第16話
ハイキングコースを下りきると今度は広々とした野原を歩くピクニックが始まった。
花と野草で彩られた自然のカーペットは丘の斜面からその先に広がる大地も覆い、そのカーペットを裁断するように白茶けた道が蛇行しながら伸びていっている。
道は当然アスファルトやコンクリートで舗装などされていない土の道だ。
長い歳月をかけて、人が行き、馬が走り、荷車が進むことで緑のカーペットを削り取り、生み出された自然の道。靴と蹄と車輪による獣道だ。
道の脇に点在している樹木が風に吹かれて涼しげに枝葉を鳴らす。
小屋から丘の麓まで約二十分。ここから更に町まで歩いていくわけか。
「街まではどのくらい掛かるんだ?」
「四十分ほどでしょうか」
「合わせて片道一時間か……。通学……いや、通勤路にしては長すぎじゃないか? ラウナのように馬は使わないのか?」
そう聞くとリルハは馬を持っていない。カティアは背が低いので一人では騎乗できないという答えが返ってきた。
「歩くことは嫌いではありません」
カティアは微笑むと鼻歌を歌いだした。
ゆっくり、のんびりしたスローペースな歌だ。シシルも彼女に合わせて歌い始めた。
子ども二人の歌は耳に心地よく、こんな状況でなければ昂雅も行楽気分で一緒に歌っていたことだろう。
まずは情報収集が大事だと認識はしていても先への不安が払拭できるわけではない。
行動の指針が無いため、誘われるままに街へと向かっているがこれが現状の打開に繋がるか分からないのだ。
「あの昂雅様、休憩にしましょうか?」
リルハが心配そうに顔を覗き込んできた。どうやら不安が微かに顔に出たようで、それを疲れたのだと勘違いしたようだ。
「いや、疲れたわけじゃない。通勤路を毎日往復しているのかと驚いただけだ」
「毎日ではありませんよ。街周辺の見回りを任されたりすることもありますし――あ、大丈夫、忘れたりしませんから。昂雅様と似た服装の人を見かけることがあれば、必ず街まで連れて帰ってみせましょう。任せてくださいな!」
「ああ、頼りにしている――」
リルハとのやり取りで昂雅はあることに気が付いた。「人」が転移しているなら「物」も転移しているのでは?
「リルハ、俺が現れた森の中で他に何か変わった物は見なかったか?」
「変わった物……といいますと?」
「そうだな……」
昂雅が転移を期待した物は時空城内へ持ち込んだ三種の武装品。
戦闘用バイク、エナジーブレード、偵察支援用鳥型ロボット『ピークス』である。
戦闘用バイクは搭載していた武器を使い切った後、時空城の広い通路に乗り捨てたので破壊されているかもしれない。
愛剣であるエナジーブレードは時空帝ウラナガンの身体に突き立ててそのまま。
最後のピークスは昂雅とともに決戦の場である玉座の間に突入し、戦闘の様子をオーダー本部へ中継していたのだが昂雅がこちらに強制転移させられたので生き別れ状態となってしまった。
つまり昂雅は全ての武器を失ってしまっている状態だった。この先のことを考えれば可能な限り回収しておきたいところだ。
この三つの中でこちらに来ている可能性が高いのは決戦の場にいた鳥型ロボットだろうか。
「鳥だ。大きさは鳩くらいで、日中なら光を反射して銀色に輝く」
「ん~、見かけてはいないですね」
「光る物が飛んでいたなら嫌でも気が付くでしょうし……」
「その鳥って、昂雅様の使い魔ですか? 名前は何というのでしょう?」
昂雅の話に皆が食いついてきた。
「ピークスだ。使い魔なんて格好の良いもんじゃないが……相棒みたいな存在になるのかな」
「話したりはできるのでしょうか?」
「それはできる」
合成音声のような声で、老成したような話し方をする。
ウラナガンが昂雅をナノマシンで改造した際そのサポート役として作られ、オーダーにより昂雅の洗脳が解除されても当たり前のように付き従ってきたロボットである。
寝返ったその日から日本語を使いこなしていたらしく、昂雅のナノマシンと何かしらの形でリンクしており、ナノマシンが得た情報がピークスにも伝わるのだというのがシュメイル博士の実験により判明している。
そして、このリンクできる距離は五百メートルとかなり狭い。
「凄いや!」
会話可能な鳥型ロボットという話にシシルが眼を輝かせた。
「見かけたなら名前を呼ぶといい。あいつは頭が良いし機転も利く。それだけで俺がここにいると理解するはずだ」
「賢者ならぬ賢鳥というわけですか」
「賢鳥ピークス。お会いしてみたいものです」
ロボットというものを理解してはいないのだろうが、喋る鳥というのはお伽話のような存在なのだろう。
昂雅にとっては当たり前の存在となっていたが、思い返してみればオーダーに保護された子供たちにもピークスは人気があった。シシルやカティアが目を輝かせて食いつくのは当然の反応なのかもしれない。
残り二つの武器、エナジーブレードと戦闘用バイクの説明がやっかいだった。
エナジーブレードはいわゆる光の剣なので刃を出していなければ、長さ二十センチほどの銀色の円筒でしかなく、後者にいたってはまずバイクという乗り物について説明しなければならないだろう。
「画像あったかなぁ」
昂雅はポケットから通信端末を取り出し、端末のケース右端のLEDが赤く点灯していることに気が付いた。充電せよとの合図だ。
時空城へ突入する前から電源を入れっぱなしにしていたので、こうなるのは当然だろう。
昂雅は真っ黒な画面を見ながら溜め息を吐いた。
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