覚悟の思い
「さあ!勇者ガッキュウイインチョウよ!いざ、尋常に勝負!」
少女の名前はシャナンであり、学級委員長でない。呼び名がこんがらがっているのは、この男、義氏が間違えているからだろう。
名前の呼び間違いに違和感を覚えつつ、シャナンはどうしようかと身構える。シャナンの武器である細身剣は今、手元に無い。アチャンポンやンゲマと会うだけなので、不要と思い、トーマス達に預けていたのであった。こんなことなら、持っていけば良かったと後悔する。
しかし、持っていたとして、相手に剣を突き立てられる気概をシャナンが持っていたかというと、また別の話である。
シャナンは辺りを見渡し、武器になりそうな物を探す。
石……木材……砂……まともな物が無い。
シャナンは義氏の持つ鉄槌を見上げる。とてもじゃ無いが、石や木材、それに砂なんかで対抗できるとは思えない。
シャナンは自身が握りしめた拳をジッと見つめる。
それに、アチャンポンやンゲマは一刻の猶予も許されない状況だ。戦いに勝利したとしても、ルディたちを呼びに行く体力まで消耗しては元も子もない。それに、戦いに時間を掛ければ掛けるほど、二人の命が危うくなる。
仕方なしに、何とか説得出来ないかとシャナンは再度話し合いを試みる。
「おじちゃん、私を信用して!帰ってきたら必ず戦うから!お願い、先に行かせて!」
だが、義氏は無情な返事を返す。
「勇者ガッキュウイインチョウ。これ以上、言葉は無用だ!行きたくば押し通れ!」
シャナンは絶望に打ちひしがれる。もう義氏は話し合いに応じてくれる素振りを見せない。時間が無いのに、したくも無い戦いをする羽目になってしまった。
シャナンの想いを置いてきぼりにして、義氏が巨大な鉄槌をシャナンの頭を目掛けて振り下ろしてきた。風を切り義氏の膂力と重力を乗せた一撃がシャナンに迫る。
しかし、シャナンはヒラリと攻撃を
「やるな!ガッキュウイインチョウ!」
「もうやめて!私は戦いたくないの!」
「問答無用!喰らえ、我が一撃を!」
横なぎに鉄槌がシャナンを狙う。しかし、またしてもヒラリと身を
「ぬ、ぬぅ……おのれ……逃げ足だけは達者だな」
肩で息をし始めた義氏がシャナンを見据えて啖呵を切る。その言葉に対し、手で遮るようにシャナンは反論する。
「おじちゃん、私にはおじちゃんの動きは全て見えるわ。私はおじちゃんを攻撃しないけど、おじちゃんも私に攻撃を当てることは出来ないわ。もう止めて。私を先に行かせて」
この言葉はハッタリでは無い。
シャナンは
「ふふふ……ふははははは!流石は勇者よ!ならば、我が武器の力を解放すべき時よ!」
「え……?力?」
「
またも鉄槌を大きく振り回す。またもや体を躱すが、空気を切り裂く音と風圧がシャナンの肝を冷やす。当たったら、タダでは済まないとシャナンに強い警戒心を抱かせる。
義氏は二度、三度とシャナンに目掛けて鉄槌を振るう。しかし、
四度、五度、六度……七度………
「ん?あれ?」
シャナンは心無しか義氏の攻撃がコンパクトになってきた気がした。今まで見せていた大振りから、
「流石は勇者ガッキュウイインチョウ!もう出し惜しみはせぬ。喰らえ!奥義“旋風鉄槌撃”!」
奥義と言っているが、ただ鉄槌を振り回しているだけだ。何を持って奥義と名付けたのかシャナンは疑問に感じる。
当たるはずもない距離から、鉄槌を大きく振り回しながら、近づいてくる。相変わらず、風切音が凄まじく、当たればタダでは済まない予感を覚えさせる。
しばらくすると、義氏の振り回した鉄槌で砂塵が舞い、少し視界が悪くなりはじめた。
なるほど、この砂塵が奥義なのだな、とシャナンは思った。
しかし、この程度の視界の悪さなど、感覚を研ぎ澄まされたシャナンからすると、気にならない程度である。
鉄槌の風切音、風圧、義氏の荒い息遣い……視界が悪かろうが、超越魔法“
砂塵に紛れて、義氏の鉄槌がシャナンに襲いかかる。シャナンは、髪の毛一本の間合いで攻撃を躱す。何度目かの鉄槌をシャナンは避けた時、突如として腹部に鈍い衝撃が走った。
「ングッ!」
声にならない違和感が走る。素早く目を落とすと脇腹に鉄槌がめり込んでいた。
何ということか。義氏が鉄槌を素早く切り返して、体を逸らしたシャナンの隙に命中させたのだった。
「よし!もらったぁ!」
義氏が雄叫びを上げ、そのまま鉄槌を振り抜こうとする。鈍い痛みが脇腹に響く刹那、何故攻撃が当たったのかシャナンの思考が素早く回転した。
勢い良く振り抜いた鉄槌を切り返してシャナンに命中するには勢いを相殺するだけの力がいる。今までの義氏の攻撃を見ていると、力任せに振り抜いた攻撃は大きく空を切っていた。
しかし、今の攻撃は空を切るどころか、重さを感じさせないくらい素早く切り返して、攻撃を命中させている。物理的に考えられないとシャナンは考える。
腹部にメリメリと鉄槌がめり込み、鈍い痛みが頭を貫く。咄嗟に鉄槌から離れようとするが、体が追いつかない。如何に思考が高速化したとしても、物理的に鉄槌を躱す体勢は取れなかった。脳内の伝達物質が体に行き渡り、ただ痛みと鉄槌の動きを目で追うしかなかった。
「ギャン!」
悲鳴に近い声をあげ、勢い良くシャナンは吹き飛んでいく。シャナンの体は勢い良く回転し、地面を転がりながら飛んで行った。
自分の視界に地面と空が交互に入れ替わりって入ってくる。体を幾度も地面に打ち据えられて、ジェットコースターに乗った様な感覚に襲われる。
自分の体に起きている事態を理解できないまま、シャナンの体は民家に激突した。そのまま壁を壊し、内部の調度品を破壊する。だが、勢いは止まらない。数軒の家を破壊した後、シャナンの体はようやく止まってくれた。
「う…ぅ…ぅうう……痛い……痛いよ……」
シャナンは突如襲われた衝撃に思わず涙が溢れる。
実際には、体が痛い訳でも無い。先程受けた攻撃は既に
だが、勢い良く吹き飛ばされたシャナンは精神的なショックを受けていた。無理からぬことである。ジェットコースターばりの衝撃を受けて、視界と感覚が相互に
……もう嫌だ。戦いたく無い。なんでこちらが譲歩しているのに、相手は戦いたがるのか……
ズシリ、ズシリと義氏が近づいてくる。手にはあの鉄槌を持っている。シャナンの心が悲鳴を上げる。またあの武器で攻撃されるのは嫌だ…。……あの鉄槌が無ければ……
しかし……
震える膝を奮い立たせ、シャナンは立ち上がる。
「私が……」
シャナンは瞳から流れる涙を拭う。
「私が頑張らなくちゃ…… アチャンポンやンゲマが……」
戦いたくは無いが、このまま泣いていても何も解決しない。
「諦めないわ!」
アチャンポンやンゲマを助けるためにも、自分が頑張らなくては、と心に喝を入れる。
もう逃げてばかりはいられない。なんとかして目の前の大男に対処しなくてはいけない。
シャナンは覚悟を決めて強く立ち上がった。
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