こいこい一本勝負! 第09戦:牡丹と芒、萩に藤~チルドレン・コンプレックス

 とある麗かな日曜日――。


 貴重な休みを返上し。牡丹は芒に連れられ、学校近くの森林公園へとやって来た。


 木々の道を通りバーベキュー広場に到着すると、辺りは既に賑わっており。芒の登場に気付いた女子児童達が、とことこと傍までやって来た。



「芒くん、おはよう。お兄さんも、おはようございます……って、あれ? いつものお兄さんじゃないの?」


「うん。今日は藤助お兄ちゃんじゃなくて、牡丹お兄ちゃんなんだ」


「ふうん、そうなんだ……」



 女の子達はもう一度、ちらりと一斉に牡丹の顔を眺め。



「なんだ、残念。いつものお兄さんは来ないんだ」


「本当。お兄さんが来るの、楽しみにしていたのに……」



「ねー」と、互いの顔を突き合わせながら。揃って甲高い音を上げると、彼女達は落胆しながらも去って行く。


 その小憎たらしい背中を見送りながら。



(悪かったな、藤助兄さんじゃなくて。)

と。牡丹はひっそりと心の内で呟くも。その矢先、またしても横から声が掛かる。



「あら、芒くん。今日はお兄ちゃん来ないの? 珍しいわねえ。いつも来てくれているのに……」


「いえ、来ていますよ。でも、今日は藤助お兄ちゃんの代わりに、牡丹お兄ちゃんなんです」



 お母さん方は、芒の傍らに立っている牡丹を眺め。



「あら、そうなの。芒くんは、お兄さんがたくさんいていいわねえ」



 おほほ……と口に手を当て、彼女達は一様に笑って誤魔化すも。顔には「残念」と、そうくっきりと書いてあり。


 牡丹はまたかと思う傍ら、悪かったですねと。もう一度、心の中で謝罪する。



「さっきからなんなんだよ。俺だって、好きで来た訳じゃないんだからな」


「まあ、まあ。牡丹お兄ちゃん、元気出して。仕方ないよ。相手は藤助お兄ちゃんだもん。

 それより、僕達のグループはこっちだよ」



 ぐいぐいと、芒に手を引っ張られ。ぶつぶつと愚痴を溢しながらも、牡丹は人で形成された歪な輪へと近付いて行く。


 けれど、不意に見知った顔が目に入り。つい勝手に口が開き。



「げっ、萩――!?」


「ん……?

 げっ、牡丹!?」


「どうしてお前がここにいるんだよ!?」


「それはこっちの台詞だ!」


「俺は芒の付き添いだよ」


「俺だって、従弟の生芽いぶきの付き添いだ」


「従弟だって?」



 牡丹が首を傾げると同時、萩の後ろから、ひょいと一人の少年が姿を見せる。


 その年頃にしては背が高く、すらりと伸びた手足に、ちょこんと左目の下には泣き黒子があり。萩をそのまま幼くしたような容貌をしている。



「伯父さんが昨日の夜、ぎっくり腰になっちまって。それで動けないから、急遽代役を頼まれたんだよ。伯父さんには日頃世話になっているから、断る訳にもいかないし……。

 お前だって、何度か会ったことがあるだろう。なんだよ、忘れたのか?」


「そう言えば、見覚えがあるような、ないような……」


「あれ、牡丹だ。なんでお前がここにいるんだよ」


「それは……」


「ふうん。牡丹って、チビ芒の兄貴だったのか。世間って、狭いな。

 それにしても、牡丹も相変わらずチビだなあ」


「ああ。今、はっきりと思い出した……」



 ふるふると、勝手に震え出す拳をそのままに。ふんっと鼻息を荒くしている生芽を前に、牡丹は過去の記憶が鮮明に蘇り。



「そう言うお前は、相変わらず生意気だなあ。大体、人のことをチビチビ言うけど、生芽の方が俺よりチビじゃないか」


「へっへーんだ。俺はあと何年かしたら、萩兄ちゃんみたく大きくなるんだ。今でも十分クラスの中でも大きい方だし、チビ牡丹なんてあっという間に越しちゃうぜ」



 腰に手を当て、高笑いを上げる生芽に、牡丹は大人げなくも苛立ちを覚え。



「まさか、萩の従弟が芒の同級生だったなんて……」


「うん、僕も知らなかったよ。道理で萩お兄ちゃん、どこかで見たことがあるなあって思っていたんだよねえ」


「やーい、やーい、チビ芒! チビ芒! 兄弟揃って、チービ、チービ!」


「こらあっ、チビを馬鹿にするなーっ!!

