量子テレポーテーション
「シャ、シャナン!な、何だよ、その頭!それに何フラフラしてんだ!?」
ルディが笑いを必死で堪えようとしている。細部がゴテゴテした謎のヘルメットを被り、フラフラとしながらシャナンは歩いていた。
「ルディ、笑わないでよ。ケンちゃんが持って来てくれたんだから、今日はこれをつけて寝るの」
ルディに笑われて、不貞腐れた顔をシャナンが浮かべる。この謎のヘルメットは生命の賢人が持って来た物である。彼曰く、このヘルメットを一晩被って寝れば、魔法が使える様になるということらしい。
しかし、このヘルメットは重すぎる。シャナンはフラフラする自分を支えるだけで精一杯だった。
「ルディ、シャナンを笑うなんて失礼だぞ。見ろ、このヘルメットを…………」
シャナンの姿を直視した後、トーマスが下を向いて黙り込む。よく見ると笑いを堪えている。シャナンは更にムッとした。
「もういいもん。今日はもう寝るもん」
プリプリして宿屋の寝室に向かう。ところどころ頭をぶつけながら、シャナンは二人を置いて部屋に戻っていった。
重い頭を持ち上げ、何とかベッドに潜り込む。そのまま目を閉じシャナンは眠りに着く。明日になると魔法が使える様になると信じて…………
───
──
─
ふと気づくと、何もない場所にシャナンは立っていた。
宿屋で寝ていたはずだが、知らぬ間に不思議な場所に自分がいる。辺りを見回すが、何も見あたらない。ただ広い空間が広がるだけであった。
だが、シャナンはこの場所を知っている。以前、夢の中でキョウコに会ったあの場所だ。
またあの場所に来てしまったとシャナンは思った。今回はキョウコは出てこないだろうかと改めて辺りを見回す。
──誰もいない──
ひとまずキョウコの気配が無いことに安心して胸を撫で下ろす。
しかし、その直後、背後から人の声が聞こえてきた。
前回も知らないうちにキョウコが現れてきた。“またか”と思い、急いで振り返る。
だが、そこには知らない女の子が二人立っていた。
「よ!シャナン。お前に直接会うのは初めてだな」
「シャナン。初めまして。私はリン。この子はエリカ。あなたの中にいる別の人格よ」
エリカと呼ばれる女の子は高校生くらいだろうか。180㎝近い長身で、軽くウェーブのかかった髪に、ブラウスとワイドパンツを着こなしている。少し背伸びをした様な格好だが、高い身長と相まって大人の雰囲気を醸し出している。
対して、リンは150㎝くらいで髪を後ろに束ね、メガネにパーカー、それにジーンズとあまりパッとしない格好をしている。メガネからコンタクトにし、服装を変えればもっと見栄えが良いだろうにとシャナンは感じた。
二人は別の人格だと言っている。キョウコもシャナンの中にいる一人と言っていたが、一体別人格とは何だろうか。自分は多重人格者になってしまったのかと不思議に思いつつもシャナンは二人に挨拶を返す。
「は、初めまして。私は…シャナンです。本当の名前は覚えていないけど、今はシャナンと言います」
「そうだな。知ってるぞ。私たちはシャナンのことをずっと見てたんだ。お前、頑張ってるもんな」
「ええ。エリカなんて、わざわざ二回も顕現してあなたの窮地を救ったりもしているわ」
「え?どういうことですか?」
シャナンがリンの言葉に反応する。
「ああ。私がお前の体を借りて色々やってやったんだよ。砦で脳吸いをぶっ飛ばしてやったり、お前に言いよる変態魔族も殴り飛ばしてやったんだ。感謝しろよ」
「エリカ、あなた、脳吸いは逃しちゃったじゃない。トドメを刺したのはソフィアよ」
「まあまあ、実質私が倒した様なもんよ。気にしない気にしない」
「……まあ、いいけど」
二人の会話が意図することはシャナンの今までの疑問を氷解するに十分だった。今まで謎だった脳吸いを倒した者やフォレストダンジョンで魔族の十三を追い払った者は他ならぬ自分自身だったのだ。いや、自分自身という表現は正しくない。このエリカがシャナンの体を使って退治してくれたのだった。
「エリカさんが私を助けてくれたのですか?あ、ありがとうございます!」
シャナンは深々とお辞儀する。その姿を見て、気恥ずかしそうにエリカが笑みを浮かべる。
「いや〜シャナン、そんなに感謝されてもねぇ。アンタが死んじゃったら、私たちも死んじゃうし。お互い様よ」
「そうね。それにエリカのせいでシャナンの体に大きな負担も掛けてしまったし。この子が後先考えずに力を使い過ぎたせいよ。こちらこそ謝るわ」
リンからの謝罪を受けて、逆にシャナンが戸惑う。自分としては命が助かっただけでも感謝すべきことで謝られるとは想像していなかった。
シャナンはアタフタと両手を振る。その姿を見て、リンとエリカがクスリと笑う。
「ふふ。シャナンは優しい奴だな。さすが、私たちの希望だ」
「ええ。そんなシャナンを助けるために今日はここに来たの」
「助け……ですか?」
助けというのはもしかして魔法を使えるための手助けなのだろうか。その疑問をシャナンは口にする。
「ええ。そうよ。私も気づかなかったけど、魔法を使うためのシステム機構の内部に何者かが妨害システムを組み込んでたのよ。おそらく、クオリアを量子テレポーテーション中に改ざん処理したものよ。量子力学的観測系に影響を与えず改ざんするなんて、思想テロリストや原理共産主義者の技術では不可能よ。どう考えても内部犯の疑いが高いわ。それにクオリアその物も……」
「リン、リン。悪いけど、私にも分かる言葉で話してくれない?クオリアとか量子とか訳わかんないんだけど……」
「わ、私も……一体どういうことですか?」
「ご、ごめん。つい興奮して……」
リンがメガネをクイっとあげる。少し考えた後に、こう告げる。
「要は“ありえない”方法で邪魔されたってワケね」
「おお。分かりやすい!」
「…………」
大雑把過ぎてシャナンは余計わからなくなった。しかし、リンの話を聞いてみて気になる言葉があった。
“量子テレポーテーション”……
少女が召喚される前、科学番組の特集でその技術を知った。それは“量子力学”の力を使い超光速通信する科学技術であった。
───量子テレポーテーション───
量子テレポーテーションは"量子もつれ"と呼ばれる現象を使った通信技術である。
量子とは、物理的に最小単位のエネルギーを持つ小さな固まりのことで、理解し難い不思議な現象を幾つか引き起こす。
"量子もつれ"はその不思議な現象の一つである。それは、ある量子と対になる量子間では、一方の量子の状態が決まると、他方の量子の状態が確定する現象を指す。
この"量子もつれ"は距離の概念を無視して、遠地にある対となる量子の状態を瞬時に確定する。
量子テレポーテーションとは、この"量子もつれ"により確定した状態をデジタル信号に変換して、通信を行う技術である。
─────────────────
だが、シャナンには技術そのものよりも、リンが使った言葉の裏に意味を感じていた。この世界は魔法やスキルと言った不思議な力で構成されていると思っていた。だが、リンの使う言葉を類推するに根底には科学技術で構成されているのでは無いだろうかと言う考えがもたげる。
「あ、あの……リンさん。さっきの話、量子テレポーテーションって……」
「なに?シャナン?」
「この世界って本当に魔法やスキルとかあるんですか?」
今になって自分の不用意な発言に気づいたのだろう。リンが少し困った顔を浮かべる。
「なんだよ。魔法とか無いのか?リン、どうなんだ?」
「エリカ、あなたがそれを言う?うーん……シャナン、その話は私からは出来ないわ」
「え……どうして?」
「私にはその権限がないもの。それに、私よりも適任な者がいるわ。明日、話してみたら?」
「……分かったわ」
その一言でシャナンは誰に聞くべきか理解した。それに、今は魔法を使えるようになることが先決だ。この世界の仕組みは重要であるが、この場に限っては優先度は高くない。
「さて、今から妨害システムを除去するわ。シャナン、手を出して」
「こう?」
「そうよ……世界の理に代わり、勇者が命じる。世界の根底に流れる知識の奔流をその手に……超越魔法”巨城の守護者(アドミニストレーター)“!」
シャナンを中心に大きな柱が四方八方に立ち上がる。一瞬の出来事で何が起きたか分からず、柱が迫り上がる音に驚き、シャナンは少し飛び上がった。
柱が全て出尽くしたのか、音が止む。それと同時にリンが話しかけて来た。
「じゃあ、行くわよ。魔法機構はあっちの方の柱よ」
リンが指差す方向を見る。その先には一際目立つ大きな柱が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます