第061戦:鳴きて去ぬなる 梅が下枝に
牡丹と萩、それぞれが己のプライドを懸けて熱い闘志を燃やす中。
そんなこんなで、球技大会当日――……。
「一回戦はリードだったからな」
いよいよ出番かと、梅吉は軽くストレッチをしながら。ちらりとコートの外側に集まっているギャラリーへと視線を向ける。
すると、
「天正先輩、頑張って下さーい!」
と、まだ試合が始まっていないにも関わらず、既にたくさんの人が押し寄せ。黄色い声援が飛び交っている。
その声の方目掛け、ひらひらと軽く手を振り返す梅吉だが、しかし。
「フレー、フレー、兄貴!」
と、今度は野太い声がその音を掻き消すように発せられ。出所と思わしき方に視線を向けると、何故かそこには学ランを着込んだガタイのいい男子生徒の集団が占めており。ドンドンッと、大太鼓の音まで鳴り響く始末である。
その一画に向け、梅吉は足を踏み締めながらも歩を進めさせ、そして。
「おい、そこ。ちょっと待て」
「ん……? ああ、梅吉の兄貴じゃないですか。お疲れ様です。あの、何か問題でも?」
「ああ、問題だ。大問題だ。お前達の野太い声の所為で、せっかくの女の子達の可愛い声援が全部掻き消されちまうだろうが」
「そう言われましても、俺達は桜文の兄貴を応援しているだけで……」
梅吉に因縁を付けられ。リーダー格だと思われる男を筆頭に、その集団は体格に似合わず揃って小さく縮み込む。
そんな彼等に、梅吉は追い打ちを掛けるよう更に詰め寄り。
「球技大会如きで、何を即席応援団まで用意しているんだ。大体、野郎に応援されて、喜ぶ男がいるとでも思うのか?
ほら、桜文。お前からも何か言ってやれよ」
「えっ、俺? そうだなあ。恥ずかしいし、できたら止めて欲しいかなって……」
遠慮がちに桜文が懇願するも、その意見は簡単にも弾き飛ばされてしまい。
「何を言っているんですか。兄貴は桜組のトップに降臨するお方です。そんな兄貴を応援するのは最早当然。恥ずかしがる必要など、どこにもありません!」
「いや、だから……」
「ああ、もう。仕方ねえなあ。
おい、お前達。俺は桜文の兄だぞ。お前等の兄貴の、そのまた兄の言うことを素直に聞けないのか?」
「いえ、そんなことは……」
「ありません」と、言い切るよりも前に。梅吉は、じろりとひと睨み利かせ。強制退場を言い渡す。
命じられた彼等は渋々、端の方へと引っ込み。揃いも揃って、しゅんと酷く肩を落とす。
「ったく、これだから体育会系は。見ているだけで、暑苦しいんだよ。
それにしても。お前も自分の舎弟くらい、いい加減ちゃんと言うことを聞かせろよな」
「だってアイツ等、人の話をちっとも聞かなくてさ」
「だから聞かせろと言っているんだろうが。でも、これで漸く落ち着いたな。
そう言えば、対戦相手はどこのクラスだ?」
「二年三組だって」
「二年三組? なんだ、牡丹のクラスじゃないか。と言うことは……」
梅吉は、ちらりと集まり出した敵チームの方に視線を向け。直ぐにもそちらに向かって走り出す。
そして、お目当ての人物を見つけるや否や。がばりと後ろから抱き着き。
「栞告ちゃん! やっぱりここにいた。そんな所で、何してるの?」
「ひゃあっ、先輩っ!? 何って、えっと、これからクラスの試合があるので、みんなで応援する所で……」
「それは知ってるよ。だって、対戦相手は俺のクラスだもん。
そうじゃなくて、栞告ちゃんはこっち。俺のクラスの応援をするの」
「えっ? でも……」
梅吉がぐいと腕を引っ張るも、栞告の足は止まったままで。その場から動こうとはしない。
「栞告ちゃん? ……栞告ちゃんは、俺よりクラスの応援をするの?」
「えっと、それは……」
薄らと眉間に皺を寄せる梅吉に、栞告は言葉を濁し。うようよと視線を泳がせる。
いつまでも二の句を告げずただ立ち尽くす栞告であったが、そんな彼女の後ろからひょいと明史蕗が現れ。
「先輩ってば、駄目ですよ。栞告はウチのクラスの応援をするんですから。自分のクラスの応援をするのは当然です。なので、栞告のことは諦めて早く持ち場に戻って下さい。先輩は選手ですよね?」
そう口早に述べると明史蕗は、梅吉に向かい、べーっと真っ赤な舌を突き出した。
が、それで梅吉が素直に折れる訳もなく。
「別にいいじゃん。一人くらい欠けたって」
「そう言う訳にはいきません。私だって本当は、道松先輩の応援をしたいんです。他の子達だってそうです。でも、みんな我慢して、クラスの冴えない男共の応援を仕方なくしているんですから」
「仕方なくねえ。応援って、嫌々するものじゃないと思うけどなあ。それに、みんなが我慢しているのなら、みんなで我慢しなきゃいいだけの話だよね」
梅吉は、一度そこで言葉を区切らせ。それから女生徒の方に向け、営業スマイルを浮かばせながら一言。
「栞告ちゃんだけじゃなくて、みんなが応援してくれたら嬉しいな」
刹那、周りにいた女生徒達は、一斉に敵チーム――梅吉のクラスのコート側へと移動した。
「ちょっと、みんな! クラスの応援はどうするのよ!?」
「それなら明史蕗一人でお願い」
「やっぱり食べられるか分からない焼肉より、目の前の先輩よねー」
キャッキャ、キャッキャと甲高い音を上げながら、その集団は徐々に遠ざかって行き。ぽつんと一人、明史蕗だけがその場に取り残されてしまう。
その原因を作り出した梅吉目掛け、彼女はじろりと眉を吊り上げさせ。
「先輩、よくもやってくれましたねっ……!」
「明史蕗ちゃんってば、人聞きが悪いなあ。別に俺は何もやっていないよ。ただ本当のことを言っただけさ」
これなら文句は言えないだろうと得意気な笑みを浮かばせる梅吉に、明史蕗の神経はますます逆撫でられ。バチバチと彼女の瞳から一方的に激しい火花が放たれている中、栞告が二人の間に割り入った。
「あの、先輩。やっぱり私も残ります。その、明史蕗ちゃん一人だけなんて、可哀想ですし……」
「栞告ちゃんってば、優しいんだから。
そうだなあ……。それじゃあ、こうしよう。明史蕗ちゃんには桜文を貸してあげるから」
「それならいいだろう?」と、いつの間に連れて来たのか。気付けば傍らには桜文がおり。
次の瞬間、彼の腕には明史蕗のそれが巻かれていた。
「仕方ないですね。先輩がそこまで言うなら、これで手を打ってあげましょう」
「交渉成立だな。そんじゃあ、桜文。あとは頼んだぞ」
「おい、梅吉。頼んだって、そんなこと言われてもなあ。俺も試合に出るんだけど……」
「え? ああ、そうか。そう言えば、そうだったな。お前に抜けられると困るしなあ。どうしたものか……って、おっ、丁度良い所に!」
目敏くも梅吉は瞳を光らせ、またしても咄嗟にその場から駆け出した。が、かと思えば、直ぐにも人を連れて戻って来て。
「桜文の代わりに道松を、特別に藤助もセットでどう? これなら文句ないでしょう」
「仕方ないですね。その条件で手を打ってあげますよ」
「ちょっと待て。お前等、一体何の話をしているんだ」
突然連れて来られた道松は、予想通り眉間に皺を刻ませており。話を聞くや、ますますその皺は色濃くなる。
「どうして俺がお前の役に立たねえとならないんだ。断る」
「まあ、まあ。要するに、ここで牡丹のクラスの応援をすればいいんでしょう? どうせ俺達の出番はこの試合の次で、それまで暇なんだし。それに……」
「この状況はなんだか可哀想だしなあ」と、横を見ながら。敵陣営との落差に同情を寄せた藤助の説得が続き。漸く道松も渋々ながら了承した。
「さすが藤助。頭の固いお兄ちゃんとは違って話が分かる。
それじゃあ、栞告ちゃんはこっち。特別席にご案内だ」
「えっ? 特別席って……」
「それは勿論、一番見易い所だよ」
そうすっかり上機嫌の梅吉に案内されたのは、選手用のベンチであり。栞告はそこにちょこんと半ば無理矢理に座らせられる。
こうして梅吉と明史蕗との契約は成立するも、そのお陰で二年三組陣営は、すっかり閑散とした空気を放っており――。
「おい。ウチのクラスの女子全員、敵に回ったぞ」
「これが格差社会というものか。世知辛い世の中だよな」
と、始まる前から既に勝敗の色は強く滲み出てしまっている。
やはり年頃の男子としては、女の子の応援は士気に大きく関わるものだと。誰もがしみじみと思い知らされている最中、しかし。一人だけ、萩が異論を唱え。
「別に女子の応援なんかいらないだろう。どうせアイツ等、いたって口煩いだけなんだ。寧ろ、いない方がプレーに集中できて、清々するぜ」
「うん、確かに……。言われてみれば、それもそうだな。
さっきの試合だって、天正先輩を応援している時みたいな、甲高い声なんか全然出ていなかったよな。どうせ応援されるなら、可愛い声でされたいもんな」
「そうだな、嫌々応援されてもなあ……。なんだよ。足利も、偶には良いことを言うじゃないか。
よーし、裏切り者の女子抜きで、俺達だけで総合優勝して焼肉打ち上げだ!」
「絶対に勝つぞーっ!!」と、男達の間で一層と団結が深まるも。
それはそれで虚しくないか? と、異様な熱を帯びている空気に対し。竹郎は一人、冷静に状況を分析した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます