脳吸いとの戦い
「ふふふ、間に合っちゃった☆嬉しいわ」
「……何てこと……」
そこには脳吸いことルサッルカが立っていた。サラとの戦闘で負ったのだろうか、所々に傷跡が見られる。だが、この傷が脳吸いにとってハンデとなる程度ではないことは全員が無意識に理解していた。
「
脳吸いは口から細長い口吻を舌の様に取り出し、口元を拭う。皆は想像する。あの細長い管を使って人間の脳を吸い取るのだろうか、と……
皆が一瞬の恐怖を感じる中、ルディだけは気圧されまいと強い言葉を投げる。
「て、テメェ!サラはどうした!?」
「ああ、コレね?大丈夫よ。メインディッシュはまだ食べてないわ。でも、あの男は食べちゃったわ」
脳吸いの右手には髪を掴まれ引き摺られたサラが苦悶に満ちた表情で耐えていた。サラは全く身動きせず、何らかの状態異常に掛かっているようだった。
サラの状態は非常に気になる事態であった。しかし、シャナンはそれ以上に脳吸いの言った言葉に反応する。
「あ、あの男って……誰のこと?」
「あら?かわいいお嬢ちゃん。そんなの決まっているじゃない。あの
そう言ってルサッルカが口元からストロー状の細長い口吻を再び舌の様に伸ばした。その口吻の先端は鋭く尖っており、人間の皮膚など簡単に突き破れそうに見える。
皆がゴクリと息を呑む。だが、シャナンは脳吸いの知識が無いためか、”脳みそをチュウチュウ吸う“と言う言葉の意味を理解しかねていた。
「……え…脳みそ……?」
「シャナン、やめてください。聞いて心地よい話ではありません」
トーマスがシャナンをたしなめる。いや、正しく言うならば、シャナンの精神状態に悪影響を与えるおぞましい話を耳に入れて欲しくなかっただけであった。
「え〜無粋ねぇ。怯える表情を見ながら食べるのが好きなのに。ま、いいわ。後でゆっくり聞かせてあげるわ」
ルサッルカがくねくねと体を捻って甘い声で応える。その姿の不気味さに全員が嫌悪感を抱く。
疲れた体を押してトーマスがシャナンの横に来て囁いた。
「シャナン…………私たちで足止めをします。幸い、先ほどの魔法で出口まで邪魔するものはいなくなりました。合図と共に全力で逃げてください」
「で、でも……トーマスたちは……?」
「私たちは後から追いかけます。心配いりません」
“後から追いかける”…そんなことは無理だとシャナンは思った。だが、この場にトーマスたちと一緒に残り、共に戦って何が出来るというのか。
自分は勇者で世界を救う存在であるはずだ。
しかし……その力はまだない。
“将来”、彼女は世界を救う存在にならなくてはいけない。名前負けした自分の肩書きに義務感を感じて命を散らす行為は正しい行いではない。
それを理解したのか、泣きそうな顔を隠し、シャナンはコクリと頷く。
二人の会話の行く末などどこ吹く風か脳吸いは全員を順に指差しながら鼻歌交じりで楽しそうな声をつぶやく。
「うーん、誰から食べようかしら〜。やはり前菜は……柔らかそうな子供の脳みそかしらねぇ?」
ピタリとシャナンに向けて指が止まる。すかさずトーマスがシャナンの前に立ち塞がり、不愉快な視線を遮る。シャナンは一瞬何が起きているか分からなかった。だが、トーマスが庇ってくれていることだけは理解した。
トーマスが脳吸いを強く睨む。だが、視線を無視してジリジリと脳吸いはシャナンに向けて歩みを進める。
その光景を見て、ルディが怒りを交えた罵声を浴びせる。
「るせぇ!このロリコン野郎!俺が相手になってやる!」
「あ、お猿さんは魔物の餌だから食べてあげないわ。残念ね」
「誰が猿だ!誰が!」
“うまい”とトーマスが思った。脳吸いの意識をシャナンからルディに移すことができた。本人はただ売り言葉に買い言葉で応えただけかもしれないが、結果として意識を逸らすことができたのは好機とも言える。
「シャナン!今です!」
「………うん!」
「……あ……」
シャナンが一気に階段に向けて駆け出した。呆気に取られた脳吸いは暫し状況を呑み込めずにいた。だが、すぐに思考を取り戻しシャナンに向けて魔法を放とうとした。
「ちょっとぉーダメよ〜、勝手に。世界の理に掛けて……」
「俺が相手だってんだろ!」
「私もお相手しよう、くらえ!」
ルディが左から剣を横薙ぎに振る。対して右側からトーマスが斧を振る。左右からの攻撃でルサッルカの逃げ場を塞いだ。右手に持つサラが邪魔で攻撃を受けることが出来ず、ルサッルカは後方に飛んで逃げた。
「わ!危ない!」
「オラオラ、逃げてんじゃねぇ!」
「先には行かせん!トゥ!」
二人の猛攻にルサッルカが距離を取る。サラを手放せば反撃もできそうだが、頑なに手を離そうとしない。
「危ない人には…こんなことしちゃうわよ☆世界の理に掛けて……
二人の視界が一瞬揺らぐ。だが、すぐに意識を取り戻し武器を振るう。
「「もらった!」」
二人の声が同時に合わさりルサッルカにそれぞれの武器が命中した──かに見えた。
「な、何……?お、俺が……切ったのは…」
「ば、馬鹿な……ルディ……なぜお前がいる?」
ルディの剣がトーマスの肩に深く切り込まれた。同時にトーマスの斧がルディの
「あら〜いきなり喧嘩し出すなんて。あなた達、本当は仲悪かったんじゃない?」
「そんな!なんで同士討ちしているのよ!」
「遠くてよく分かりませんでしたが………
ドサリと二人が地面に伏す。ルッサルカはその二人を捕まえようと手を伸ばす。
「させないわ!」
セシルが弓を引きルサッルカに射掛ける。だが、矢が命中する直前に何かしらの力で大きく逸れた。セシルは続け様に矢を放ち続ける。しかし、全て当たる直前に異様な方向に向きを変える。
「な…なんで!何で当たらないのよ!」
「ん〜〜。ウザったいハエが飛んでいるようね。私の
「
「それだけじゃないわよ。
「く……」
自身の武器を封じられ為す術も無くセシルが立ち尽くす。カタリナも魔法触媒を全て使い切り攻撃の手段を失っていた。二人は絶望的な状況に思考が止まってしまった。
「ふ……二人とも!に、逃げろー!」
トーマスが気力を振り絞り二人に逃走を促す。ハッと意識を取り戻す。自身達に出来る事は何もない。ならば、シャナンと同じく逃げる手段を選ぶことも道理である。
座り込んでいるカタリナを立たせ、セシル達は出口まで走り出した。
「うーん?残念ねぇ〜もう少し早く逃げていれば、間に合ったかもしれないのにネェ」
ルサッルカが醜悪な瞳を細め、逃げ出す二人の背中を眺める。出口まであと少しというところでバタリと二人は倒れる。
「あ……あ………か、体……が」
「な……な…に……が…」
痙攣して動けない二人の元にルサッルカがゆっくりと近づく。足元に倒れる二人をルサッルカが睥睨して言葉を発する。
「
ルサッルカが階段を見上げると、上から少女が転がり落ちてきた。
「あら?ご対面ね。痛かった?」
全身を包む痛みを忘れ、少女の瞳は絶望に彩られた。
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