色眼鏡
ザンビエルの勇者と名乗る男、アルフォンスは快活な表情で四人に話しかける。
「いやぁ、参ったよ。この先に美味しい食堂があるって聞いてたんだけどね。でも、ココは狭くて入り組んでて迷っちゃったんだ」
「そりゃそうだろ。ムングの裏路地なんて、一見さんお断りの複雑な場所なんだからな」
「え?そうなんだ。だからといって、無辜の僕を襲うなんて、ひどいじゃないか。ねぇ?」
アルフォンスは笑顔溢れた表情を見せる。碧眼の目は涼やかな落ち着きを感じさせ、その口元からは真珠の如く白い歯が覗く。風になびく金髪はまるで絹糸と見紛う軽やかさを見せる。
その美貌は男女や年齢の別なく見るものを魅了する力が備わっていた。先程からオリアンヌは当然として、リフィアそれにあのシルバでさえアルフォンスの美しさに息を呑むほどであった。ただ一人、シャナンを除いて……
およそ人を見た目で毛嫌いする性格ではない。だが、シャナンはどうしてもこのザンビエルの勇者が気に食わなかった。
胃のムカつきを覚え、見るだけで不快になる。何故なのだろうか、シャナンは自分でも説明できない感情に戸惑いを覚える。
つい、感情に任せてぶっきらぼうにシャナンは言葉を浴びせ掛ける。
「あら?さっき逃げていった人たちはあなたが喧嘩を吹っ掛けた、って言ってたわよ」
「そうかい?彼らは嘘を言ってるんじゃないかな?」
ムカつく。本当にムカつく。
確かに逃げて行ったゴロツキの言葉は嘘で虚飾された言であったかもしれない。だが、必死で逃げる人間が、わざわざ見も知らない他人に嘘のセリフをこれ見よがしに言うものか?
それ以前に、この男が他人に傍若な喧嘩を吹っ掛けても平気な顔をしている点もムカつきを覚える一要素だ。まるで、手慣れた作業の如く暴力で解決する行為がシャナンには許せなかった。
リフィアやシルバも目的のために暴力を振るうこともある。だが、目の前の男は無目的に暴力を振るうに違いない。死ぬほど痛めつけた相手への弁解の理由も"なんとなく"といったふざけた理由だろう。
根拠は無いが、シャナンにはザンビエルの勇者を完全に色眼鏡で見ていた。感情任せでシャナンはザンビエルの勇者へ更に反論する。
「どうかしら?逃げた人たちに嘘を言う余裕なんかあるかしら。あなた、本当は人を斬りたかったから斬ったんじゃないの?」
「お、おい。シャナン……どうしちまったんだよ?」
「シャナン様……なにかあったのですか?」
リフィアとオリアンヌは不安そうにシャナンを見る。あからさまに普段とは異なるシャナンに困惑の色を隠せなかった。
「別に!何でもないわ!」
シャナンがプイと横を向く。ザンビエルの勇者"アルフォンス"は呆れた声音で返事をする。
「やれやれ。嫌われちゃったね」
「も、申し訳ありません!勇者様!」
「いや、気にしてないよ。まぁ、小さな女の子に怒っても仕方がないしね。じゃあ、僕はこれで。またね」
アルフォンスは清々しい笑顔を見せて去って行った。シャナンはどうにも解せない感情の発露に内心混乱しつつ、アルフォンスの背中を見送っていた。
アルフォンスの姿が見えなくなった後、オリアンヌがシャナンを不安そうに見つめ、言葉を発する。
「シャナン様。一体どうなされたのですか?ザンビエルの勇者様に、あの様な態度を取っては困ります」
「それは……ごめんなさい。でも、あの人がザンビエルの勇者とは限らないんじゃないの?」
「シャナン様…彼の胸に付けていた
徽章と言われてもシャナンは知らない。だが、オリアンヌは徽章の意味を然も当然とした口ぶりで言葉を発する。シャナンは“そんな事を言われても……”と言ったやるせない感情に襲われる。
「明後日の調印式に差し障りがないと良いのですが……」
「ごめんなさい、オリアンヌ……」
オリアンヌが浮かない顔をする。その表情を見てシャナンは大きく反省する。
どうしてあんな態度を取ってしまったのだろうか。あのアルフォンスと名乗る男はシャナンにとって生理的に受け付けなかった。言葉にできない感情を言葉にしようとすればする程、口から声が出なかった。駄々を捏ねた自分の行いを恥じ、今更ながら強い後悔を覚える。
