第15話
馬上の老婦人が石段の先に消えると、ラウナが見回りに向かうべく身支度を開始した。
小屋の裏から愛馬と思しき栗毛を一頭門前まで引き連れて来ると、鞍に吊るしておいた装備品をテキパキと身に着けていく。
顔とスタイルが良いからだろうか、ボウガンを背負い、腰に剣を携えた姿が何とも様になっている。
「森と街道を周るので、戻るのは夜になるでしょうね。紫電殿、次は屋敷で会いましょう」
ラウナは愛馬に跨るとそう言い残して石段を下って行った。森の中で他の仲間と合流するのだとリルハが教えてくれた。
そのラウナとすれ違うように小屋にやって来た交代の見回りメンバーと引き継ぎを行い、昂雅を街へ案内するべくリルハ、シシル、カティアの四人が出立したのはアテイナが行ってから三十分ほど後のことだった。
交代のメンバーは年配の熊男が一人、リルハと同年代の少女二人の三人組で、昂雅のことはすでに耳にしていたようだが、やはり物珍しいのか引き継ぎの最中好奇の視線を何度も昂雅に向けてきた。
小屋から麓まで続く石段は思ったよりも急だった。
太陽は彼方に見える山向うに隠れようとしていたが空はまだまだ青かった。
やはり陽の沈むあちらが西になるのだろうか? そんなことをボンヤリと考えた。
森に住む野鳥の声を聴きながら空を見ればここが異世界だとは思えず、遠足で歩いたハイキングコースのように思えてくる。
遠足と違うのは空気だった。
湿気が少ないのか、不純物が少ないのかは分からなかったが、息をして空気を上手いと感じたのは昂雅にとって初めてのことだった。
異世界――王国『ハイム』とリルハたちは教えてくれた。
いま居るここはその南に位置するステルカルナ地方だそうだ。
「俺はどのくらい気を失っていたんだ?」
「え~っと、五時間ほどですね」
前をいく三人に問いかけるとリルハが太陽の位置を確認しながら教えてくれた。
「長いこと気絶していたんだな」
気を失っていた時間だと考えたらかなり長い。が、見方を変えると敵本拠地でウラナガンの体にエナジーブレードを突き立ててからまだ五時間ほどしか経過していないことになる。
自分がここに強制転移させられた後、ヴァルカンズハンマー作戦はどうなったのだろう?
昂雅は深く息を吸い、焦りそうになる気持ちを落ち着かせた。
「俺が気絶している間、何を話していたんだ?」
「オドとの闘いの一部始終をアテイナ様に報告していました」シシルが目を輝かせた。「何と言ってもあの鎧の魔法! オドが素手で弾き飛ばされた所を見たのは初めてです!」
「そういえば、言い合いしていた割に誰も魔法を見せろとは言わなかったな」
小屋での光景を思い出した。百聞は一見にしかずの諺どおり、昂雅にそれを命じればあんな議論は不要になったはずだ。
素朴な疑問にリルハが答えた。
「魔法とは何年も訓練をこなし、その上で父神の声を聴くことができた者にだけ与えられる、その者だけの力ですから。イセクァノトゥからの祝福を興味本位で見せろなどと言う者はこの王国には一人もいませんよ」
「その者だけ――つまり、一人一種類ということか。皆も魔法を使えるのか?」
何気ない昂雅の問いに三人が黙りこんだ。答えを察して昂雅は地雷を踏み抜いたようないたたまれない気持ちになった。
「ラウナも……あの娘もそうなのか?」
「姉さまもまだ御声が聞こえないようです」
彼女も使えないのか――カティナの答えは昂雅にとって意外だった。
長く青い髪、筋肉の目立たない細い首筋と肩、整った顔は見る者に知性を感じさせる。
魔力の高そうなルックスをしているんだがなぁ……。昂雅は残念に思った。何が残念なのかは自分でもよく分からない。
「あれ? それじゃ、さっきのヤツは何だったんだ? リルハがやった奴だ。オドとかいう獣を結晶に変えたあれは?」
「あれは魔法ではありません『浄化の儀法』です。道具を揃えて正しい手順を踏めば誰でも行えることなんです」
「誰でも? 俺でも?」
「少しとちるだけでも失敗してしまうので、訓練は必要になるとは思いますが――昂雅殿なら三日もあれば会得できるのではないでしょうか。私も儀法を行ったのはあれが二回目、四か月ぶりだったので緊張しましたよ」
昂雅からすればリルハの行った浄化の儀法とやらも魔法にしか見えないのだが、この世界の常識では異なる物らしい。
それでは魔法がどういったものなのか? にわかに興味が湧いてきたが、聞いた話からすると見る機会は当分無さそうだ。
「でもお婆様は魔法を使うことができるとか。光の剣の魔法だと聞いています」
「見たことが無い?」
カティアは頷いた。「姉様が幼い頃に一度だけ見たことがあると。馬車の行く手を塞いでいた倒木を一振りで両断したとか」
切断した樹は供の男たち六人がかりで道の脇に除けたというから中々の大木だったようだ。そしてこれ以降アテイナは魔法を使っていないらしい。
光の剣の魔法――エナジーブレードのような感じなのだろうか?
何となくあの厳しい顔をした老婦人に似合っていると昂雅は思った。
しかし、だ。
魔法は一人に一つだけでどういった魔法を授かるか当人の意思は関係ないらしい。
ということはハズレを引くことも考えられる。
「アテイナ様はどのくらい偉い人なんだ?」
「この地を治めるステルカルナ家の当主様です」
「正しくは当主代行ですが……」
何となくそんな気がしていたので昂雅に驚きは無かった。
領主という役職が普段どういった仕事をしているのかは知らなかったが、戦が始まったとしても前線で戦うことは無いだろう。
昂雅の「領主」のイメージは相撲の行司が持っている良く分からない団扇のような物を手に陣幕内で命令するという時代劇のそれであった。
光の剣は明らかに攻撃魔法のようだし、そのような立場なら戦でも使う機会は無いだろう。孫であるカティアですら見たことが無いというのは使わないのではなく、使う機会がないからだ。
この魔法はあの老婦人にとって当たりだったのだろうか?
神様の思し召しと言うべき事象なのだろうが、昂雅には質の悪いガチャのようにしか思えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます