第025戦:人をへだつる 心と答へよ
前回、『幸せ家族策略』という、視聴者参加型のバラエティ番組の出場権に当選し。賞金総額百万円獲得を目指し、奮闘している天正一家。
一回目のチャレンジは、藤助の手により無事に成功。残りは彼を除くあと七人が、番組が用意したゲームにクリアできれば見事賞品獲得となるのだが……。
「さて、天正家の続いてのチャレンジは、瓦割りです! 五分以内にこちらに用意された瓦を割っていき、二十枚全て割ることができればチャレンジ成功です!」
「ふむ、瓦割りか。力仕事と言えば、ここは勿論桜文だな」
「頼んだぞ」と、梅吉は得意気に。桜文の背中をどんと叩いた。
「ああ、分かった。でも……。
あの、一枚ずつ割るのは面倒なので、一気に割ってもいいですか?」
「へっ、一気にって……。二十枚全部ですか? それは構いませんが、万が一怪我をされても、当番組で責任を負うことは……」
「それなら大丈夫です。コイツ、丈夫なのが取り柄みたいなもんなので」
「はあ、そうですか……。
それでは、瓦を設置し直した所で。天正家の二回目のチャレンジスタートです」
そのアナウンスと同時、ガッシャアンッ……!!! と甲高い音がスタジオ中に鳴り響いた。問題の瓦の束は一番下の一枚まで、全て真っ二つに割れており。
「に、二十枚全部割れています……。チャレンジ、成功です……!」
わっと沸き起こる歓声に、桜文は照れ隠しとばかり。薄らと赤く染まった頬を軽く掻いた。
「さすが桜文。一発で決めるとは」
「わーっ! やった、やったー! これでまた、サイクロン掃除機に近付いたぞ!」
「よし、この調子で一気に勝負を決めるぞ!」
と、天正家の一同は小さな盛り上がりを見せる。
「さて、続いてのチャレンジはルービックキューブです。このバラバラにされたキューブを五分以内に、六面全て同色に揃え直して下さい」
「それなら、ここは僕が」
「そうだな。菖蒲が適任か」
ぽんと、梅吉に背中を押され。菖蒲はスタジオの真ん中へと移動する。
開始の合図と共に、菖蒲はキューブを手に取り。くるくるとそれぞれの面を見渡すと、キューブを素早く回し出し……。
「できました」と、数秒後、台の上に戻した。
「えっ、もうですか? では、確認の方を……。
はい、六面全て揃っていますね。タイムは、番組新記録の十八秒です……」
「わーっ! やった、やったー!」
声を上げて喜ぶ藤助の傍らで、牡丹も感嘆の音ばかりを上げ。
「凄いな、菖蒲。よくあんな短時間でできたな。俺、ああいうパズルとか苦手だよ」
「CFOP法を使ったんです」
「シーエフ……、なんだっけ?」
「CFOP法です。ルービックキューブにはいくつか解法がありまして、その内の一つです。こういった方法を覚え、コツさえ掴めば誰でも簡単に早く揃えられますよ」
「へえ、そうなんだ」
なんだかよく分からないけど、凄いなと。ますます牡丹が感心する中。番組のスタッフ達が、不意にバタバタと裏で忙しなく動き回り出し。
「どうしたんですかね。なんだか急に裏方が騒がしくなったような……」
「ううむ……。どうやらあの噂は、本当だったみたいだな」
「えっ、噂って?」
「この番組の成功率は三割程度なんだが、その三割の家族も大体がこの番組のスタッフの関係者だという噂があってな。余程製作費をけちりたいんだろう。本物の視聴者から選ばれた家族のほとんどは、大抵は失敗に終わっているんだよ。あともう少しで賞品が手に入る所で、わざと難易度の高いゲームを用意してな」
「それでサクラには容易にクリアさせて、あたかも本当に賞品をあげているよう見せ掛けているんですね」
「そういうことだ。だから、俺達の前に挑戦していた家族も、あと一歩の所で失敗していただろう。番組側は、必死に攻防しているのさ」
番組の裏側を知り、不安ばかりが募っていくも。
それでも中継は続けられ――。
「それでは、次のチャレンジに移ります。続いてのゲームは、フラッシュ暗算です」
