第19話 火酒亭(改稿済)


 ギルドを出る前、リーリンについでだと無料で渡された『シュメールの歩き方』という情報誌を片手に、俺は皆を連れ目的地である火酒亭へ向かっていた。


 情報誌に書いてあった内容を簡単にまとめるとこうなる。 


・魔導王朝シュメール、その城下町であるここ首都ジグダート。

 その10キロ東には、国防の鍵となる城塞都市アッシャールが存在する。

・英雄育成を行っているのはアッシャールの方である。 


 爺さんから貰った地図は、結構ザックリしたモノだったらしい。

 まぁそりゃそうか、国名は書いてあっても村とか街の名前は記入されてなかったもんな。


 ……つまり無駄足だね。分かるとも! ……クソがぁッ!

 いや、リーリンとも知り合いになれたし就職できたし無駄ではない……か? うん、無駄ではないな! だってそう考えた方が気が楽だもんな! うん。

 

 ちなみに、今俺達がいる場所は平民区ってとこらしい。

 街と言われて、一般的に想像するであろう場所がここだ。

 要するに、都市住民の中でも平民だけを集めた区画というコトだ。


 何処からでも来れるように、東西南北に一つずつ道がある平民区の中心たる露店広場の中央には、精巧なつくりをした壷から水を流す美しい女性の石像がある。

 そこは昼特有の活気に満ち満ちており、威勢良く道行く人々を呼び止める声が聞こえてくる。


 年齢のいった夫人が商人と交渉しつつ良い食材を探し、肉の焼ける匂いに引き付けられた青年が、肉汁の垂れる串肉を購入している。

 様々な野菜や、調理済みの食料。

 そういった様々なモノが混じりあい、空気に匂いが付いている。


 そんな露店広場を尻目に、俺達は石畳で整備された広場を歩く。

 時折売り子に呼び止められるが、それを軽く手で断りを入れつつ人ごみを上手く掻き分け、迷いなくズンズンと進む。


 


 やがて広場の外れに出る頃、露店は途切れる。

 そこからはちゃんとした内装のある店が立ち並ぶ区画だ。


 そこそこの広さの通り。

 道にはわだちの跡に水溜りができ、太陽の光を反射している。

 足場自体はかなり悪いが、先程までの混雑ぶりと比べれば余程歩きやすい。

 人の流れが殆ど無いからだ。

 確かに店に入ったり出たりと、人はそこそこいる。

 すぐ前では馬を連れた品の良い老人が、店の主人であろう男と交渉している。

 ちょっと横を見渡せば、作業用の前掛けを着た数人の職人が荷物を運び込んでいたりもする。だが、それもちらほら程度。

 人でごった返しているような店は、俺の視界に入る限りでは発見できない。

 勿論これは、普通の店と食料品店の違い、そして時間帯の違いではあるのだが。


 そんな店の立ち並ぶ区画を、店名の記された看板ではなく、吊り下げられているロゴマークの記された看板を目印に宿を探す。

 別に字が読めないわけではないが、リーリンがイラストで教えてくれたからだ。

 

「お、厳つい爺さんの顔……アレだな。アレだよな?」

「はい、あそこで良いと思います。火酒亭って書いてありますし」

「まぁ、うん……そうなんだけどさ」


 ゴブ美ちゃんもこういうとこまだまだだよなぁ。

 雰囲気壊れんじゃんかよ……まぁ、いいけどさ。


「とりあえず、行くか」


 二段の階段を上がり、両手で西方扉を押し開ける。

 明り取りの窓が全て下ろされているためその室内は暗く、外の明るさに慣れた者なら一瞬暗闇に感じるだろう。

 

 

 

