第008戦:常磐なる 松の緑も 春くれば
今日も今日とて、勉学に励む学生達。
そんな彼等に吉報の如く、キーンコーンと終業を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「うーっ、終わったあー!!」
「終わった、終わったー!」と竹郎は、意気揚々と口遊む。そんな彼の様子を後ろの席から眺めていた牡丹は、呆れ顔を浮かべさせ。
「授業が終わったくらいではしゃいで。なにしに学校に来ているんだよ」
「なんだよー。華の男子高校生たる者、恋に青春、そして、昼飯を食いに来ているようなもんだろう。
なあ、牡丹。今日は部活休みなんだろう? 途中まで一緒に帰ろうぜ。俺も休みなんだ」
軽い足取りの竹郎に並び、牡丹も二つ返事で共に教室を後にする。
しかし、昇降口で靴を履き替え外に出ると、見覚えのある姿が目に入り。
「あっ。藤助兄さん」
「ん……? あれ、牡丹。もう帰るの?」
「はい。今日は部活が休みなんです」
「そうなんだ。
……あのさ、牡丹。実は、お願いがあるんだけど……」
「お願いですか?」
「うん、道松にスマホを返して来て欲しいんだ。俺、自分のを家に忘れちゃって借りたんだけど、返すのを忘れていて……。でも、これからスーパーのタイムセールにも行かないといけなくてさ」
「ええ、良いですよ。それくらい」
「本当? 助かったよ、ありがとう。道松なら射撃場にいると思うから。それじゃあ」
「頼んだぞ!」と藤助は口早に告げると、小走りでその場から駆けて行く。
残された牡丹は、忙しないその背中に軽く手を振り。
「藤助先輩、忙しそうだな」
「うん。タイムセールは藤助兄さんにとってライフワークというか、生き甲斐みたいなものだから」
今日も朝からチラシと睨めっこをして獲物を定めていたからなあと、牡丹はひっそりと後を続けさせる。
こうして、竹郎の案内に従い。牡丹は共に道松のいる射撃場へと向かい出す。
「ほら。ここが射撃場だよ」
「へえ、凄いな。射撃場って、初めて見たよ。高そうな機械がたくさんあるな。
それで、道松兄さんはどこだろう?」
入口の扉を少しだけ開け、その隙間からひょいと中を覗き込み。きょろきょろと室内を見渡すが、目当ての人物はなかなか見つからない。
すっかり道松探しに夢中になる二人だが、不意に後ろから、「おい」と声が掛かり。
「なんだ、お前等。そんな所で留まって。あっ。もしかして、入部希望者か?」
「あっ、いえ。俺達、入部希望じゃなくて……。あの、道松兄さんはいますか?」
「道松兄さん? ああ、君が噂の天正家の新入りくんか! へえ、ふうん。道松とは全然似ていないなあ……っと、悪い、悪い。道松だったよな?
おーい、道松。お前に客だ。弟が来てるぞー」
「俺に客だと? 弟って……、なんだ、牡丹か。何か用か?」
「はい。藤助兄さんに頼まれて、道松兄さんのスマホを届けに……」
「そうか。悪かったな、手間を取らせて。藤助も家に帰ってからで良かったのに」
「いえ、どうせ暇だったので。それにしても、射撃部って随分とハイテクなんですね。想像していたイメージと違って、びっくりしました」
「そうだな。射撃といっても、ウチの学校はビームライフルが主流だからな。エアーライフルと違って実弾でなく光を使った射撃だから、資格や許可がいらないんだ。ほら、この可視光線銃で光を感知するあの的に向かって打つと、手元のこのモニターに的のどこに当たったかランプが付いて、点数が表示されるんだ。
なんだ、道松弟。射撃に興味があるのか?」
ずいと好奇に満ちた面を近付けさせる男子部員に、道松は制止の音を上げ。
「おい。コイツは既に剣道部員だ。勧誘なら諦めろ」
「ちぇっ、なんだ。道松の弟なら、お前同様良い腕をしていると思ったのになー。
でも、せっかく来たんだ。少し撃っていかないか?」
「えっ? でも俺、射撃なんてやったことありませんよ。それに、邪魔じゃないですか?」
「いいって、いいって。少しくらい大丈夫だから。それに、もしかしたら金の卵を見つけられるかもしれないからな。
あっ、そう、そう。遅くなったけど、俺は
陽斗と名乗った男子生徒は、牡丹本人を置き去りに、すっかり乗り気で。返事も聞かぬ内からうきうきと、早速準備に取り掛かっている。
「あのさ、竹郎。なんだかすっかり断り辛い雰囲気になっちゃったんだけど……」
「上野先輩もああ言っているんだ。せっかくだから、体験させてもらえば? 俺はその間、取材しているからさ」
そう述べると竹郎は、『取材ノート』と書かれた小さなノートとボールペンを手に、すっかり仕事モードに入っていた。陽斗の説明を熱心に聞きながらメモを取る彼の姿に、さすがは新聞部だなと、牡丹は感心を寄せる。
「おい、牡丹。お前の友人、メモまで取っているが、射撃部に入るつもりなのか?」
「いえ。アイツ、勉強は嫌いなんですけど、こういう雑学的な知識を得るのは好きなんですよ。情報収集が趣味なんです」
「……とまあ、ざっくり説明したけど、大体こんな感じかな。百聞は一見にしかずって言うし。取り敢えず、気負わずに軽い気持ちで撃ってみれば良いからさ」
陽斗から一通り説明を受け、牡丹は十メートル先の小さな的目掛け銃を構えるが。
