少女の激憤
「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」
シャナンは涙を袖で拭いながら必死に階段を駈け上がる。残してきた仲間を思うと瞳はひとりでに濡れてくる。
自分が弱いから──スキルもうまく使えないから──足手まといだから──攻撃したくてもどうしても攻撃できないから──
様々な感情が少女の胸に去来する。複雑な思いを整理出来ず、只々少女は階段を駆け抜ける。
だが、その行く手を阻むかのように邪悪な存在が少女の前に立ちはだかった。
「あ……」
「きゃぁ!?」
思わず細身剣で受けるが、力の弱いシャナンでは重厚な攻撃を受け切ることはできなかった。剣ごと壁に押し付けられ、
「ク……!ご、ごめんなさい…や…やめ…て…」
少女の赦しを
──何故謝っているのに──何故許してくれないのか──
少女の心に絶望が迎える。だが、それより先に怒りの感情が湧き上がる。
“こいつは…あの男と同じ……許せない…”
シャナンの瞳が敵意に満ちた。
「ギ……ギョエー!」
シャナンは強い憎悪で
シャナンはボソリと言葉を続ける。
「なんで……なんで!なんで謝っても!許してくれないの!?」
徐々に大きくなる声は憤怒の感情に彩られていた。その声が耳に入る度に
「なんで!なんで!」
半狂乱になった少女の声が細い階段で反響する。抑えていた感情が暴発し、少女の怒りは目の前の魔物に向けられる。
ひとしきり怒鳴った後、落ち着いたのか少女は無言になる。長い静寂が訪れる。怒りが収まったのかと考え、
だが、
「……許さない」
ザクリ──少女の細身剣が自分の肩を貫いたことに気づき、
ブスリ──今度は腹に細身剣が刺さる。
「許さない……許さない……」
ザクリ──ブスリ──ドス──ザシュ──
“許さない”という言葉を何度も呟き少女は
「……この“娘”を虐める相手は…許さない……私たちが許さない……」
少女の言葉に異なる感情が混じる。その言葉を自分の耳で聞き、シャナンはハッと意識を取り戻す。
「……え?」
目の前に転がっている無残な死体を見てシャナンは細身剣を取り落とした。ツンと鼻に付く血の匂い。腹からはみ出す臓物を見て、喉奥から酸っぱい臭いが溢れてくる。
「ッウ……」
堪えきれずに吐瀉物が口から出てくる。全てを出し終わった後、シャナンは涙目で剣を取る。剣の鞘を杖代わりにヨタヨタと歩き始めた。
あの“死体”は自分がやったのだろうか、シャナンは思い出せない。チラと死体を見ると、また吐き気が込み上げてくる。
無理して思い出す必要もない。自分は早くこの場から離れて助けを呼ばなくてはいけない。そう思い、自身を奮い立たせて前に進む。
徐々に光が強くなる。地上への出口だと思い、少女は急いで階段を駈け上がる。
───
──
─
シャナンが地上に出ると、そこには十数体の
暗所から急に外に出たせいか、まばゆい光で視界が覚束ない。だが、徐々に明らかになる光景を理解できないのか、シャナンの口からは無意識に言葉が出た。
「……え?なんで……?」
シャナンの言葉に気づいた
その行動につられたのか、続々と
恐怖で身が縮む。だが、立ち向かわない訳にはいかない。シャナンは咄嗟に身構える。先頭の
「あぅ!…」
魔法のマントとチュニックが斧の勢いを吸収する。切傷はなかったが、衝撃により横腹に鈍い痛みが残る。少女は痛みに苦悶し、顔をしかめる。
「…痛い…ッつ」
横腹を押さえ、必死に堪えるシャナンに向かい、別の
慌てて両手を使い鞘で受け止める。圧倒的な筋力差で徐々に押されていく。シャナンは泣く暇も忘れ、懸命に押し返す。
歯を食いしばり、必死の形相で相手を睨む。
「ギ!ギギ、ギエー」
少女の瞳から放たれる威圧の効果で
「キャ!」
突き飛ばされた勢いでシャナンは階段を踏み外し、真っ逆さまに階段を落ちていく。
全身を叩く強い衝撃が少女の体を包む。大怪我をしないように必死で体を丸め、もんどり打って転げ落ちる。
「…!…………!………!!!」
声にならない痛みが全身を走る。魔法の防具が少女の身を守るが、全ては受けきれない。頭だけは防具がない。シャナンは両手で頭を抱えて縮こまり、いつ終わるともしれない痛みに耐えていた。やっとの事で階下まで転がり落ちる。ゴロゴロと地面を転がり、シャナンは呻き声をあげる。
全身に鈍い痛みを覚え、泣きたくなる気持ちを抑えて頭を上げた先に、見てはいけないモノをシャナンは見た。その瞳の先には虫の顔をしたバケモノが嬉しそうに少女を見下ろしていた。
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