 室内は思ったより広い。

 テイムモンスター同伴許可っつー条件は加えたものの、新入社員に勧めて来るような宿だから安さ重視で質は良くないと予想していたんだが……。

 目測で幅15メートル、奥行き20メートルといった所か。


 1階は酒場になっている。

 奥にはカウンターがある。

 その後ろは二段ほどの棚が備え付けられ、何十本もの酒瓶が陳列している。

 さらに奥の扉を開けると、そこには調理場があるのだろう。

 何卓もある丸テーブルにそれぞれのイスが上げられ、現在が営業中ではないことを示唆している。

 酒場の隅には、途中で折れながら上に向かう階段がある。

 リーリンの話によると、2階、3階部分が宿屋という話だ。

 別に、違う人が経営している複合施設って訳ではなく、単にドワーフの爺さんが酒場を夜の間経営しているのだろう。




 そんな宿屋の奥から、1人の男が俺達を堂々と観察していた。


 手には今まで床を磨くのに使っていた薄汚れたモップ。

 くり上げ、露出した太い二の腕には獣とも刀剣とも予測の付かない傷跡が幾つも浮かび上がっていた。

 頭部は完全に剃られ、一本も髪は残っていない。

 しかし髭は立派に……というか放置しているのかもじゃもじゃに生えていて、清潔感は欠片も感じられない。

 アレはもはや髪の毛と言えるだろう。ってか、何年放置したらあぁなるんだ?

 顔立ちは精悍せいかんと野獣の中間地点に着陸している。

 そして顔にもやはり傷がある。


 宿の主人ってより傭兵とか山賊だな、こりゃ。

 どう言い繕ったって宿の主人には繋がらん。


「酒はまだ出さねぇぞ」


 髭に埋まった口から繰り出された、しゃがれた様なだみ声。

 アレ……喋る時口の中に髭入ったりしないかな、大丈夫? ってか、いつも飯どうやって食ってんだろう。

 あんなのが主人でお客さん来てくれんのかな……。

 汚いから嫌とか言われない? 次々と疑問――というより心配事は浮かんでくるが、一旦横に退けて、宿の予約を取る為声をかける。


「宿を貸して欲しいんだが。テイマーズギルドの受付嬢……リーリンに聞いたらここをお勧めされた、ここならテイムモンスターの同伴を許可してくれると」

「……ふむ、テイマーなのに儂が見ねぇ顔ってこたぁ新入りか」

「あぁ、そうだぜ」

「大部屋で1日5銅貨だ」


 主人はぶっきらぼうに言った。


「飯はキッシュと野菜のスープ、肉が欲しいなら追加で3銅貨だ。まぁ、キッシュの代わりに数日たったパンという可能性もあるが、な」


 にやり、と笑う主人。

 まぁ、飯は一回食ってから判断すれば良いから一旦置いておくが……


「出来れば4人部屋が良いんだが。仲間を危険にさらしたくない」


 大部屋って言うと、多分10人くらいが雑魚寝する感じだよな? ちょっと危険な気がする。ついさっきゴブ美ちゃん攫われかけたし。

 ベストはハルも一人分とした5人部屋だが、偶数はあっても奇数は無いだろう。


「……実を言うと、この街には儂んとこ以外にも2軒テイムモンスターの同伴を許可してくれる宿がある。なのに何故あの小娘が儂のとこに行けと言ったか分かるか?」

「……?」


 質問の意図が掴めず考えていると、主人の眉が危険な角度で釣りあがる。


「……ッチ、少しは考えやがれ! 年だけ無駄にとってんじゃねぇぞ!」


 腹の下から突き上げられるような怒声をかけられるが、俺は平然とした表情を崩さない。

 この程度で動じる程俺は打たれ弱くない。

 嫌なのに変わりはないけどな。


 ほう、と主人から感嘆の呼吸が微かに漏れた。


「……中々肝はわっているようだな。この宿屋を紹介した理由は、ここに泊まる大体が新人テイマーだからだ。同じ新人同士なら、顔見知りになればパーティーを組む可能性がある。要するに、仲間探しに俺の店がもってこいだからだ」


 ぎょろっ! と主人の目が動いた。


「個室で暮らしても構わないが、接点がなければ仲間はできんぞ。お前は現時点で既にいくらか仲間がいるようだが、それでも多い分に越したことは無い……。大部屋はある意味お前と同じような奴が多い。そういうところで顔を売るんだな。もう一度聞くぞ、大部屋か個室……どっちが良い?」


