少女の激憤

「ごめん……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 シャナンは涙を袖で拭いながら必死に階段を駈け上がる。残してきた仲間を思うと瞳はひとりでに濡れてくる。


 自分が弱いから──スキルもうまく使えないから──足手まといだから──攻撃したくてもどうしても攻撃できないから──


 様々な感情が少女の胸に去来する。複雑な思いを整理出来ず、只々少女は階段を駆け抜ける。


 だが、その行く手を阻むかのように邪悪な存在が少女の前に立ちはだかった。


「あ……」


 赤帽子レッドキャップが斧を片手に待ち構えていた。シャナンの姿を見て取ると、赤帽子レッドキャップは斧を振りかぶり、斬り掛かってきた。


「きゃぁ!?」


 思わず細身剣で受けるが、力の弱いシャナンでは重厚な攻撃を受け切ることはできなかった。剣ごと壁に押し付けられ、赤帽子レッドキャップにそのまま力任せに叩き割られんとしていた。


「ク……!ご、ごめんなさい…や…やめ…て…」


 少女の赦しを赤帽子レッドキャップは聞き入れない。細身剣がギリギリと音を立て歪み始める。


 ──何故謝っているのに──何故許してくれないのか──


 少女の心に絶望が迎える。だが、それより先に怒りの感情が湧き上がる。


“こいつは…あの男と同じ……許せない…”


 シャナンの瞳が敵意に満ちた。


「ギ……ギョエー!」


 赤帽子レッドキャップはシャナンの威圧をモロにくらい、斧を取り落とし身を屈めた。先ほどまで嬲る対象でなかった少女に対し、赤帽子レッドキャップは必死に哀願している。


 シャナンは強い憎悪で赤帽子レッドキャップを見つめる。普段の温和な少女とは思えない殺気に満ちた瞳はどこから来たのだろうか。


 シャナンはボソリと言葉を続ける。


「なんで……なんで!なんで謝っても!許してくれないの!?」


 徐々に大きくなる声は憤怒の感情に彩られていた。その声が耳に入る度に赤帽子レッドキャップが身を震わせる。


「なんで!なんで!」


 半狂乱になった少女の声が細い階段で反響する。抑えていた感情が暴発し、少女の怒りは目の前の魔物に向けられる。


 ひとしきり怒鳴った後、落ち着いたのか少女は無言になる。長い静寂が訪れる。怒りが収まったのかと考え、赤帽子レッドキャップが恐る恐る顔を上げる。


 だが、赤帽子レッドキャップは顔を上げたことを後悔した。眼前には涙を流し、無言で自身を見つめる少女の姿があった。少女は憤怒の表情で自分を見ている。


 赤帽子レッドキャップは許しを請うため作り笑いを浮かべる。命乞いをする魔物の表情は醜悪ながら哀れみを感じるものであった。


「……許さない」


 赤帽子レッドキャップは耳にした声が信じられないのか呆気にとられた顔をする。だが、シャナンが細身剣を身構える姿を見て大きく目を見開いた。


 ザクリ──少女の細身剣が自分の肩を貫いたことに気づき、赤帽子レッドキャップは悲鳴をあげた。


 ブスリ──今度は腹に細身剣が刺さる。赤帽子レッドキャップの悲痛な声を聞いてもシャナンは動きを止めない。


「許さない……許さない……」


 ザクリ──ブスリ──ドス──ザシュ──


“許さない”という言葉を何度も呟き少女は赤帽子レッドキャップの体を刺し続けた。


「……この“娘”を虐める相手は…許さない……私が許さない……」


 少女の言葉に異なる感情が混じる。その言葉を自分の耳で聞き、シャナンはハッと意識を取り戻す。


「……え?」


 目の前に転がっている無残な死体を見てシャナンは細身剣を取り落とした。ツンと鼻に付く血の匂い。腹からはみ出す臓物を見て、喉奥から酸っぱい臭いが溢れてくる。


「ッウ……」


 堪えきれずに吐瀉物が口から出てくる。全てを出し終わった後、シャナンは涙目で剣を取る。剣の鞘を杖代わりにヨタヨタと歩き始めた。


 あの“死体”は自分がやったのだろうか、シャナンは思い出せない。チラと死体を見ると、また吐き気が込み上げてくる。


 無理して思い出す必要もない。自分は早くこの場から離れて助けを呼ばなくてはいけない。そう思い、自身を奮い立たせて前に進む。


 徐々に光が強くなる。地上への出口だと思い、少女は急いで階段を駈け上がる。


 ───

 ──

 ─

 シャナンが地上に出ると、そこには十数体の赤帽子レッドキャップが待ち構えていた。


 暗所から急に外に出たせいか、まばゆい光で視界が覚束ない。だが、徐々に明らかになる光景を理解できないのか、シャナンの口からは無意識に言葉が出た。


「……え?なんで……?」


 シャナンの言葉に気づいた赤帽子レッドキャップたちが一斉にシャナンを睨む。圧倒的な数的不利を感じて、シャナンが怯んで後ろに下がる。その姿を捉え、赤帽子レッドキャップの一人が駆け足気味に近づき、高々と斧を振りかざして襲い掛かってきた。


 その行動につられたのか、続々と赤帽子レッドキャップがシャナン目掛けて駆け出してくる。


 恐怖で身が縮む。だが、立ち向かわない訳にはいかない。シャナンは咄嗟に身構える。先頭の赤帽子レッドキャップが振るう斧を細身剣の鞘で受け、横に上手く受け流す。だが、もう一体が側面から放つ斧が横薙ぎにシャナンを払った。


「あぅ!…」


 魔法のマントとチュニックが斧の勢いを吸収する。切傷はなかったが、衝撃により横腹に鈍い痛みが残る。少女は痛みに苦悶し、顔をしかめる。


「…痛い…ッつ」


 横腹を押さえ、必死に堪えるシャナンに向かい、別の赤帽子レッドキャップが脳天目掛けて斧を振り下ろす。


 慌てて両手を使い鞘で受け止める。圧倒的な筋力差で徐々に押されていく。シャナンは泣く暇も忘れ、懸命に押し返す。


 歯を食いしばり、必死の形相で相手を睨む。


「ギ!ギギ、ギエー」


 少女の瞳から放たれる威圧の効果で赤帽子レッドキャップが取り乱した。慌てた赤帽子レッドキャップがシャナンを突き飛ばし、必死で逃げていく。


「キャ!」


 突き飛ばされた勢いでシャナンは階段を踏み外し、真っ逆さまに階段を落ちていく。


 全身を叩く強い衝撃が少女の体を包む。大怪我をしないように必死で体を丸め、もんどり打って転げ落ちる。


「…!…………!………!!!」


 声にならない痛みが全身を走る。魔法の防具が少女の身を守るが、全ては受けきれない。頭だけは防具がない。シャナンは両手で頭を抱えて縮こまり、いつ終わるともしれない痛みに耐えていた。やっとの事で階下まで転がり落ちる。ゴロゴロと地面を転がり、シャナンは呻き声をあげる。


 全身に鈍い痛みを覚え、泣きたくなる気持ちを抑えて頭を上げた先に、見てはいけないモノをシャナンは見た。その瞳の先には虫の顔をしたバケモノが嬉しそうに少女を見下ろしていた。

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