第7話 トラ猫、ヤスジロウの一生 EPI 6


 二階のソファで丸くなっていた吾輩に、ヤスジロウが入院することになったとマルタが伝えに来た。内心、すこぶる驚いたが、けれど吾輩はそれを気取られないように素っ気なく言い放った。

「知らんよ、もう」

 するとマルタは一瞬怪訝な顔つきになり、それから軽くうなずく。

「ま、いいけど。でも彼、診察中ずっとキミを探してたようだったよ」

「ふうん」

 わざとそう生返事をすると喉元に苦味が走った。そして無駄な意地を捨て去れない自分に落胆した。

「ねえ、ひとつ聞いていいかな」

「なんだ」

「キミはどうしてそんなにあのトラ猫くんのことが気になるわけ」

「べつに気にしちゃいない。どうだっていい。だから知らんと言っているだろ」

 苛ついた吾輩はその場に座り直し、マルタをにらんだ。

「ほら、やっぱり」

 マルタがクスリと笑う。吾輩は頭にきた。

「なにがやっぱりだ。おまえの言っていることがさっぱりだ」

「じゃあ、なぜ怒るのさ。気にしてなきゃ平然としていればいいのに」

「怒ってない」

 憮然としてマルタから目線を逸らす。

「あ、そう」

 部屋に沈黙が訪れた。

 

 なぜ腹が立つのか。

 それは分かっている。

 気の合わないヤスジロウのことなど本当に放っておけばいいのに、どうやらそれができそうにない自分に腹を立てているのだ。

 けれど、なぜ。

 マルタのいうことは図星だ。

 なぜ吾輩はこんなにもヤスジロウのことが気になるのだろう。

 その答えが見つからない。

 なつめ動物病院にはじつに多種多様な動物たちがやってくる。犬、猫、うさぎ、鳥、ハムスターのほか、時として蛇やカメレオンだって来院する。

 その中にはもちろん命絶え絶えな動物もいるし、実際に亡くなった場面だって吾輩は少なからず見てきた。たとえば、ここにいるマルタだってその一匹なわけで、要するに動物病院というところは日常的に極めて死が身近にある場所と言えるのかもしれない。

 だから吾輩は死というものを特別扱いしない。

 それが良いことなのかどうかは別の話として、生と死は合わせ鏡のようなものだと感覚で分かっていると思うのだ。

 だからヤスジロウが死に直面しているからといって、それでこんな風に気になって仕方がないというのはやはり理屈に反する。

 やはり分からない。

 分からないが、けれどさっきからバカバカしい可能性がひとつ頭の隅にこびりついて離れない。

 それは。

 なんとなく気が合わない、から?


「気が合わないせいかもしれない」

 考えていたことが無意識に口からこぼれ落ちてしまった。

「えっと、ちょっと意味不明なんですけど」

「だろうな」

 途端に恥ずかしくなり、吾輩は顔を背けるついでに横腹の辺りを二、三度舐めた。

「でも、案外そうかもね」

 声に振り向くとマルタが思案顔になっている。

「どういう意味だよ」

「キミが言ったんじゃないか」

「まあ、そうだが」

 今度はうつむきついでに前足をペロリと舐めてみた。

「でもまあ、つまり、あれかもね」

「あれってなんだよ」

 顔を上げるとマルタがしたり顔になった。

「同族嫌悪」

「ドーゾクケンオ?」

「そう、似た者同士は反りが合わないって意味さ」

 吾輩はしばらくポカンと口を開け、それから後ろ足で耳の穴を掻いた。

「あのな、どこが似ているというんだ」

「さあね。僕はあのトラ猫くんとは初対面だったし、話をしたわけでもないからね」

 マルタは人間のように肩を竦める。

「いい加減なことを軽々しく言うなよ」

 吾輩は口をすぼめた。するとそれを見てマルタがふさふさとした純白の尻尾を大きくくるりと回した。

「あるいは、羨望かな」

「羨望?うらやましいって意味か?吾輩がヤスを羨んでいるっていうのか」

 呆れて思わず妙な声が出てしまった。

「知らないさ。でもキミがトラ猫くんと気が合わないって感じる理由としては十分だと思うけど」

「バカバカしい」

 半笑いの顔をしてそう言い捨てたくせに、けれど吾輩の胸にはなにかがストンと落ちた。





 

 




 








 






 

 

 

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