第8話 通貨
「キャロライン! なんにも覚えてない!」
「はい。『ザ・エンヴァースワールド・オンライン』は普通のVRMMORPGより難易度が高いです。現実に比べればゆるいとはいえ、生きる事の厳しさを忘れられては困るのですわ」
「うっ」
「戦う術は最初から学んでもらう。冒険者登録が終わったらまず自分の冒険者としての方向性を模索するといい。ああ、でも今日からは下町の支援宿舎の方に移ってもらう事になる。無理に今日旅立つ必要はないから、町を見ながら装備を整えつつ、最初に扱う武器について色々検討するのも良いだろう。支度金は一律一万円だ」
「……円、なんだ?」
そこは現実の通貨と同じなんだ?
まあ、どっぷりこのファンタジーな世界に浸り過ぎてもまずいものね?
「はい、ただし物と形は別物ですわ。一円玉の代わりは『小鉄貨』、五円玉は『中鉄貨』、十円玉は『大鉄貨』、五十円玉は『小銅貨』、百円玉は『中銅貨』、五百円玉は『大銅貨』、千円は『小銀貨』、五千円は『大銀貨』、一万円は『金貨』と、こんな形をしています」
「……しゅ、種類が……」
「はい、中貨はみな、穴が開いています。小貨と大貨は大きさが一目瞭然です。金貨は一万円だけですわね」
「な、なるほど……」
そう覚えれば少しは分かりやすいかな。
鉄、銅、銀、金と金額が大きくなると硬貨に使われている金属の価値が高くなっていくのね。
呼び方が『円』ってだけか。
「そうだ、支度金は小銀貨五枚と大銀貨一枚という形で渡すか? それとももっと細かくするか?」
「え?」
「その方がよろしいですわ。金貨一枚ですとなくしたら終わりですし、お店の方が驚きますし、もっと持っていると思われたら襲われるかもしれません」
「あ、あんまり出回ってるものではないのね?」
「現実より物価はかなり安いはずだ。一万円……金貨一枚で全身の装備を整えるのは容易いと思う。それ故にならず者に目をつけられると面倒だ。初期装備のプレイヤーを襲うプレイヤーが、時折現れると報告もある」
「えぇっ!」
な、なんて姑息なの……。
でも、それなら確かに一万円を細かくしてもらった方が良いかな。
「では、千円五枚、五千円一枚でお渡ししますわね?」
「あ、ううん。千円十枚で……」
「分かりましたわ。……そうそう、シアさん、お財布は必ず買ってくださいね? 忘れる方が多いのですが、お財布に収納しないと腰のポシェットにジャラジャラ入れて『あ、こいつお金持ってる!』ってすぐにバレてしまいますの。盗賊やならず者が多いので、必須アイテムと覚えておいてください」
「! ち、治安悪いの?」
「クエスト用にうろついているんだよ。いるからには当然悪事を働かないといけないだろう? 彼らも仕事なんだ。まあ、金さえ渡せば命は取らないよ」
なるほど〜……。
財布、財布ね! 覚えたわ。
「こちらです」
と、フローラさんが布の袋に入ったお金を渡してきた。
他に入れるところもないし、ポシェットに入れる。
立ち上がって歩くと確かに音が気になるな。
「それと、こちらが冒険者登録の書類です。お名前を書くだけになります。登録が終わりましたら冒険者用の通行証をお渡しします」
「は、はい」
紙を一枚手渡される。
名前を書く欄しかない小さな紙。
つ随するインクと羽ペン。
わあ、羽ペンだ。
本当に書けるのかなとドキドキしながらインクにつけて、紙に名前を書く。
あ、意外と書きやすい。
ボールペンみたい。
いや、仕様だろうけど。
「こちらが冒険者用の通行証です」
「ありがとうございます」
紙を皮製のタグのようなものに押し当てると、私が書いた名前がそれにスッ、と染み込んでいく。
すごい。
そして、そのタグを手渡された。
皮、に見えるけど違うな?
なんだろう、紙でもビニールでもないし……柔らかい。
「こちらの通行証は中央大陸の国なら一部を除きほとんど行く事が出来ますわ。行く事の出来ない一部はクエスト報酬で通行可能となる場所です」
「ふんふん……」
「アイテムボックスの貴重品にしまっておけば、自動で効果を発揮する。持ち歩く必要はない」
「アイテムボックス……」
ステータス画面、メニュー、アイテムボックス開示。
その貴重品欄……。
「えっと……」
「アイテムボックスを開いたら、モニターへアイテムをくっつけてみてください」
「こう? わあ!」
通行証をモニターへ当てがうと、スーと吸い込まれていく。
そして、貴重品欄に『通行証』が表示された。
い、入れ方こんななのか。
「大きい物とか動かせない物は?」
「指定して『収納』が可能ですわ。例えば大きなモンスターを倒したとして、倒したプレイヤーが触れれば『指定』した事になります。カーソルが表示されるので、そのまま収納すれば良いのです」
「分かった」
「『アイテム譲渡』、『アイテム販売』は『商人』の職業スキルとなります。『商人』は初期職『商人見習い』を選択すればなる事は可能ですが、まず『商品知識』『販売知識』のスキル練度を上げてスキルツリーを解放していかなければなる事が出来ません」
「へ? え、待って! それじゃあこの世界ですぐにお店を出した人も……」
「ええ、店舗を得てもお店はすぐに開けませんわ。まあ、店舗内の物も元より自分でまずは集めなければいけませんので……どのみちすぐには無理ですの」
「あ……あぁ……」
それ聞いて怒る人いない?
と聞くとふた通りだと言われる。
怒る元気もない人。
怒ってどこかへ行く人。
怒ってどこか行く人は、キャロラインの支援は得られないそうだ。
ハイル国王が笑顔で「そんな奴にキャリーの慈悲深い支援は不要だろう?」と言うから、まあ、ご愁傷様です、としか言えないわ。
町の人たちは基本的に初心者に優しいから、食べるのには困らないだろうとの事。
なんだかな。
「だから君みたいなプレイヤーは珍しい」
「私?」
「ああ。この世界に来るプレイヤーはやさぐれていると言うか……自分の事さえどうでも良いと考えている者がほとんどだ。自暴自棄になり、攻撃的な者も多い。現実の世界がどんな世界なのか我々は分からないが……話を聞くと大体は環境のせいでやさぐれてしまっている、という印象を受ける」
「…………」
「シアさんは相当冷静ですわ。元々頭がよろしいのでしょう。冷静な判断力。冒険者向きと言えば向いていると思いますわ」
「そうだな。もう少し成長したら、支援の方にも回る事も出来そうなぐらい…………うん、フローラ、ルーズベルトに連絡を」
「! かしこまりました」
「まあ、よろしいのですか?」
「?」
ハイル国王がフローラさんに指示する。
誰だろう?
「あ、ルーズベルトさんはプレイヤーさんですわ。『騎士見習い』に就職しております」
なるほど、楽してスキルを覚えて安定職に就いた人ね。
そんな人をなんで呼び出したの?
「町にいる間は彼と行動するといい。一人よりは安全なはずだ。それと、彼と一緒に買い物について学んできてほしい!」
「…………」
…………なるほど?
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