれない――があり説明できないのかもしれない。 

 彼らの反応で何となく呪いの内容に見当がついた。

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