「フラッシュ暗算か……。そうだな。ここは芒だな」
「えっ、芒にやらせるんですか? フラッシュ暗算って、コンピュータの画面に出された数字を暗算で計算していくやつですよね。芒には少し難しくないですか?」
「なあに。見てなって」
些か心配を隠し切れない牡丹を余所に、芒は、「はあい!」と、元気な声で返事をし。ぴょこぴょこと飛び跳ねながらスタジオの真ん中へと移動する。
ぴょんと用意された椅子へと飛び乗り。
「はははっ、元気だね。ちょっと難しいと思うけど、大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だよ」
「それじゃあ、頑張ってね。問題は全部で十問。全て正解できればチャレンジ成功、一問でも間違えた時点で失格となります。
それでは、まずは一問目」
ぱっと、大きなスクリーンに数字が映し出され。ぱっ、ぱっと、比較的にゆっくりとした早さで画面が切り替わっていく。
「なんだ、思ったより簡単だな。これなら芒でもクリアできそうですね」
「はい、それでは芒くん。一問目の答えをお願いします」
「25!」
「はい、正解です。それでは、続いて二問目です」
「69!」
「はい、またまた正解。それでは、続いて三問目……」
と、問題が進むにつれ。表示される数字の桁数は増え、画面が切り替わる速度も徐々に上がっていくものの。芒は表情一つ変えることなく、さらりと答えていく。
「百十一、五百三、えっと、えっと……、ああ、もう分かんないやっ!
芒の奴、よくこんなの解けますね。俺なんてもう画面に映った数字さえ読み取れないのに……」
「こういうのは、芒の十八番だからな。それより、番組側もかなり躍起になっているな。
見ろよ、裏で出題問題を弄ってやがる。芒がただの小学生じゃないと分かった途端、難易度を上げて潰しに掛かってきているぜ。子供相手に大人気ないなあ」
やれやれと呆れた様子で溢す梅吉の言う通り、スタッフ達は陰でこそこそと手を尽くすものの……。
「543687634」
「9086875268」
「35791216038!」
一方の芒には、全く効果が見受けられず。その甲斐も虚しく、画面はとうとう真っ暗になった。
「ねえ、おじさん。今の問題で十問全部終わったよね」
「お、おじさんって……。ははっ、そうだね。全問正解、ゲームクリアです……」
にこにこと一抹の邪気もこもっていない笑みを浮かべる芒に、司会者は未だ目の前で繰り広げられた彼の偉業が信じられないのか。ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返し、半ば放心状態で答える。
そして、もう一人――。
「へへーっ。あのね、とっても簡単だったよ」
「さすが芒。よし、よし、良くやったぞ!」
がしがしと、梅吉に頭を撫でられる芒を眺めながら。
(そう言えば前に竹郎が、芒は天才小学生だって言っていたな……。)
牡丹はふと、そんなことを思い出した。
「さて、天正家の八人中四人が成功し、折り返し地点となりました。続いてのチャレンジは、スラックラインです」
「ええと、スラックラインって……?」
なんのことかと首を傾げる牡丹等を余所に、スタジオには機材が運ばれ。二本の柱の間に幅三センチ、長さ十五メートルくらいの細長いナイロン製のテープが、床から膝丈くらいの高さの所でぴんと真っ直ぐに張り渡される。
「スラックラインとはスポーツの一種で、要は綱渡りのことです。このラインの上を歩いて行き、向こう側まで渡り切れたらチャレンジ成功です。チャンスは三回、落ちてしまったらスタート地点からやり直しとなります」
「へえ、綱渡りか。なんだか難しそうだな」
「……私がやる」
「えっ、菊がやるのか?」
菊はこくんと小さく頷くと、そのまま前に進み出て。スタートの合図と共に、宙に張られたラインの上をすたすたと、まるで普通の地面の上を歩いているのと変わらぬ調子で進んで行き――。いとも容易く、反対側まで渡り切った。
特に何の盛り上がりを見せる暇もなく、楽々とクリアしてしまい。「もう少し愛想良くしろよ」と梅吉が声を掛けるが、やはりいつもの無愛想顔のまま。ふいと顔を背けさせた。
「はっ、ははっ……。またしてもあっさりとクリアされてしまいました。
では、続きまして、ガンシューティングゲームです」
その声に合わせ、今度は大きな機械がスタジオへと運ばれて来る。それは、ゲームセンターでよく見受けられるアーケードゲームだ。
「ステージは全部で三つ。全てクリアできればチャレンジ成功です。なお、このゲームはお二人での参加となります」
「二人か……。まだ参加していないのは、道松と梅吉、それと牡丹だよね。一人は……」
「勿論俺がいく」
と、藤助の言葉を遮り道松が名乗り出て。
「そんじゃあ、もう一人は俺で決まりだな」
「えっ……。梅吉兄さんがですか?」
「なんだよ。俺じゃあ不満なのか?」
「いえ。そういう訳では……」
牡丹が否定の声を上げるよりも先に、梅吉が話をまとめ。
「まあ、見てなって。なあに、お兄ちゃん達を信用しなさい」
そう言うと梅吉は、がしがしと不安げな表情をした牡丹の頭をやや乱暴に撫でた。
けれど、牡丹の不安が消えることはなく。
「あの、藤助兄さん。大丈夫なんですか?」
「大丈夫って、何が?」
「だってあの二人、仲が悪いじゃないですか。見て下さいよ、ほら」
「観覧席のお姉さん方、声援お願いしまーす!」
「
おい、梅吉。真面目にやれ!」
「なんだよ。黄色い声があった方が、番組も盛り上がるだろうに」
「何を馬鹿なことを言っているんだ。余計なことに構っている暇があれば、集中しろ!」
「……ほら。始まる前から、既に口喧嘩を始めていますよ」
「ああ、確かにね。でも……、なんだかんだ気が合うんだよなあ」
くすくすと小さな笑みを零しながら、藤助はふわりと頬を綻ばせる。
こうして牡丹の心配を他所に、ゲームは開始され……。
「はーはははっ! 楽勝、楽勝!」
「おい、梅吉。調子に乗るな。集中を乱すんじゃない」
「なあに、これくらい……。そういうお兄ちゃんこそ、背中がお留守だぜ?」
「ばーか。わざと空けておいたんだよ」
「へえ、本当だ。息ぴったり……」
牡丹の言う通り、二人は啀み合いながらも。最低限の弾数で正確に敵を射抜き、どんどんステージをクリアしていく。
「喧嘩しながら、よくあそこまで息を合わせられますね。それに、道松兄さんは分かりますが、梅吉兄さんまで上手いなんて……」
「そうだなあ。梅吉も弓道をやっているし、ゲーセンでもよく遊んでいるから。ああいう的当てゲームは得意だよ」
「そう言えば、そうでしたね……っと、もう最終ステージだ」
気付けばゲームは佳境に入り、ラスボスとの決戦になっていた。しかし、二人の勢いは留まることを知らず。ものの数分で、画面いっぱいに『GAME CLEAR!』の文字が表示された。
「全ステージクリア! チャレンジ成功です!」
「さすが射撃部と弓道部のエースですね」
「ははっ、まあな。これくらい朝飯前よ」
梅吉はすっかり得意気に、銃のトリガーに指を絡めてくるくると回す。
「よし、次でいよいよ最後だな! あとは牡丹、全てはお前に懸っているぞ」
「あの。さり気なくプレッシャーを掛けないでくれませんか?」
「なあに、大丈夫だって」
梅吉はけらけらと笑いながら、牡丹の背中を思い切り叩いた。
「さて、いよいよ次が最後のチャレンジです! 泣いても笑っても、これが最後。このゲームをクリアできれば、賞品は見事天正家のみなさんの物となります。
果たして、勝利の女神は彼等に微笑んでくれるのでしょうか!? それでは、天正家の最後のゲームはこちら、百人組手斬りです!」
「待て待て待ていっ!!」
「どうしたんだ、牡丹。そんな素っ頓狂な声なんか出して」
「無理ですよ、無理! 百人組手なんて絶対に無理です!
本当にこの番組の人達、俺達を勝たせる気なんて微塵もありませんよ!?」
絶対に無理だと牡丹は声を荒げ、全身を使って非難する。
「そんなこと言われてもなあ。無理でもなんでもやるしかないだろう。あと参加していないのは、牡丹だけなんだから。
なに、どうせ相手は番組側が急遽掻き集めた素人集団だ。得意の剣道でお前の右に出る奴なんていないだろうし、問題は人数だけだ」
「だから、その人数が問題なんですよ。大体、この番組、生放送なんですよね? 百人組手なんて、相当時間が掛かるじゃないですか。
三時間スペシャルってことは、六時から収録が始まってもう直ぐ九時だから、どちらにしても、もう番組が終了する時間なんじゃ……」
「ああ、その点なら大丈夫ですよ。みなさんのお陰で番組も大変盛り上がり、ツイットーのトレンドワードやインターネットの検索急上昇ワードに当番組のことが上がっていまして……。最高視聴率も出るのではないかと予想され、上からのGOサインで放送延長が決定しましたから」
「これで心置きなく臨めますね」と、けろりと述べる司会者に対し――。
数字の奴隷めっ……!! と、牡丹は心の中で思い切り叫んだ。
「百人組手なんて、絶対に無理ですよー……」
「おい、おい。やる前から簡単に諦めるな。
いいか、牡丹。物は考えようだ。一秒でも長く画面に映っていた方が、親父の目に留まる可能性も高まるだろう」
「それはそうですが、でも……」
「それに、ほら……」
「牡丹お兄ちゃん……!」
「牡丹……!」
「ひっ!? 芒に、藤助兄さん」
「あの目を見ながら、同じことが言えるのか?」
くいと、梅吉に身体を回され。芒と藤助の二人掛かりで、純粋無垢な瞳にじっと見つめられてしまい。
牡丹はやるしかないかと意を決すると、重たい足を引き摺るようにステージへと上がって行った。
「ルールは簡単。これから一人ずつ挑戦者に向かって攻撃していくので、竹刀で相手の身体のどこでもいいので当てて下さい。竹刀の先端には赤いインクが付いているので、それが当たったかどうかの目印となります。また、挑戦者は一度でも攻撃を受けたらその場で失格、チャレンジ失敗となります。
それでは、天正家の最後のチャレンジ、」
「スタートです!」という声に共に、早速一人目の刺客が牡丹目掛け突っ込んで来る。
牡丹は竹刀を握り締め、そして、相手の左肩目掛け思い切り突いた。すると、敵の着ていたシャツの肩の部分に赤い染みができると同時、次の刺客が間髪入れずに飛び出して来る。勢いを殺さぬまま、牡丹は奴の手元を打ち払い、竹刀諸共大きく弾き飛ばした。
天正家並びに番組のスタッフや観覧者達に見守られ。牡丹はペースを崩さぬよう、なるべく手短に敵の肢体に竹刀を当てていき。
「……四十八、四十九、よし、五十! あと半分だぞ、牡丹!」
「はあ、はあっ……」
「牡丹お兄ちゃん、頑張れー!」
「頑張れ、牡丹! お前ならできる!」
(できるって、そう簡単に言われても……。)
正直、いや、かなりきついと。敵の数も過半数を切るものの、まだ半分なのかと。
額から浮かんでは流れ出る汗を手の甲で拭いながらも、牡丹は倒しては次々と襲い掛かって来る敵と対峙し続ける。
「八十三、八十四、八十五、八十六……、」
「おい、ちょっと不味くないか?」
「うん。さすがに始めの頃と比べて、大分ペースが落ちてきているよね」
「……八十九、九十! 牡丹、あと十人だぞ!」
疲労に疲労が溜まり、牡丹の息は所々切れ。頭はちっとも働いておらず、ただ目の前に現れた人物を最早機械的に処理している。が、振る腕の力は小さく、足はよろよろと覚束なくて危なっかしいばかりで。
「牡丹お兄ちゃん、頑張れー!!」
「九十四、九十五……、ああっ、あと五人なのに……!」
「牡丹の奴、さすがに限界そうだぞ」
「もう見ていられないよ。ああっ、夢のサイクロン掃除機が……!」
「新品の射撃コート……!」
「釣り道具セット、欲しかったなあ」
「ノートパソコン、自腹で買いますか……」
「俺だってプロジェクターを手に入れて、ホームシアターを満喫する予定が……!
