第081戦:思ひ絶えせぬ 花の上かな

 学園祭に向け、本格的に校内全体で準備が進められる中――……。



「できた、できた、完成よーっ!!」

と、満面の笑みを浮かべさせた宮夜がスキップをしながら、鼻歌混じりで教室の中へと入って来た。


 彼女は手にしている布を、ぱあっと広げさせ。



「見て、見て! コンテスト用の衣装が完成したわ! 自画自賛だけど、自信作よ!

 それで、天正くんはどこ? 試着して欲しいんだけど」


「牡丹ならここに……」



「いるけど」と、竹郎は続けようとするも。ふと顔を脇に向けると、そこには何もなく。その代わり、少し離れた所でこそこそと、忍び足で移動している牡丹の姿があった。


 けれど、気付かれたと分かった途端。牡丹は急に速度を上げて走り出すも、その矢先。



「お前って、本当に学習しないよな……」



 萩が咄嗟に出した足に躓き。見事バランスを崩した牡丹は、そのまま顔面から床へと盛大に突っ込んだ。



「ナイス、足利くん! あとは明史蕗、お願い――!」


「オッケー!」



 任せてと言うと同時、明史蕗が大きく宮夜の横から飛び出し。


 その直後、

「ギャーッ!!?」

と悲痛の音が、教室中に響き渡った。






 閑話休題。






「きっ……、きっ……、」



 一呼吸置き、

「キャーッ!!」

と、宮夜の口からびんびんと、周りの女生徒のそれより一際甲高い音が発せられる。


 その原因は、全身を純白に包んだ一人の人物にあり。椅子に腰を掛けているその儚げな像は――、いや、屍みたく魂の抜け切っている牡丹は、ベールの下から虚ろな瞳を揺らし。床ばかりを無意味にも見つめ続ける。


 明史蕗から羽根折り顔面締めを食らわされた牡丹が折れるまで、そう時間は掛からず。幼き日のトラウマが蘇る傍ら、言われるがまま無理矢理着替えさせられ現在に至る。


 未だに茫然自失している牡丹を余所に、宮夜は目を燦爛と輝かせ。



「キャー、キャー、キャーッ!! 元々顔立ちは女の子っぽかったけど、こうやってウィッグを被ると、どこからどう見ても女の子にしか見えないわね。

 天正くん、どう? きつくない? ……うん、サイズはぴったりみたいね。良かった、手直しせずに済んで。

 それじゃあ、次は足利くんね。サイズが合っているか確かめたいから、着替えて来て。はい、これが衣装よ」


「衣装って……。まさか俺も女装するのか!?」


「ううん、女装じゃないわよ。エスコート役は、出場者の引き立て役だって言ったでしょう。二人して女装したら、本命が目立たなくなっちゃうじゃない。

 けど、一緒にステージに上がるんだから、それ相当の格好はしないとでしょう?」



「早く着替えて来てよ」と、宮夜に急かされ。萩は気怠そうに手渡された衣装を抱え、教室を後にする。


 その背中を恨めしさと羨ましさの混ざり合った視線で見送りながらも、漸く意識を取り戻した牡丹は口を尖らせ。



「ていうか、どうしてウエディングドレスなんだよ。選りにも選って、こんなぴらぴらな。

 でも、ウエディングドレスにしてはデザインが少し奇抜なような……」


「あっ、分かった? 天正くんには、ベリーちゃんのコスプレをしてもらおうと思ってね。

 この女装コンテストって、クラス企画の宣伝も兼ねているの。ベリーちゃんならみんなが知っているからインパクトあるし、それに、この純白のドレスなら目立つこと間違いなしでしょう?

 ……って、あれ。もしかして知らない? 『純愛戦士 ウエディング・ベリー』のヒロイン、ベリーちゃん」


「はあ……? えっと、なに? ウエディング……」


「ウエディング・ベリーよ、ウエディング・ベリー。私達が子供の頃にやっていたアニメじゃない」


「いや、知らないんだけど……」



 ぐにゃりと眉を曲げさせる牡丹に、宮夜はやや大袈裟に。



「えー、うそー。本当に知らないの?

 ウエディング・ベリーと言えば、主人公・愛野いちごちゃんが妖精ツッキーから授かったエンゲージ・リングを使って純愛戦士ウエディング・ベリーに変身し、世界の愛と平和を守る為、悪の組織ディヴォルスと戦う変身バトルヒロインアニメよ。

 みんなは知っているわよね? ウエディング・ベリー」


「ええ、勿論。好きだったなー、ベリーちゃん」


「私も、私も! この変身コスチューム、今見ても可愛いよね。懐かしいなあ」


「うん、うん。やっぱり憧れちゃうよね、ウエディングドレスって」



 女生徒達は一層と、きゃあきゃあと声を上げて騒ぎ出すものの。その輪の中心で、牡丹は一人、ぐにゃりと顔を歪ませるばかりだ。



「女の子なら、みんなベリーに憧れたものよ。やっぱりウエディングドレスは、女の子の夢よねえ……」


「女の子の夢ねえ。それを男の俺に押し付けるなよな。

 それにしても、変身コスチュームってことは、この格好で戦うのか? 歩くのでさえ一苦労なのに、本当にこんな姿で戦えるのかよ?」


「ああ、それなら大丈夫よ。このコスチュームは敵に止めを刺す、大技を放つ時のコスチュームだから。

 ちなみにこれがお色直し前のバトルモードなんだけど、もしかして、こっちの方が良かった?」



 そう問いながら、宮夜は牡丹にスマホの画像を見せる。


 成程。今着ている正統派なデザインとは異なり、スカートの丈は短く肩も大きく出ていて機能的な分、肌の露出も多い訳で……。


 そっちのデザインでなくて本当に良かったと。そう思いながらも結構だと、牡丹は即座に断った。



「それから、はい」


「はいって、何これ?」


「何って、武器のステッキに決まっているじゃない。変身ヒロイン物には、付き物でしょう?

 しかもこれ、子供の頃に買ってもらった物なんだけど、まだ使えるの。ここのボタンを押すと、ちゃんと音声も流れるんだから」



 宮夜に促され、牡丹は試しにボタンを押してみると、

『本日は大安吉日婚約日和! そんなおめでたい日に水を差すなんて、たとえ神様が許しても、このウエディング・ベリーが許さないわ。さあ、私とエンゲージしましょう♡』

と、おそらく決め台詞なのだろう。機械的なソプラノボイスが流れ出した。



「随分と長い決め台詞だな。それに、このステッキもハートやリボンがあしらわれていて一見可愛いデザインだけど、ステッキと言うより剣に近いような……」


「そのステッキは、ほら。ケーキカット用のナイフがモチーフだから。

 それにしても。本当、想像以上のできよねー。男なんて私の対象外だけど、その可愛さなら特別に許すわ!」



 きゃあきゃあと、宮夜は一際燥ぎながら。一体どこに隠し持っていたのだろう。徐に一眼レフカメラを構え、牡丹を被写体にパシャパシャと写真を撮り出す。



「ひいいっ!?? ちょっ、止めっ……。

 なんでカメラなんて持っているんだよっ!?」


「そんなの、こうやって写真を撮る為に決まっているじゃない。天正くんってば、おかしなこと訊くのねー」


「そういう意味じゃなくて! だから、撮るなって言っているだろう!」



 牡丹の必死の要求も虚しく、宮夜はそれをさらりと躱し。一向に写真を撮り続ける。



「ねえ、宮夜。あとで写真の焼き増しお願いね」


「私の分もよろしくー!

 でも、どうせならエスコート役の足利くんと一緒に撮りたいね……って、そう言えば足利くんは? まだ着替えているのかな?」


「あっ。ねえ、ねえ、宮夜。足利くんの衣装って、もしかして牡丹くんがベリーちゃんだから……」


「ええ、そうよ。天正くんがベリーちゃんなら、エスコート役の足利くんは、勿論ベリーちゃんの思い人である……」



「誠司くんよ――!」という声に合わせ、タイミング良く教室の扉が開き。開かれた扉の隙間から、漸く萩が姿を見せる。


 牡丹と同じくベストにシャツ、ジャケットにパンツまで全身を白一色に染めた彼は相変わらず物臭そうに、膝丈まである裾を翻す。



「おい、どうしてタキシードなんか着ないといけないんだよ。すごく着苦しいんだが……」


「あっ、ちょっと。駄目よ、ネクタイを緩めたら。誠司くんは真面目な優等生タイプなんだから、ちゃんとかっちりとした格好でないと」


「はあ? 誠司くんって誰だよ?」


「だから、誠司くんはいちごちゃんの同級生で、片思いしている相手よ。

 ちなみにこの衣装は、悪堕ちした誠司くんが着ていたコスチュームなの。物語の終盤で、誠司くんは敵に洗脳されて、無理矢理仲間にされちゃうの。でも、ベリーちゃんの愛の力で見事洗脳は解かれ、最後の敵も倒して二人は晴れて恋人同士、そして行く末は結婚して――……ってラストじゃない。

 本当は学校の制服と迷ったんだけど、ベリーちゃんがウエディングドレスなら、やっぱりタキシードの方が映えると思ってね。それに、足利くんは背が高いから、フロックコートもよく似合うし見栄えして良かったわ」



 想像以上の作品を前に、すっかり酔い痴れ一人流暢にも語る宮夜に対し。萩は全く話に付いていけず、頭上にはいくつものクエスチョンマークが浮かんでいる。


 そんな彼と、牡丹は同じような表情をさせたまま。



「萩は知っているか? その、ウエディング・ベリーを」


「いいや、全然知らん。なんだ、それ。結婚式の演出か?」


「だよな。そんなアニメを知っているのなんて、女子だけじゃないのか?」


「えー、俺は覚えているけどな。いやあ、懐かしいなあ。ウエディング・ベリー」


「へえ、知っているんですか。さすがは梅吉兄さん、物知りだな……って、梅吉兄さん!? それに、桜文兄さんまで……」



「どうしてここに?」と、問うより先に。梅吉は、

「勿論、栞告ちゃんに会いに」

と。訊ねていないのに、彼女に抱き着きながら答えた。



「別に俺、訊いていないんですけど。ていうか、端から分かっていましたし」


「なんだよ。この流れはお約束だろう、お約束。

 いやあ、それにしても。我が弟ながら、なかなか似合っているな。けど、まさか牡丹も女装コンテストに出るとは思わなかったぜ。その格好、そうなんだろう?」


「俺だって、ちっとも出たくなんかなかったですよ。でも、籤で決まっちゃったから仕方なく……。

 で、梅吉兄さんは知っているんですか? ウエディング・ベリーを」


「ああ。だって俺、ごっこ遊びでよくやらされていたもん、誠司くんを。

 でも、女の子達がみんなしてベリー役をやりたがって、誠司くんを――俺を取り合っちゃってさ。その所為でウチの幼稚園では、ごっこ遊びは禁止されちゃったんだよなあ」


「へえ、兄さんらしいですね……って、桜文兄さん? どうかしましたか、ぼーっとして……」


「え……? ああ、うん、ごめん。大丈夫、ちょっと見惚れていただけだから」


「ぶっ!? 見惚れてたって……」


「うん。可愛いね、よく似合っていると思うよ」



 本人としては、全く悪気はないのだろう。へらへらとそう述べる兄に、牡丹は相変わらずだと。げんなりと顔を歪ませる。



「所で、桜文兄さんも知っているんですか? ウエディング・ベリーを」


「うん、覚えているよ。あれだよね、女の子がひらひらの服を着て戦うアニメだよね」


「まさか、桜文兄さんまで知っているなんて。なんか意外ですね」


「そうかなあ? まあ、妹が好きだったからね」


「妹って……」



(ふうん。あの菊も、こういう女の子らしい物が好きだったのか……。)



 それを聞き、可愛い所もあるもんだと。普段は生意気で意地っ張りで、ちっとも可愛げが感じられない妹に、牡丹は思わずほくそ笑む。


 けれど、それ故に素直に信じられず、また好奇心から詳しく話を聞こうと訊ねようとするも、その手前。



「おい、牡丹。その服、ちょっと脱げよ。栞告ちゃんに着せるからさ」


「へっ……?」


「ねえ、ねえ、栞告ちゃん。ちょっとこれ着てみてよ。本番前に、予行練習しようよー」


「えっ、へっ。ちょっ、ちょっと、梅吉兄さん!? うわっ。止めて下さい、こんな所で脱がさないで下さいよ!」



 じーっと牡丹の背中のチャックを勝手に開け出す梅吉に、彼は必死になって抵抗するが、しかし。兄は全く聞く耳を持たず、無理矢理ドレスを脱がそうとする。


 けれど、不意に廊下からどかどかと荒い足音が鳴り響き。ぴたりと止まったかと思いきや、扉が外側から大きく開かれ――。



「こらあっ、天正! 貴様、やはりこんな所でさぼりおって……!」



 そう怒声を発しながら。どかどかと大きな足音を踏み立て、顔を真っ赤に染めた穂北が中へと入って来た。



「資材を取りに行った切り、ちっとも戻って来ないと思いきや。まさか天正三男まで、一緒にさぼりおって……。

 おい、三男! ちゃんと次男を見張っているよう言っただろうが、一緒になってさぼってどうする!」


「だって、梅吉ってば、一人で勝手にふらふら行っちゃうから。それで、気付いたらここにいたんだよ」


「そうならないよう、ちゃんと見張っていろと言ったんだろうが! 大人しく好き勝手に歩き回させてどうする!? なんの為の見張りだ、全く意味がないだろうが! 本当に、この兄弟は揃いも揃って……。

 おい、天正次男。何をしている、早く教室に戻るぞ」


「いやあ、それが俺と栞告ちゃん、今から結婚式の予行練習をするからさあ。直ぐには戻れないんだよな。

 ほら、牡丹。栞告ちゃんに着せるから、早く脱いだ、脱いだ」


「ぎゃーっ!?? だから、こんな所で脱がさないで下さいってば!」


「おい、天正! 何をふざけたことを言っているんだ!? 時間がないと言っているだろうがっ!」



「いいから早くしろ!」と、梅吉はいつもの如く。すっかりご立腹の穂北に首根っこを掴まれ、ずるずると教室から強制的に撤退させられる。


 こうして一度は静寂を取り戻した教室も、直ぐにまた先程までの活気さを取り戻し。準備が進められていくが、牡丹は一人自身の姿を遠目から見回し。やるしかないかと諦める一方で、もうどうにでもなれと。


 宮夜から当日の流れについての説明を聞きながら、半ば自棄になっていた。

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