超越魔法”闘気(オーラ)“

「なあ、リン。この柱って何なんだ?」


 スタスタと歩く三人の内、エリカが疑問を述べる。


「シャナンを構成するシステム群よ。普段は深層に沈んでいるけど、今回は直接操作するから具現化したの」

「なに言ってるんだ?シャナンはここにいるだろ?」

「……そうね」


 エリカの言葉にリンが無碍に返す。細かなことを言っても、エリカには理解できないと考えているようだ。


 一方のシャナンは先ほどの会話からこの柱の意味を推察する。

 自分を構成するシステム群とは、この柱一本一本に自分を作る”元“が詰まっているのだろうか。それは、感情や意思や記憶など自分を構成する心の一部かもしれない。

 原理は分からないが、自分を形作る様々なモノが具現化されていることにシャナンは奇妙な感覚を覚えていた。


 数十分ほど歩いただろうか。三人は先ほど遠目に見た大きな柱の元にたどり着いた。


「着いたわ。さて、今から妨害システムの除去を……っと、危ない。センサーが不確定性トラップを検知したわ」

「何だそれ?」

「量子論の考えで……いや、いいや。簡単に言うと、周りのシステムをズタズタにする罠があったってことよ」

「何だよ。そんなの。私が引っこ抜いてやろうか?」

「やめてちょうだい。この罠は触るだけじゃなくて、見るだけでも発現するのよ。不用意な行動は差し控えて」

「え……で、でも、そんな罠、どうすればいいのですか?」


 触るだけでなく、見ることも許されない恐ろしい罠にどう対処すれば良いのか。シャナンは不思議そうにリンを見つめる。


「そうね……この手の罠はユイの魔法を借りればイチコロだけどね」

「げ……大丈夫か?アイツ、結構手加減しないだろ?」

「大丈夫よ。力の一部借りるだけだから……世界の理に代わり、勇者が命じる。我が同胞はらからである"ユイ"の力が映し出す影を我が手に!虚像(イデア)!」


 なにも起きた形跡がない。だが、リンは無造作に柱に触る。


「お、おい!触ったらまずいんじゃないのか?」

「大丈夫よ。今の私は現存在の量子力学的観測系からは除外されている。私の行動で不確定性トラップの状態は変化しないわ」

「うー、意味わかんねぇな……」

「ま、理解しなくてもいいわ。そう言うものと覚えておいて。はい、解除っと」


 あっさりと罠を解除する。だが、傍目にはただ柱を触っているだけにしか見えない。


「さて、次は……と、妨害システムの入り口がロックされているわね。まず鍵を探してっと……」

「私からすると、リンが柱を触ってブツブツ言っているようにしか見えないわ。何やってんのさ」

「あなたには一生わからないかもね。……あったわ。でも数理的暗号化されているわ」

「暗号になっているのですか?じゃあ、使えないんじゃ……」

「多次元量子コンピュータ以上の演算処理を持つ私には容易いことよ。暗号アルゴリズムもよく使われている物みたいだし、楽勝ね。……ほら解けた」

「もう、お前だけでいいんじゃないかな?」


 エリカが呆れ顔を見せる。


 リンが解除キーでロックを解除すると、柱の中央が開き、中から得体の知れない機械とそれに巻きつく触手状の生き物がいた。


「じゃ、あとはエリカの出番ね。あの生き物が妨害システムの本体よ。さっさと退治して」

「おう、任せろ!こう言う単純な物がいいんだよ……しかし、量子とか暗号とか小難しい罠の最後が、あんな化け物でいいのか?」


 エリカが柄にも無く疑問を述べる。先程から小難しい話は分からないと言っていたのに、今になって興味が湧いてきたのだ。だが、その質問にはシャナンも興味がある。リンがどの様に答えるか耳を傾ける。


「知らないわよ。作った奴に言って」


 シャナンがガクッとする。そして、エリカが不満そうな顔を見せ、言葉をつなげる。


「誰だよ、作った奴って?」

「……さあ?」

「スッキリしねぇなぁ」


 首を傾げてエリカが腰に手を当てる。シャナンも期待した回答を得られず、残念な気持ちになった。


「ま、いいか。アイツをぶっ潰せばいいんだな。任せろ!世界の理に代わり、勇者が命じる。我が身に秘められし力を解放せよ!超越魔法!闘気(オーラ)!」


 まばゆい光がエリカを包む。それと同時にエリカから言い様の無い熱量が感じられる。この力ならば、魔族を撃退したのも頷けるとシャナンは思った。


「オラオラ、覚悟しろ!……アテ!」


 触手が鞭のようにしなってエリカを叩きつける。だが、エリカは少したじろいだだけで、キッと触手を睨みつける。


 触手は尚も攻撃をやめない。数本の触手がエリカを縛り上げる。触手の力は非常に強く、ギリギリと骨が軋む音がする。


「エ、エリカさん!」


 シャナンが思わず声を上げる。だが、エリカはビッと親指を立てシャナンを見返す。


「へん。この程度の力でこのエリカ様に敵うと思ったの?本気出せばジャンボジェットの突撃くらい片手で防げるこのエリカ様の力をねぇ〜……ンギギギ……おりゃあ!」


 力任せに触手を引きちぎる。それと同時に触手の攻撃で出来た傷が徐々に塞がっていく。


「す、すごいわ………あれが超越魔法なの?」

「彼女の魔法はシンプルだけど強力よ。彼女が本気出したらジャンボジェットどころか数十キログラム程度の隕石だって受け止めるんじゃないかしら。それに今の彼女は自動回復であの程度の攻撃なんて意にも介さないわ。例え腹に穴が開いても、直ぐに治っちゃうぐらい回復力も増強しているの」