 おい、芒。お前も黙っていないで、少しは言い返せよ」


「僕はいいよ。牡丹お兄ちゃんと違って、僕は他の部分が優れているから。背が低くてもそれくらい、十二分にカバーできるもん」



 けろりとした顔で述べる芒に、

「こいつのこういう所が嫌いなんだよっ……!」

と、生芽は悔しげに、その場で地団太を踏み出した。



「くそう、人のこと馬鹿にしやがって……。

 おい、芒。勝負だっ――! 今日こそお前に勝ってやる!」


「えー、嫌だよ。だって生芽くん、全然相手にならないんだもん」


「なんだとーっ!? そんなの、やってみないと分からないだろう!」


「分かるよ。だって、僕は誰にも負けないもん」



 にっこりと満面の笑みを浮かばせる芒に、生芽の神経は簡単にも逆撫でられ。彼はますます頬を大きく膨らませる。



「だったら……、だったら、代役だ! 萩兄ちゃんと牡丹、どっちが強いかで勝負だ!」


「代役って……。僕達の代わりに、牡丹お兄ちゃんと萩お兄ちゃんが対決するってこと?」


「ああ、そうだ。お前、いつも言ってるじゃん。兄ちゃん達はすごいって。それってつまり、お前の兄貴である牡丹もすごいってことなんだろう?」


「うーん。牡丹お兄ちゃんは例外なんだけどなあ」


「なんだよ。もしかして、自信がないのか? ふうん。

 いつも兄ちゃん達はすごいって言っている癖に。なーんだ、本当はたいしたことないんだな」



 にたりと憎らしく白い歯を覗かせる生芽に、芒は珍しくもむっと眉間に皺を寄せ。



「そんなことないもん。牡丹お兄ちゃんだって、やる時はやるもん!」


「おい、さっきから黙って聞いていれば」



「いい加減にしろよ」と、牡丹は睨み合っている二人の間に割り入った。



「何を言い出すのかと思えば。ほら、バーベキュー、始めるって言っているぞ。二人もちゃんと準備を……」



「手伝え」と、牡丹が最後まで言い切る前に。突如、鈍い衝撃が襲い掛かり。彼は前のめりに、そのまま地面に突っ込むみたく倒れ込む。



「いっつう……。

 おい、いきなり何をするんだよ!」


「先に『ギブアップ』って言った方が負けだからな。

 それにしても、やっぱり牡丹は弱いじゃないか。チビ芒の嘘吐きー!」


「不意打ちなんて卑怯だよ! ただでさえ牡丹お兄ちゃんは、 隙だらけなのに」


「お前等なあ……!」



 揃いも揃って、勝手なことばかり言いやがって……! と。牡丹は背中の上で暴れている生芽に早く降りるよう促すも。その脇を、数人の男子児童が通り掛かり。



「おい、生芽。何をしているんだ? 楽しそうだな」


「おっ、丁度いい所に。お前達もちょっと手伝えよ」


「手伝うって、この兄ちゃんの上に乗ればいいのか?」


「はあっ!? おい、ちょってま……うげっ!?」



 静止の音も虚しく。どかどかと容赦なく増える重みに、牡丹は再び地面と睨めっこをする羽目になる。



「はっはっはっ……! やっぱり牡丹は弱いなあ。萩兄ちゃんの方が、何百倍も強いぜ!」


「むう。……こうなったら、仕方ないよね」



 勝利を確信し、すっかり酔い痴れている生芽を眺めながら。そう呟くと同時、芒はぎんっ! と瞳を鋭かせ。萩に狙いを定めるや否や、彼の足元へと入り込む。


 そして、

「とうっ!」

と、短い掛け声と共に萩の片足を払い除け。牡丹同様、一瞬の内に地面へと伏せさせた。



「ぶっ!? つう……。

 おい、このチビ! いきなり何をすんだ!」


「ねえ、生芽。ルールは先に、『ギブアップ』って言った方が負けだったよね?」


「あ、ああ……」



 萩の言い分をさらりと無視し。そう確認を取ると、芒はにこっと影を含む笑みを浮かばせ。



「キャメルクラッチー!」


「いだだだだだっ……! この、止めっ……!」


「おい、チビ芒! プロレス技を掛けるなんて、卑怯だぞ!」


「それを言うなら、先に仕掛けた生芽くんの方でしょう。その上、そんなに大人数を携えて。

 牡丹お兄ちゃん、絶対に負けちゃ駄目だからね!」


「萩兄ちゃん、チビ芒なんかに負けるなよーっ!」



(コイツ等……!)



 やんや、やんやと、当人達を置き去りに。好き勝手に外野から声援が飛ぶものの、しかし。


 突然、

「こらっ!」

と、一つの叱責が響き渡り。漸くその場はぴたりと停止した。


 声のした方に顔を向けると、そこには、

「あっ……、藤助お兄ちゃんだ! お兄ちゃん!」



「もう、芒ってば。プロレスごっこは桜文以外とはしちゃ駄目だって言っているだろう」



 いつの間にか、藤助が立っており。彼はひょいと萩の上に跨っていた芒を抱き上げる。



「藤助兄さん! どうしてここに……。具合は大丈夫なんですか?」


「ああ、それならもう平気。昨日、一日中寝ていたから。反って寝過ぎて、身体を動かしたい気分でさ。

 それより、二人とも大丈夫? 思った通り、すっかり遊ばれちゃって……」


「ええ、まあ。なんとか……って、おい、生芽。お前達も早く下りろよ。重いだろう」


「なんだよ。勝負はまだ着いていないだろう。下りて欲しかったら、『ギブアップ!』って言うんだな」


「この、ガキっ……!」



 ゆさゆさと牡丹の上で執拗にも暴れる生芽達に、相変わらず牡丹は手を焼き続けるも。


「ほら、みんなも。遊ぶのはもうおしまい。ちゃんとお手伝いしないと、ご飯食べられないよ」

と、藤助が一言。


 注意すると、生芽は口を尖らせながらも漸く腰を上げ。牡丹の上から退いた。



「ふう、やっと解放された……。

 藤助兄さんが来てくれて助かりました」


「牡丹ってば、すっかり玩具にされちゃって。この年頃の男の子は、元気が有り余っているからね」



 まだ始まってもいないのに、既に疲れ果てている牡丹に。藤助は、くすくすと小さく笑い出す。


 なかなか言うことを聞かない子供達を簡単にも捌いてしまう兄に牡丹は感心を寄せていると、不意に「あら」と、甲高い音が鼓膜を震わせ。



「藤助くん、やっぱり来たのね」


「はい。済みません、遅れてしまって……」


「いいのよ、そんな。

 あっ、そう、そう。これ、お中元の余り物なんだけど、良かったらもらって。お煎餅なんだけど、ウチの子、あまり食べないから」


「あっ、藤助くん。これ、調味料の詰め合わせなんだけど、いるかしら? お中元でたくさん送られて来ちゃって、とても使い切れそうにはないのよねえ」



 気付けば周囲には、ママさん達が集まり出し。きゃあきゃあと、黄色い声が響き渡る。



「うわあ、こんなにたくさん……。いつも済みません、もらってばかりで。でも、本当にいいんですか?」


「いいのよ、そんな。気にしないで。どうせ家に置いておいても、邪魔なだけなんだから。ねえ」


「そう、そう。寧ろもらってもらった方がいいわよね。捨てちゃうのも勿体ないし」



 ご満悦なママさん達の輪の中心で。大量の収穫品にほくほくと、満面の笑みを浮かばせている四男を後目に。


 どこに行っても、天正家の勢力が及んでいるなと。そのことをより深く実感する牡丹であった。

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