「うっ……。銃って、結構重いんですね」
「そうだな。四、五キロくらいあるからな」
予想もしていなかった重力に牡丹は銃を構え直すと、すうと息を吸い込み、吐き出させ。ゆっくりと引き金へと指を掛ける。
狙いを定め――、バシュウンッ! と、機械的な銃声が鳴り響き。
「おおっ、九点か! へえ、なかなか良い腕をしているじゃないか」
やんや、やんやと陽斗が囃す中、牡丹は銃を下ろし。
「ふう、緊張した……」
「いやあ、上出来、上出来! さすがはエースの弟だな」
「何を言っているんだ。これしきのことで大騒ぎして……」
「まーた道松は……。初めてでこれくらいできれば上等だろう? それに、射撃用のジャケットも着ていないんだ。そんなに言うなら手本を見せてやれよ、お兄ちゃん」
「お兄ちゃんって言うな」
「仕方ねえなあ……」と、道松は気怠げな声を出すが。いざ銃を構えると、途端に辺りの空気が一変し。一瞬で、緊迫とした空気が立ち込める。
深い沈黙の後、静かに指に掛けられたトリガーが引かれ――。
一発の銃声が、室内中に重く響き渡る。
「すごい、真ん中に命中している……!」
牡丹はモニターを眺め、きらきらと瞳を輝かせる。ランプは見事的の中心で点滅し、点数は『十.九』と表示されている。
「はい、はい。相変わらず凄いですね。さすがはエースの道松さんだ。ちなみに、十.九が最高点なんだ」
「へえ、そうなんですか。道松兄さんって、本当に凄いんですね」
すっかり興奮している牡丹の傍ら。一方の道松は、変わらぬ表情で。「これくらい、朝飯前だ」と、ぶっきらぼうに。髪を掻き上げながら、さらりと流した。
✳︎✳︎✳︎
いつの間にか、すっかりと日は暮れており――。
「今日は悪かったな。部の奴等が散々付き合わせて」
「いえ、そんなことないですよ。射撃なんて滅多にできない経験ができて、俺も楽しかったですし」
済まなそうな声を出す道松に、牡丹はぶんぶんと大きく手を振る。
その後も牡丹は丁寧に指導してくれる陽斗の熱意に負けてしまい、気付けば下校時刻まで撃ち込んでいた。
「でも、なんだかとっても疲れました」
「射撃は体力に精神力、それに、集中力をかなり使うからな。見た目は地味かもしれないが、忍耐のいる競技だ」
「ははっ、確かにそうですね。所で、道松兄さんはどうして射撃部に入ったんですか?」
「なんだよ、唐突だな……」
「そうですか? だって、射撃部って珍しいじゃないですか。俺の前にいた学校にはありませんでしたし」
「そうだな……。慣れ親しんでいたからだろうか」
「慣れ親しんでいた? 親しんでいたって、銃にですか?」
「ああ」
「それ以外に何があるんだ」と。言いたげな顔で、道松は牡丹を見返す。
その一方で、銃に慣れ親しむとはどういう環境であったのだろうと。牡丹は疑問を抱かずにはいられず。
しかし、その間にも家に到着してしまい。話はそこで区切れ、二人は玄関の戸を開け中へと入る。
「ただいまー。はあ、お腹空いたあ……」
「二人とも、おかえり。もう直ぐ用意できるから、もうちょっと待って。
あっ、牡丹。お遣いありがとう。お陰で今日は、奮発して焼肉だ。それにしても、珍しいな。道松と牡丹が一緒なんて」
「はい。道松兄さんにスマホを届けた後、射撃部の体験をさせてもらっていたんです」
「へえ、そうだったんだ。ふうん、道松がねえ……。ちゃんと面倒見てあげたんだ」
「なんだよ、その目は」
「別にー。ただ、珍しいと思っただけ。その調子で芒の面倒も見てくれたらいいんだけど」
「ははっ……。でも、実際に面倒を見てくれたのは、ほとんど陽斗さんで。道松兄さんは……」
「なんだ。やっぱりそうだったんだ」
「なんだよ。悪かったな、面倒見の良い兄貴じゃなくて」
そうだろうと思っていたよと、藤助は決して口には出さないものの。顔にははっきりと書いてあり。己の信用のなさに、道松はむすりと眉間に皺を寄せた。
すっかり不機嫌な彼を余所に、食卓の準備も整い。いざ食べようと誰もが箸を手にした瞬間。ピンポーンと、甲高い音が響き渡る。
「こんな時間に誰だろう? 宅配便かな」
「僕、出るよ」
芒はぴょんと椅子から飛び降りると、とたとたと足音を鳴らして玄関へと向かい。かと思いきや、直ぐにもまたリビングへと戻って来た。
「道松お兄ちゃん。お兄ちゃんにお客様だよ」
「俺に客だと? 一体誰だよ」
道松は怪訝な面を浮かばせながらも椅子から立ち上がり。芒の脇を通ってリビングを出ようとしたが、その刹那――。
彼は上半身に強い衝撃を受け、そのまま後ろへと大きく吹き飛んだ。
突然の地響きに、牡丹等も一斉に椅子から立ち上がり。音のした方に視線を向けると、そこには床に背を付け寝転がる道松と、そんな彼にまとわり付いている見知らぬ女性の姿があった。
すっかり目を回している道松には一向に構わず、彼女は一層と道松の胸板へと顔を埋めさせ。
「お会いしたかったですわ、道松様……!」
うっとりとした表情で、そう呟いた。
突然の来訪者に加え、突然の事態に、誰の思考も付いていけず。牡丹並びに天正家一同は、箸を掴んだまま。ただぽかんと揃って間抜け面を浮かべさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます