漏洩

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 カロイの街からおよそ50キロの距離に彼らはいた。

 騎馬と歩兵の集団が混在する、千人もの集団であった。



「閣下、カロイの街まで、思いの外に行軍が遅れている様ですぞ。このままでは四郎殿や五郎殿の陽動を活かせぬのではないですか?」

「義氏殿のご意見ももっともです。行軍遅延の原因は次郎様より受け賜った“あの物体”が原因でしょう」


 軍勢の長である魔族“六郎座”の副官二人が隠せ得ぬ不満を押し殺して発言する。


「Huuuuh、Youたち、これはMeたちの決戦兵器さ。千人程度の部隊がマムゴル帝国からの侵略を長年防いでいたカロイの街を陥せると思うのKAi?」

「それはそうですが……些か重すぎませんか?一体、あれは何なのでしょうか?」


 魔物の中でも上位に位置する“脳吸い”であるアガリプトンが不思議に思い、六郎座に尋ねる。


「アレは古代人の兵器さ」

「古代人の兵器…… 遺跡から稀に発掘される超遺物である斯様な物を我らに?」

「フン、古代人の兵器なぞ当てにしてはなりませぬぞ。使い古された兵器が暴走して部隊が壊滅した話は、古今東西枚挙にいとまがありませんぞ!」


 義氏が憮然とした態度で言葉を発する。


「Oh!YOSHIUJIくん!!正にその通り!だが、この兵器は遺跡から発掘されたのじゃないのSA!これは、次郎兄ぃの参謀である“知恵の賢人”殿が古代人の兵器を解析して作ったレプリカらしいのSA!」


“知恵の賢人”……その言葉を聞き、副官二人は深く嘆息した。


「彼奴か……次郎殿も何故あのような不審な者を参謀につけるのか、理解に苦しむわ」

「噂では、あの方は魔族でなく“人間”とも言われています。人間に力を借りるなど、魔族の名折れではありませんか?閣下もそう思いませんか?」


 六郎座は二人の発言に呆れた表情を浮かべる。


「Youたちは建前に拘りすぎるNe!Meたちの目的WHAT?は王国が持つ至宝“進化の石”を手に入れることSA!そのObjectの前にはTrivialなことは目を瞑るべきさ!」

「些細なことでしょうか……?閣下?」

「アガリプトンの言う通りですぞ、閣下!我らは人間とは相容れぬ存在!如何に有能だろうとも人間の力を借りるなど言語道断である!」


 義氏とアガリプトンは口々に反論する。だが、六郎座はコメカミに指を当てて反論する。


「そうかNE〜?でも、人間の女を愛妾にする魔族は多いじゃないか?それはどうなのSA?」

「ぬ……それは……人間の女は、魔族と違ってゴツゴツしておらぬし、汗臭くないしのぅ……」

「私は人間なぞ只の餌にしか思えませんから、理解はできませんね。人間の女を愛するなど、気が知れません」

「アガリプトン、裏切るのか、お主……」

「義氏殿と私は種族が違いすぎますから……裏切りと言うより、価値観の違いですよ」


 義氏とアガリプトンの間に不穏な空気が漂う。その光景を見て、六郎座が苦笑する。


「ま、人間だろうと何だろうと、それぞれの価値観があるSA!Don’t Mind!価値観はMany Many合って良いのさ!」

「ぬぅう、閣下……また私どもをはぐらかしましたな?」

「いえ、義氏殿。我らが閣下の話に乗ってしまい、脱線したことがよくありませんでした。義氏殿の感情を上手く使うとは……嫌な方ですね」

「アガリプトン!それでは、わしが謀られた様ではないか!」


 義氏が怒りの表情を見せてアガリプトンを睨む。


「義氏殿……閣下は仲間の内に不和を起こす所作に長けています。私も乗せられてしまいましたが、話の本質をずらされてしまっています。本来の目的は別にあったと記憶しておりますが……」

「ぬ……閣下!……またしても我らをおちょくって……」


 今度は六郎座に義氏の激奮が向けられる。


「YOSHIUJIくん、揶揄ってSorryね。でも、少しは息抜きできたのではない?Pardon?」

「ぬぬぬぬ、閣下!」

「ま、まぁまぁ、義氏殿。抑えてください。それよりも、閣下。何故次郎殿はカロイの街に勇者がいると分かったのですか?」


 場を収めるために、アガリプトンが話を逸らした。だが、その内容は、カロイの街を攻める目的に他ならない。義氏も興味を持ったのか、矛を納め、六郎座に向き直った。


「勇者……の所在…か」


 六郎座がいつもの口調を止め、真剣な眼差しを二人に向ける。この態度を見て、義氏とアガリプトンは姿勢を正した。


「次郎兄ぃが掴んだ情報だが……あの人は、様々な伝手を持っている。俺も気になって聞いてみたのさ。情報源は、どうやら最近王国の騎士団に所属することになった若造らしい」

「若造……でございますか?」


 アガリプトンが訝しげに尋ねる。その意図は“若造”程度に、王国が機密にしていた勇者の在り処を知る術があったのかと疑う気持ちにあった。


「そうだな。酒場で知り合った若造は、酔った勢いか機密である勇者の情報をペラペラと喋っていたらしい。周りは相手にしていなかったらしいが、次郎兄ぃは信じたらしい。そこで、その若造を拐い、脳をいじって、真実かどうかを探ったんだとさ。で、答えは“ビンゴ”」

「脳をいじる……ですか。勿体無い気もします」

「閣下!よく分からぬのですが、ビンゴというのは……その若造の言い分があっていた……と言うことですな。しかし、その若造が嘘をついていた可能性は無いのですかな?」


 義氏の疑問に、六郎座とアガリプトンが半ば呆れた顔を見せる。その表情を見て、義氏が恥いる気持ちから、大声で応える。


「ぬぅう、分からぬから聞いたのである!脳を弄って何が分かるのですか!?」

「義氏殿、脳を弄ると言うのは……」

「いや、アガリプトン。俺が説明する」


 六郎座がアガリプトンを制して義氏に話しかける。


「嘘をつける訳が無い。脳とは生命体が持つ記憶の貯蔵庫であり、思考の根源だ。その箇所を弄れば、嘘を吐くなど出来はしない。ただの自分の記憶を喋る生きる屍にならざるを得ない。実際に見せてやろう。おい、木偶でく。ここまで来い!」


 六郎座の呼び声に応えてヨロヨロと男が歩みでる。


「あ……あ………」

「こ、この者は……?」


 よだれを垂らし、あさっての方向を見る虚な人間を見て、義氏は少しばかりの 戸惑いを覚える。


「名前は知らぬ。だが、勇者を知る者だとしか聞いていない。……おい、お前。勇者について述べよ」

「あ……勇者……シャナン……小さな……クソガキ……俺の…ことを……見下して……フォレスト……ダンジョンで……」


 呆けた表情を見せ、木偶人形は虚に言葉を発する。


「……閣下……。如何に敵と言えども、この様な所業は魔族の誇りに掛けて許せる者ではありませんぞ……」

「義氏くん。分かっている。だが、これは我が父であり、魔族の長である魔王“ガルガンチュア”の意思でもある。分かってくれるだろ?」

「…グッ……」


 義氏が唇を噛む。誇り高き魔族の血族からすると、敵であろうとも尊厳を奪う行為を許せないでいた。


「次郎兄ぃは、この木偶の言葉を裏付けるためにカロイの街に諜報部隊を送り込んだのさ。結果は、木偶の言う通りの小さな“少女”が訪れたと報告があった」

「閣下!ガキの一人二人など、些末なことでしょう!?」

「いいから聞きなよ。……俺も疑わしかったが、最近、この少女が得たいの知れない魔法を得たと報告にあった」


 得体の知れない……とは何だろうか。義氏とアガリプトンが気になる表情を見せる。

「少女は街の私塾にある大きな岩を片手で持ち上げたと報告があった。ほら、あの岩くらいのな」


 六郎座が指差す先には3メートル程度の縦幅を持つ巨石があった。その岩を見て、義氏とアガリプトンが息を呑む。


「報告を聞いて思ったさ。その少女は勇者に違いない。だが、次郎兄ぃは俺よりももっと早く結論付けた。何が結論に至ったか分からないが、次郎兄ぃの判断基準は俺にも理解しがたい」


 六郎座は静かに答える。だが、義氏は“少女”と聞いて戸惑いを覚える。


「閣下……?勇者とは少女なのですか?……お待ちくだされ!我らは誇り高き魔族!如何に武勇に優れる相手だろうとも、年端も行かぬ少女を相手には戦えませぬ!!」


 激昂して義氏が六郎座に口角から泡を飛ばせて反論する。


「戦う、戦わぬは相手の戦い振りを見て判断すればよかろう……You!怖気付いたのかい?」


 六郎座がいつもの調子で義氏を揶揄う。


 義氏は売り言葉に反応する。


「かかかか閣下!我輩を舐めては困りますぞ!ようがす!その“少女”が我輩に能うのならば、全力を持って当たります」


 義氏がドンと胸を叩く。


 その傍らには虚な表情を浮かべる木偶こと“カシム”が佇んでいた……

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