鏖殺

「あ……か…ら…だ…が…」


 息も絶え絶えになり、シャナンは地面に這いつくばる。


 超越魔法“闘気オーラ”を使い過ぎたのだろう。体力の消耗が激しい魔法を酷使したため、もはや体力は残っていない。


「お、お菓子を……」


 腰袋に手を伸ばし、豆菓子を探る。しかし、袋の中には豆菓子が一粒だけしか残っていなかった。シャナンはそれでも何も無いよりはマシだと口に運ぶ。


 だが、豆菓子一粒が何の意味があろう。僅かな回復を感じるが、状況は変わらない。


「私が……行かなきゃ……ンゲマや……アチャンポンが……」


 必死に立ち上がろうとするが、直ぐに尻餅を突く。仰向けになり空を見上げて涙が零れ落ちる。


 せっかく頑張ったのに……自分が不甲斐ないから……


 ボロボロと零れ落ちる涙が視界を濁らせる。諦めたくない…諦めざるを得ない……どちらが自分の感情だろう……


 考えるまでも無い。諦める訳にはいかない。


 シャナンは這いつくばり、地面の脇を見る。そこには自分が衝撃で破壊した建物からこぼれ落ちたのか、若干腐りかかったリンゴが落ちている。シャナンは咄嗟にリンゴを口に入れる。汚らしく、嫌な匂いがする。しかし、体力の回復のためには我慢しなくては行けない。


 何であろうと口にできる物は口にして、自らの血肉に変えなくては……シャナンは自身のなすべき行為を理解し、必死に体力回復に努めた。


「ッ……ゲハ……ぉえ……で、でも…少しは歩ける……」


 行かなくては…この先にンゲマやアチャンポンのためにも……


 だが、運命は無情である。ふらつくシャナンは突如右腕に熱い何かを感じた。


「………え?」


 ふと右手を見ると。変わりに鮮血がほとばしる……


「え?……え?……え??」


 意味が分からない。何で自分の右手が無いのか。右手はどこに行ったのか。混乱するシャナンの前に、先程の戦いで屋根から落ちていったブージュルク家の暗殺者が立ち塞がっていた。


「あ…あ……」


 恐怖と絶望を感じる。暗殺者は少しばかり荒い息をしている。屋根から落ちた怪我が回復していないのだろう。痛みに耐えているのか目を細めてシャナンを見つめている。


 シャナンは最早なす術が無かった。体力は底をつき、魔法を使える状態でも無い。疲労から戦意はもう残っておらず、スキル“威圧”を使おうにも発動する条件を満たさなかった。


 シャナンはこのまま殺される時を待つばかりなのだろうか。


「い……いや……こんな…ところで……誰も…守れずに……」


 涙と鼻水が入り混じる。ヨタヨタと暗殺者に背を向けてシャナンは逃げ出す。だが、その背後に暗殺者の白刃が襲い掛かる。


「ングッ!」


 背中に熱い鉄を押し込まれた感覚を覚える。シャナンはドゥと倒れ込み、パクパクと口を開く。


 シャナンの息も絶え絶えな姿を見て、ブージュルク家の暗殺者は勝ち誇ったかの様な笑みを浮かべる。


 薄れゆく意識の中、シャナンは絶望の淵に追いやられ、自身の死を覚悟した……


 だが、スキル猟奇は止まらない。


 ─

 ──

 ───


 ムクリ……


 突如として起き上がった少女に暗殺者は目を見開く。今にも死に行かんとする少女の姿にしては、明かに元気があり過ぎる。


 少女は暗殺者に背を向け、何やらブツブツと呟く。そして、呟きが終了すると同時に暗殺者に向き直った。


「あらあら。あなた、酷いことするのねぇ〜。だめよ。女の子には優しくしないと」


 先ほどまでの口調ではなく、おっとりとした感じで話し掛ける。心無しか雰囲気も変わっている。


 ……いや、変わっているどころでは無い。穏やかな口調とは裏腹に少女から刺す様な殺意が向けられてくる。


 暗殺者の思いなど無視して、少女は殺意そのままで言葉を続ける。


「初めまして。私はヤスミン。“生と死のヤスミン”よ。私の権能はそのものズバリ、“生と死”……私の前では生と死は曖昧な概念なのよ〜」


 物騒な言葉を放つ少女。だが、暗殺者は言葉よりも少女の右手に注目した。


 右手が生えている。そんな馬鹿な……


 なお、魔法の中には身体の欠損を回復する“再生リジェネレーション”と言う魔法がある。だが、この魔法は大量の魔力と体力を消費するため、先ほどまで瀕死であった少女が放てる魔法では無い。


 一体何をしたのか、暗殺者は短剣を突き出し身構える。


「あらあら。物騒ね。でもね。嫌いじゃないわ。生きようと抗う生命を見るのは……とってもものね♪」


 少女の表情が醜く歪む。その表情は愛らしさを含みつつ、無慈悲な笑みとなって現れる。


 暗殺者はその歪んだ笑顔を見て、恐慌状態に陥る。一刻もこの場から離れたい衝動に駆られ、無造作に短剣を投げつける。


 ドスリ……


 少女の胸に深々と短剣が刺さる。だが、少女は笑みを崩さない。その光景が暗殺者の恐慌に拍車を掛ける。


「あら〜無粋な方ね。そんな無粋な方には……私のとっておきを見せてあげるわ……」


 少女が短剣を抜き、地面に落とす。短剣が突き刺さった少女の胸にはが無い。いや……一瞬ながら、暗殺者の視界に傷は見えた。だが、短剣の抜き取りと同時に塞がっていったのだった。


 異様な相手だ。暗殺者は、これ以上この場にいることは得策ではないと考え、一足飛びに逃げ出していく。


 だが、それよりも早く少女の魔法が発動する。


「世界の理に代わり、勇者が命じます。彼の者の命を、我が木偶でく人形に〜……超越魔法”死すべき運命(ブレインデッド)“!」


 暗殺者が悲鳴を上げる。自らの体に疱瘡ほうそうが泡立ち、肉体が崩れ落ちる。何が起きたのか分からない。肉が腐り、骨が見える自分の姿に強い恐怖と痛み感じる。

 しかし、痛みはいつしか快楽となり、恐怖は新しい使命感にとって変わられ、暗殺者を包み込んでいく。


 その使命とは……


 ──“勇者に仇為す者を探し出して殺せ” ──


 いや…それだけでは勿体無い。この先に待つ目的のためにも、より多くの命が必要だ。


 ヤスミンは使命を書き換える。


 ──”生きとし生ける者を鏖殺おうさつせよ“ ──


 暗殺者の体がグジュグジュと崩れ落ちる。その崩壊した体から、液状の化物がゆっくりと立ち上がってきた。


「うーん。出来は40点……かしら。でも、この程度の相手なら、仕方がないわねぇ」


 化物がゆっくりと少女の前に立ち、跪く。そのまま汚らしい口を少女の靴に合わせる。


 少女は少々不快な顔をして、化物の顔を蹴り飛ばす。


「汚らしいクズのくせに……私の靴に口づけなんて百年早いわ〜。それよりも、街で扇動している連中を殺して仲間にしてねぇ♪そして、扇動する人に限らず、生きている者は全員殺して仲間にしていいわよ♪」


 化物は少女の命令に敬礼を持って応える。そして、背を向けて街に向けて駆け出した。


 ……程なくして、先ほどシャナンたちを襲った浮浪者たちの悲鳴が聞こえる。死を奏でる生者の叫びを聞き、少女に乗り移ったヤスミンは愉悦を浮かべる。


「うーん。いつ聞いても断末魔の叫びはいいものよね〜……さて。シャナンの大事な二人を助けるためにも、データが必要なの。たくさん殺して頂戴ね?」


 ─

 ──

 ───

 ……ン……シャナ……

 ……シャナン……


 ……シャナン!…起きろ…おい、起きろ!大変なことになった!


 シャナンは微睡まどろみから目を覚ます。意識を取り戻したシャナンはハッと右手を見る。


 …右手が……ある!?……先ほど切り取られた右手がいつの間にか存在している。一体どう言うことか。それに、背中に受けたはずの攻撃も全く痛みを感じない。


 何故なんだろうか?シャナンは首を傾げる。


 それよりも、ここは……あの薄もやが掛かった不思議な場所だ。シャナンは周りを見渡し、先ほどの声は誰のものかと探り始める。


「シャナン!大変よ!ヤスミンが……ヤスミンがあなたの身体を!」


 突如、薄もやからリンが飛び出してきた。それと同時にエリカも出てくる。


「シャナン……ヤベェぞ。ヤスミンの奴、街の住人を全員殺しかねない。アイツ…… 死すべき運命ブレインデッドを使いやがった!」

「…… 死すべき運命ブレインデッド?」


 シャナンは事態が分からず、おうむ返しに言葉を返す。エリカはシャナンの呑気な返答に若干苛立ちながら返答する。


「ッ……あのな、シャナン。ヤスミンが危険なのは歯止めの利かなさとアイツの使う超越魔法の相性が良過ぎるからだ。…… 死すべき運命ブレインデッドってのは、人を化物に変えるとんでもない魔法だ」

「人を……化物に!?」

「ああ。更に凶悪なのは、化物に殺された奴らは全員化物になっちまうんだ。それに、化物はヤスミンの命令に忠実に従う。こともあろうに、ヤスミンの奴、街の人全員を皆殺しにする命令をしやがった。このままじゃ街は崩壊しちまう!何とかして止めないと!」


 エリカの焦りの表情を見て、シャナンは事態の緊急度を把握する。


 その時、遥か遠くから聞こえる様な人々の叫びが聞こえる。


 絶望……恐怖……哀願……混乱……


 様々な感情が綯交ぜとなった声にシャナンの声が掻き毟られる。


「エ、エリカさん!リンさん!どうすれば!?」


 シャナンは二人に意見を求める。だが……


「ダメね。ヤスミンは通信経路を論理遮断しているわ。私からの呼び掛けには応じない」

「畜生!完全に主導権が握られちまってる!私からのスーパバイザコールも全部拒否されてる!」


 リンとエリカから絶望に満ちた返答を返される。


「ど……どうしたら…?」


 その時、リンがシャナンに言葉を投げる。


「シャナン。あなたはこのシステム……いえ、肉体のroot権限を持つ唯一の存在よ。ヤスミンの通信経路の遮断もあなたなら、破れるわ」

「で、でも……どうすれば?」


 シャナンの疑問に対して、リンがビッと指を指す。その先には、そびえ立つ一本の柱があった。


「あれって……この前の?」

「ええ。私たち十二人があなたの身体を借りて権能を示すには、自身の分身である柱を顕現する必要があるの。あの柱はヤスミンの柱よ」


 シャナンが見上げた先にはおどろおどろしい色をした柱が立っている。


「シャナン。今から私たちであの柱に向かうわ。そして、あなたのroot権限を使って、柱を鎮めるの」

「わ、分かったわ!」

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