 ふむ……そういうことか。


「どっちがいい?」

「任せるヨ、僕は何処だろうと関係ないしネ」

「ふむ、お前らは?」

「ウィリアムさんに任せます」


 任せる……ね。

 それが一番困るんだがな。

 まぁ、女性陣も特に気にした様子は無いし、仲間をつくることに損は無いからな。


「んじゃ、大部屋で」

「ああ」


 当たり前だ。

 言葉には出さないが、そうとハッキリ分かる態度で主人は頷く。


「なら前払いだ」

「了解」


 無造作に懐に手を入れると、爺さんに貰った革袋を取り出し、その中から銀貨を1枚取り出す。そして主人のごつい手のひらに落とした。


 手の中に落ちた銀貨を、主人はそのままズボンのポケットに突っ込んだ。

 そして店の中を歩き、カウンターから95枚の銅貨と鍵を1つ取り出す。


「階段上がって、すぐ右の部屋だ。寝台に備え付けてある宝箱の中に荷物は入れろ。鍵はこいつだ。それと95枚、確かに渡したぞ」


 差し出した革袋に銅貨を1枚ずつ落とし、共に枚数を確認した後、俺が革袋を懐にしまうのを確認すると、次は鍵をてのひらに落とした。


「言わなくても分かると思うが、他人の宝箱には近づくな。勘違いでもされたら厄介ごとになるからな。その場合の喧嘩は止める気もしねぇ、腕がへし折られようがな。まぁ、顔を売りたいならそういう手もあるのは認めてやるさ、殺されはしないだろうからな。実力の証明って奴だ」


 主人は話は終わったと、背を向け俺達に手をひらひらと振りながら、モップを片手に店の奥へと入っていった。

 

「んじゃ、早速寝室見に行ってみるか」

「はい」


 




 昇った先は幾つもの窓が開けられているために日光が入り込み、1階とはまるで正反対な程明るかった。

 俺は昇った先のすぐ横手にあったドアノブを握り、回す。

 ぎしぎしと立て付けの悪さを見せ付けながら扉が開いていく。 



 そこには粗末な寝台が8つ置かれていた。

 鎧戸が開けられているために、直接外気と日光が入り込んでくる。


 寝台は木製で、その上に薄く藁が敷かれている。

 敷布団代わりに藁が敷かれているのは、虫が付きにくくするためと、使ったらすぐに捨てるためだろう。

 この辺りでは麦が生産物の主となっていると情報誌に書いてあったし、さほど藁の入手には手間取らないはずだ。


 そしてその藁の上にシーツだ。

 シーツも、白よりは汚れが付いてもそれほど目立たないであろう灰色じみたもので編まれている。

 それに手を滑らし、感触を確かめる。

 ざらざらとした感触、恐らくは麻だろう。


 床には、そんな寝台からこぼれた藁が何本も落ちていた。


 そんな部屋の8つある寝台の内、5つの宝箱は蓋がしっかりと閉まっている。


「ん? おい、ちょっと待て……ここ既に5人泊ってんのか? 俺達は五人だぞ」

「大丈夫! 私お姉ちゃんと寝るから!」

「む……しかし、それでは狭くないか?」

「大丈夫です。いつも一緒に寝てましたから」

「そうか……? ならいいんだが。ってか、ルードゥ寝れんのか?」

「あぁ、僕は大丈夫。皆のコトを夜の間警護してるヨ」

「む……。つまり寝ないってことか?」

「うん、僕らマンティスは寝ないんだ」

「へぇ、そうなのか……。初めて知った」


 まぁいい、そういうことならこの数でも足りる。

 あのオッサン、ルードゥが寝ないって分かってたのか。


「まぁそういうことだし、ハル。お姉ちゃんと一緒に寝たいなら寝てもいいが、無理はしなくていいぞ」

「うん! ありがとうウィル様!」

「お気遣い痛み入ります、ウィル様」

「あぁ。それじゃ夕刻まで休憩! 自由に過ごしていいぞ」

「「「はーい!」」」


 声をそろえて嬉しそうに返事をする女性陣に、笑みが零れる。

 女の子は買い物が好きだからな。

 街を見て回りたいんだろう。


「ルードゥ……頼む」

「分かっタ、警護すればいいんだネ?」

「あぁ」


 お金は渡してないから何か買ったりはしないと思うが……。

 いや、ユーリは冒険者らしいし自分で働いた金を持ってるのか? まぁいいや。

 

 皆に自由行動を許可すると、俺は蓋の開いている宝箱がある寝台に近寄った。

 まぁ、見た感じ綺麗だ。虫が生息しているようには思えない。


 草履を脱いで寝台に上がった。

 みしみしという音と共に背中に木の固い感触が、薄い藁越しに感じられる。


 お世辞にも良い寝台ではない。

 こんな場所で寝れば、明日には身体がガチガチになっているだろう。

 まだゴブリン村の藁の山の方が心地よかった。

 とはいえ仕方ない。

 これも名をあげる為に必要なことだ。

 

 まぁいい。

 そんな事より、身分証を発行した時から試してみたいと思っていたことがあったのだ。


「原典、俺にもあるのか……? ならば、見てみたい」


 そう、誕生よりこれまで……人生の全てが記された、いわば俺という人間の全てが書いてある本。

 もし俺にもあるというならば父の、母の正体を……知りたい。


「確か、こうだったな。《ヴォリス神へ願いたてまつる、我が人生の記録をここに》」


 しかし、何も現れない。

 ユーリの時のように、本が出現するきざしは見られなかった。 


「何か違っていたか? それとも……やはり俺には、原典なんてないのか?」


 いや、しかし……。

 ならば何故、身分証の発行に成功したんだ?

 リーリンは言っていた、『貴方の原典から最低限必要な部分を引き抜いて身分証発行しちゃうから』と。

 であれば原典ではなくとも、何かしら俺の全てを記したモノがある筈だ。


 ふむ……。

 一応、こっちも試しておくか。

 今までずっと人間で通してきたから、現れて欲しくはないけど。


「確か……こんな感じで、胸に手を当ててたな」


 ゴブ郎が見せてくれた方法を、うろおぼえながらに試してみる。

 すると……俺の手に赤をベースとし、所々に黒と金の装飾を施された分厚い本が現れた。


「……魔石は現れなかったけど、なんだこれ? ユーリのやっていた方法とは違うから原典ではないと思うが」


 ぺらり、と本のページをめくろうとする。


 その時! 微かに床が軋む音が扉越しに聞こえた。

 階段を昇ってくる気配、数は1つ。

 大きさは人間サイズ。

 反射的に本に消えろと念じる、何故か見られてはいけない気がしたのだ。


 少しばかり身構えた身体を解きほぐす。

 どうも、警戒心が先立ってしまう。

 これではいけないと思いながら、扉に注意をやる。


 ドアが軋みながら開いた。


 そこに立っていたのは女だ。

 年齢は20歳前後、金髪を動きやすいぐらいの長さで乱雑に切っている。

 どう贔屓目ひいきめに見ても揃えているとは言えない。

 正直鳥の巣に見えた。

 だが顔立ちとスタイルは然程悪くない。

 目つきは鋭く、化粧っ気は少しも感じられないが。

 日差しに焼けた肌は、健康的な褐色に変わっている。



 着ている鎧は、金属の細い帯を皮鎧の上から貼り付け鋲で打ちつけたものだ。

 金が無いのか、それとも速度重視で動きを阻害しない為なのか、さほど鉄板は貼り付けられていない。

 腰には短剣を下げており、肩には小さな赤い蜥蜴とかげを乗せていた。


 そんな彼女は、誰もいないと思っていたのか俺を認識すると微かに目を見開く。

 とはいえ、それで終わりだ。話しかけようとも、観察しようともせずにそのまま部屋に入り、寝台の1つに歩み寄る。

 彼女の体から汗臭い匂いと体臭が交じり合った、独特の匂いが漂ってきた。



 彼女は恐らく自らの寝台なのだろう場所に来ると、勢い良く腰を下ろした。

 ギシリとやけに大きな音を立て、寝台が彼女に抗議の声を上げる。

 それを無視しながら彼女は脇腹付近にある鎧止めをはずし、鎧を外した。

 そのまま鎧を床に静かに降ろすと、下に着用していた麻服を無造作に脱ぎ捨てた。

 俺が見ているのには気づいているだろうが、もはや女は捨てたとばかりに無頓着に下着姿となり、寝台に仰向けに倒れ込みそのままいびきをかき始めた。


「……はぁ、もういいや」


 なんだか、先程まで知りたくてうずうずしていたのに、萎えてしまった。

 結局……俺は一体なんなんだろうな。

 魔石もなければ、原典もない。

 だが、原典に代わるナニカは現れた。


「はぁ……分からん」


 俺は半ば投げやりに思考を放棄して、寝台で横になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る