それ以上に、オリアンヌの悲しみと不安が綯交ぜになった表情を見て、迷惑を掛けてしまったことを悔やんでいた。一時の感情に任せた行為が結果として周りに迷惑を掛けてしまう。やり切れなさに、シャナンの瞳がうっすらと潤み始める。
その時、沈黙を守っていたシルバが口を開く。
「オリアンヌ。そう言うな」
「シルバ、ですが……」
オリアンヌはシルバの言葉に反論しようとする。しかし、シルバが手で制する。
「俺にもシャナンの感覚は分かる。あのザンビエルの勇者"アルフォンス"……得体の知れない魅力があるが、その内心はとんだ食わせ者かも知れんぞ」
「シルバ!他国とは言え勇者様を……」
「まあ、聞け。そもそも、最初に感じた
「恐怖?」
オリアンヌがキョトンとした表情を浮かべる。オリアンヌの顔を見て、シルバが呆れた声で返す。
「もう忘れたか?アルフォンスが姿を表す前に感じた圧倒的な恐怖を!」
「え、ええ。覚えています。しかし、あれは勇者様がゴロツキに対して放っていた殺気の余波なのではありませんか?」
「余波なものか。あの感覚は特定の者に向けてでは無い。アルフォンスの奴は誰彼構わずに必殺の殺気を放っていた」
「そ、それは物影に潜む相手を警戒していたのでは?」
「だと良いがな。あの勇者、もしシャナンがいなければ俺たちも殺す気だったかも知れんぞ」
「そんな!?考え過ぎでは……」
オリアンヌが否定しようとする。しかし、今度はリフィアが口を挟み、オリアンヌの考えを否定する。
「シルバが言う通り、今にして思えば、あの男が発した殺意の恐怖は憎悪や敵意じゃない。凶悪な魔物が放つ無邪気な殺意と同じだよ」
「無邪気な殺意?それは一体なんなの、リフィア」
リフィアは疲れた顔を浮かべて言葉を返す。声は力なく疲労が滲んでいる。アルフォンスと出会ってたったの数分にも関わらずに。
「オリアンヌ……お前は本当の殺意を知らないんだよ。魔物が人間を殺すのに、何か理由がいるか?いるはずがない。奴らは人間を糧に生きる。だからこそ、無邪気な殺意を俺たちに向けるんだ」
リフィアが少し嘆息して言葉を続ける。
「嫌なものだぜ。死ぬのに理由がないってのは。俺は悪党だ。殺されても仕方ないことを散々やったさ。でもな、死ぬには何か理由が欲しいんだ。それが、恨みだろうとなんだろうと。自分が何かしらの理由があった上で死にてぇんだ」
「歪んだ感情だな、リフィア。だが、あの男への意見なら俺も同じだ」
シルバがリフィアの言葉に続いて話し始める。
「俺はあの男の殺気に気圧されてしまった。だから、アルフォンスが笑顔を見せた時、少なからず安心してしまった。“ああ、あの男に無駄に殺されなくて済む”とな。クッ……その後で見せるアイツの表情が更に俺を魅了しやがった。今となっては屈辱だな、これは…」
「俺もそう思ったぜ。アイツの笑みを見て、俺も“これからも生きていける”と思ったよ。それ以上に、アイツの顔が俺の心を掴みやがった。あれは危険だ。今にして思えば、何かのスキルだったかもしれないな」
シルバとリフィアの態度にオリアンヌが少し狼狽する。オリアンヌはアルフォンスの態度に違和感は感じていなかった。むしろ、アルフォンスの眉目秀麗な姿と慇懃な態度に惚れ惚れしていたのであった。
だが、シルバとリフィアは異なる。アルフォンスに魅了されながら、心底では不快感を抱いていた。
シャナンは思う。もしかすると、自分と同じ様にアルフォンスは相手に恐怖を与えるスキルがあるのかもしれない。また、対峙した相手に魅了、特に女性に対しての魅了効果が高いスキルを持っている可能性もある。
シルバとリフィアそれにオリアンヌがまだ何か話している。三人の会話が耳に入るが、理解には及ばない。何故なら、シャナンにはそれよりも非常に気に掛かることがあった。
アルフォンスが勇者ならば、彼も勇者だけが持つエクストラスキルを持っているだろう。それも、かなり強烈なスキルを……
彼、
オリアンヌには迷惑を掛けたくない。アスランが悲しむ顔も見たくない。自分の中で芽生えたアルフォンスに対する敵愾心にシャナンは戸惑い、タリスマンを強く握りしめた。
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