第14話
親鳥の後を追いかける小鳥のように皆も並んで外へ出た。
小屋の外は雑草の生え散らかった地面がむき出しの広場で、正面に丸太を組んで作った小さな門が見えた。
小屋は小高い丘の上に建っており、斜面には麓まで続く古びた石段があつらえられている。裏手には木々の茂る青々とした森があり、それは丘から見渡せる数キロ先にまで広がっていた。
昂雅がやって来た森だろう。
「ほう、気が付かれたようで何より」
丸太の椅子に腰を下ろしていた熊族の男が目を細めて昂雅に笑いかけてきた。 先ほど窓から顔を覗かせた男で、見た目通りの野太い声であった。
シシルよりも体毛の色が濃く、昂雅よりも頭半分背が高く肩幅も広い。
繕いだらけのズボンと革の靴を履いていなければただの熊にしか見えなかっただろう。外見から年齢は分かり難かったが、五十歳前後なのは間違いなさそうだ。
アテイナの屋敷の使用人で、気絶していた昂雅をここまで運んでくれたガントンさんだとシシルが教えてくれた。
昂雅が礼を言おうとしたら、ガントンはアテイナと話し始めた。
アテイナは彼へ先に屋敷に戻り昂雅の部屋を用意するように命じていたようだ。
「あの方を屋敷に招かれると?」ガントンは昂雅を見ながら深く頷いた。「お招きになることに異論はありません。彼が只者で無いことは一目瞭然です。屋敷の者たちも驚くことでしょう」
「昂雅殿を招く理由は他にもあります。言動や立ち振る舞いから見るに、しっかりした教育を受けているのは間違いありません。そして彼が身に着けた変わった見た目ですが鎧の類です」
「戦場に出てるのは貴族の務め。なるほど、故郷では地位のある家柄の御方――そのような方を粗雑に扱ってはこの地を預かるステルカルナ家の恥となりますな。あい、分かりました。屋敷の者たちにも無礼の無いよう厳命しておきましょう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
聞こえてくる二人の話に昂雅は思わず口を挟んだ。まさか自分が貴族だと思われていたとは……。
「兵士というのは間違いじゃないが、俺は貴族でも何でもないんだ」
「ふむ? しかし戦場にいたのならそれなりの家柄の出というのは間違いないでしょう?」
「いや……」
この世界の文化がまだ分からないため、どういう理屈の流れでそうなるのかが昂雅には理解が追い付かなかった。
とりあえずここでは兵士=貴族階級ということらしい。
七千億のナノマシンもこういうことでは役に立ってはくれず、結局アテイナたちの誤解を上手く正せぬまま話は終わりとなった。
小屋の裏手からガントンが水牛のような背に椅子を乗せた大きな動物を引っ張って来た。
その動物の背に座り、馬上ならぬ牛上の人となったアテイナが思い出したように効いてきた。
「そういえば……昂雅殿以外に事故に巻き込まれた方はいないのでしょうか?」
「事故? いえ、俺以外には……いや――」
事故――すなわち昂雅をこの世界に追いやった強制転移のことだ。
戦いの場に反抗組織『オーダー』の兵士は昂雅だけだった。しかしこの転移がどの程度の規模で起こされたのかまでは全く分かっていない。
ヴァルカンズハンマー作戦に参加し、時空城に突入した兵の中に巻き込まれた者が
いるかもしれない。突入したメンバーの数は三百を超えていたのだから。
「確かにご指摘の通り、俺以外にも巻き込まれた者がいる可能性はあります」
「昂雅殿のように言葉は通じるのでしょうか?」
「それは無理かと。でも俺の名前を伝えて貰えれば無用な争いは避けられるはずです。何んだかんだで俺の存在は有名でしたから」
「承知しました。貴方と似た格好の者を見かけたら、その名を伝え街に案内するよう皆に通達しておきます。昂雅殿はもう少し休まれた方が良いでしょう。まだ目が覚めたばかりなのですから。ドゥーム・ダ・ドューグ――故郷に戻る方法が見つかるよう私も祈らせてもらいますよ」
ガントンに手綱を引かれてアテイナを乗せた水牛がゆっくりと丸太で組んだ門をくぐり抜けて坂道を降りていく。
牧歌的に山道を降りていく老婦人の背中に昂雅は深々と頭を下げた。
自分のことを貴族階級だと勘違いしているにしても、この申し出は有り難かったし、気遣いが純粋に嬉しかった。
後々、何かしらの何か取引を持ち掛けてくるのかもしれないが、昂雅は快く引き受けるつもりだった。
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