闇猿との対峙

「ルディ、私の背後を任せる。カタリナ。私とルディの間に入れ。私たちが引きつける間に魔法の詠唱を頼む」

「はい、トーマスさん。“世界にあまねく火の精霊よ……”」

「お、お、キタきた来た!このルディ様にかなうと思ってんのかよ!」


 闇猿やみましらたちが一斉に襲いかかる。

 真っ先にトーマスに向かった闇猿やみましらが彼の振り下ろす斧で頭をかち割られる。トーマスは怒声を挙げ、続く闇猿やみましらを次々に斬り結ぶ。


 通常であれば、身体を動かすため、呼吸を深く吸い酸素を取り込む必要がある。だが、彼のスキル”無呼吸連撃“レベル1の効果は少しの間、呼吸をせずとも攻撃を繰り出すことができるようになる。


 まさしく息をつかせぬ攻撃で次々と闇猿やみましらを倒していく。


「キーキーキー!」


 トーマスに近づけないと悟ったのか対象をルディに向ける。今度は闇猿やみましらたちがルディに向かって襲いかかる。


「俺程度なら勝てる、とか思ってないよな?だとしたら正しく”猿知恵“だな!」


 闇猿やみましらが三匹同時で襲いかかる。だが、ルディの流れるような剣撃が同時に二体を斬り伏せ、剣を振った勢いを活かした後ろ回転蹴りソバットでもう一体を蹴りつける。


「へっへっへ。戦いってのは武器だけじゃねぇんだぜ。お猿さん」


 もんどりうった猿が地面に落ち、ピクピクとしている。ルディの子供時代、村の子供たちと荒事をしながら遊んでいた時に編み出した喧嘩殺法である。


 ルディは地方の有力貴族の七男に産まれた。長男を始めとして上が六人も詰まっている状況では親の期待は大したものではなく放任されていた。そのせいか、幼少時は領地にある村の子供たちと遊ぶ機会が多かった。


 通常の貴族ならば、村の子供たちと遊ぶなどあり得ない。しかし、彼は多数いる兄弟の末っ子であり、両親から半ば放置されていた。そのため、必然的に同世代の村の子供と遊ぶ機会が多かったのである。


 攻めあぐねている闇猿やみましらたちを更なる攻撃が襲う。カタリナが魔法の詠唱を終え、火焔ファイアの魔法を放ったのだ。


 レベルが向上した火焔ファイアは威力と範囲を増し、闇猿やみましらたちを呑み込んだ。カタリナは次の魔法を唱えるべく新しい”魔法触媒“を雑嚢ウェストポーチから取り出す。


 ──“魔法触媒”とは魔法の威力を向上させる効果を持つ道具である。

 魔法は世界のことわりの力を借り、発動する奇跡の一端である。通常に魔法を発動させてもそこそこ威力があるが、術者の精神状態に依存するため、決め手に欠ける場合が多い。その術者の状態に寄らず、且つ魔法の威力を数倍にも向上させる道具が”魔法触媒“なのである──


 カタリナは魔法触媒をそこまで多く持っていない。だが、背に腹は変えられない。ピンチの時に使用を惜しんで命を落とすのは愚か者のすることだ。”今“がピンチであるとカタリナは正しく理解していた。


 猿たちが攻めあぐねて若干混乱の様相を呈してきた。トーマスたちはこのまま膠着状態こうちゃくじょうたいが続けば、シャナンたちがリーダーを倒してくれるだろうと期待した。


 だが、彼の期待は簡単に裏切られる。


 数分ほどの睨み合いが続いた後、樹上で大きな叫び声が聞こえた。猿たちはビクリと身を震わせ、上を見上げる。そして何かを察したのかトーマスたちに向き直り…そして地面から石を取り上げ投げつけてきた。


「ッ……投石か!」


 先ほどの叫び声は群れのリーダーによる指示であった。リーダーの指示の元、攻撃スタイルが様変わりした猿たちが勢いづいて石を投げる。


 石は古代からの戦闘で使われた簡易の投擲武器である。現地調達ができ、大した訓練もなく扱える石は状況によっては剣や弓より遥かに脅威的な武器である。


 大小入り混じった石が彼らにぶつけられる。


「キャ…!」


 猿たちの石がカタリナの肩に当たった。それほど痛みはなかったが、体勢を崩して倒れ込む。その隙を猿たちは見逃すはずもなく、カタリナ目掛けて襲い掛かった。


「私を差し置いてレディに挨拶しようとは、十年早い!」


 トーマスが身を挺してカタリナを猿から守る。猿たちはトーマスの腕や足に噛みつき、ダメージを与える。


「ッグ……!」

「トーマス!オラァ」


 ルディが猿たちに剣を放つ。だが、猿たちはひらりとかわし距離をとった。ゼェゼェと息を吐くルディがトーマスに愚痴をこぼす。


「マズイぜ…トーマス。アイツら、さっきの反撃で更に警戒し始めやがった。このまま投石を続けて弱った俺たちを狩るつもりだぜ」

「ああ…嫌な奴らだ」

「す、すみません。私を庇って……」

「カタリナ。謝罪は無用だ。魔法の詠唱を頼む。距離のあるアイツらを相手するには、今は魔法しかない」

「石を投げ返すって手もあるぜ」

「多勢に無勢だ。それに、投石時はどうしても隙ができる。そこを襲われては堪らん。投石による反撃より防御を固めてカタリナの魔法による一撃に期待するべきだ」

「確かにな…クソ、セシルにシャナン。早くしてくれ!」


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