「ヘェ〜すごいなぁ」


 エリカは触手の攻撃を意に介さず直進する。どんなに攻撃を受けても即座に回復し、締め上げられても力でねじ伏せる。

 その姿にシャナンは感嘆を覚えずにはいられなかった。


 エリカはぐんぐんと進み、触手の本体に到着する。そして、力任せに柱から引きちぎった。


「ハイよ、これで〜終わり!」


 足元に叩きつけ、勢いよく踏み潰す。触手が体液を撒き散らして動きを止めた。


「げ、汚ったないなぁ。服に付いちゃったよ」

「もうちょっと慎重に始末するべきだったわね」


 リンが近づき、労いとも取れない一言をエリカに向ける。エリカはリンの言葉に別段気にする訳でなく、汚れた衣服を気にしていた。


「エリカさん……すごい!すごいです!」


 シャナンが感激してエリカに駆け寄る。あの様な強さは見たことがない。何者もにも怯まず、堂々とする光景を見て、シャナンは感動すら覚えていた。


「ああ、シャナン。ま、容易いことね。私にとっては」

「そうね。力仕事ならあなたが最強ね」


 リンが素っ気なく返す。その言葉にエリカが反応した。


「何言ってんだか。私には無効(インバリデーション)や忘却(オビリビオン)みたいに、少しばかり頭を使う魔法もあるんだからね。力だけじゃないわよ」

「そうね。ごめんなさい。戦闘バカって言った方が正しいわね」

「そうそう、戦闘……っておい!」


 エリカがリンの言葉にツッコミを入れる。シャナンはその光景を見て、二人は本当は仲がいいんだな、と感じた。


 一際感激したシャナンを見て、リンが話し掛ける。


「さて、シャナン。これで魔法が使えるはずよ。どの様な魔法を習得するか、それはあなたが今後決めていく必要があるわ」


 リンがジッとシャナンを見つめる。そして次に続く言葉を慎重に選んで話し始めた。


「魔法には様々な種類があるわ。カタリナが使う自然現象を操る魔法やルディやトーマスが使う体に作用する魔法、それにセシルが使う相手の精神に作用する魔法もそうね……」


 シャナンはリンの話を噛み締めて聞いている。リンが何か大事なことを言おうとしていることは話の流れから分かってきたからだ。


「その中でも超越魔法は効果は絶大だけど、反動も大きいわ。例えば、エリカの使う闘気オーラはシンプルだけど、体への影響はとても大きいわ」

「使った後はすごく疲れて、お腹減るしなぁ。それに眠くなるし」


 エリカが自身の超越魔法の副作用について言及する。だが、思っていた以上に深刻な反動では無さそうだとシャナンは考えた。


「その中でも、キョウコとヤスミンの魔法はちょっとおススメ出来ないわ」

「え……?ヤスミンさんの魔法がですか?」

「ええ。そうよ。キョウコの”本当の世界(イグジステンズ)“とヤスミンの“生への帰還(モルグ)”は世界そのものを滅ぼしかねないわ。フォレストダンジョンではエリカがキョウコに割って入ってくれたから良かったけど、あの子たちには簡単に体を明け渡さないで」


 意外な一言だった。


 キョウコは嫌いなので、どうでも良かった。しかし、優しそうなヤスミンがキョウコに並ぶ問題児だとは思いもよらなかった。

 それに……とシャナンは自身の右手の痣を見る。先ほどリンが言った“生への帰還モルグ”は一回限りとはいえ、既にシャナンは使える権利を有している。そんなにも危険な魔法だとは思いもよらなかった。


「シャナン。簡単に体を明け渡すなって言われても分かんないよな。ま、キョウコとヤスミンは本当に絶望を感じた時しか出てこれねぇんだ。気にする事もないさ。たまに強引に割り込んでくるけど、私がちゃんと守ってやるよ」

「あ、ありがとうございます、エリカさん!」


 シャナンが深々とお辞儀する。シャナンは先ほどのエリカの奮闘ぶりを見て、自分もああなりたいと思い、尊敬の念を隠せずにいた。


「さてと……今日はこれまでだけど、シャナン。餞別がわりに私の超越魔法をお前の魔法機構にコピーしておいてやるよ」

「え!?本当ですか?それは私もエリカさんみたいな魔法が使えるということですか?」

「ああ。本来は自分で覚えるべきだけど、これくらいいいだろ。コピーする魔法はさっき使った闘気オーラだ」

「わぁ、エリカさん。ありがとうございます。嬉しいわ」


 シャナンが顔を綻ばせる。自分もエリカと同じ超越魔法が使える様になったのだと思うと、嬉しくて仕方がない。

 もうこれで足手まといにもならなくて済む。自分は勇者なんだと強く思いを新たにした。

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