せっかくここまで扱ぎ付けたんだ。諦められるかよ……って、ん……、そうだっ!」
ぴんとなにやら閃くや、梅吉は息を思い切り吸い込み、そして――。
「あーっ! あんな所に、俺達の親父がーっ!!」
刹那――。
牡丹の動きが一瞬止まり。ぶるぶると、微弱にも肩が震え出す。
「なっ……、ななっ……、親父って……。ふっふっふっ……、この時をどんなに待ち望んでいたことか……。
今までの恨み、全てこの場で晴らしてやるぜ、馬鹿親父――!!」
そう叫ぶと同時、牡丹はゆらりと黒い影をまとった顔を揺らしながらも腕を大きく振り回し。瞬く間に残りの五人を一気に斬り付ける。ぱたりと鈍い音が、しんと静まり返ったスタジオ内に轟いた。
一拍の間を置き――。
「み……、見事百人斬りを成し遂げました……。
チャレンジ成功、天正家、賞品獲得です!!」
そのアナウンスを合図に、パーンッと甲高い音が鳴り響き。頭上から色とりどりの紙吹雪がひらひらと降って来た。
天正家一同、誰もがその紙の雨を被り喜びに浸るものの。けれど、一人だけ。その空気に染まらない人物がおり――。
「はあ、はあ、はっ……。
……やじ……、親父……、馬鹿親父はどこだっ!? 隠れていないで、さっさと出て来い!」
「へっ!? ちょっと、牡丹……?」
「どこだ、どこにいる!? 今日という今日こそ、積年の恨みをーっ!!」
「落ち着け、牡丹。さっきのは嘘だ」
「へ……? 嘘って……」
「悪い、悪い。いやあ、お前のやる気を出させようと思ってな。親父の名を出せば復活するんじゃないかと思ったが、予想通り的中だったぜ。お陰で効果抜群だっただろう?」
へらへらと一切の悪気もなく平然と述べる梅吉に、牡丹は絶句し。返す言葉も浮かばない。
紙吹雪が降り積もる中、牡丹は一人へなへなと。萎れた花みたく、いつまでもその場に座り込んだ。
✳︎✳︎✳︎
テレビの収録から、数日後――……。
「結局、いつまで経っても親父は出て来てくれねえなあ。今回の作戦は失敗したか」
残念だったなと梅吉は飄々とした声で告げるが、しかし。牡丹の口からは、「はあ」や「へえ」と、気の無い返事が返って来るばかりだ。
「おーい、牡丹? 聞いてるかー?」
「牡丹お兄ちゃんってば、この前からずっとこうなんだよね」
ぐいぐいと芒が牡丹の頬を引っ張るも、一切反応はなく。いくら抓っても、やはり放心状態を維持したままである。
「もう。梅吉があんな嘘を吐くからだろう」
「だってさあ。ああでも言わないと、クリアできなかっただろう」
「そもそもあんな映像を見せられたら、反って親父は出て来ないんじゃないか?」
「そうだよね。道松の言う通り、あれだけ敵意剥き出しにされていたら、父親だって名乗り出る度胸なんて。俺にはないな。寧ろ逆効果だったんじゃない?」
「親父の収穫はゼロだったが、でも、代わりに賞品がもらえて良かったじゃないか……って、そういう藤助も随分と湿気た面をしているじゃないか。せっかく夢にまで見たサイクロン掃除機が手に入ったっていうに」
「だってさあ……。見てよ、これ」
「なんだ、この段ボールの山は?」
「テレビを見た視聴者の人達が、なんだか色々と勘違いしたみたいで。俺達が相当生活に苦労していると思ったのか、お米とか野菜とかテレビ局宛てに送って来たらしくて……。
おまけに梅吉の言ったことも本気にして、ファンレターみたいな物まで届いているし」
「へえ、マジかよ。おっ、本当だ。全国津々浦々から来ているな。食料類は、取り敢えずもらって置けば?」
「それは、ちょっと……。やっぱり騙しているみたいで申し訳ないよ」
部屋の片隅に積み重ねられた段ボールの山を前に、藤助は顔を曇らせる。
そんな彼同様、親父との夢の再会はまだまだ先になりそうだと、問題の段ボールを薄ぼんやりと眺めながら。牡丹はあんなにも苦心したのにと、割に合わない収穫に乾いた息を吐き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます