case1-2

 ブレイバー制限解除。

 その言葉の端に哀しさが混じっていたことに気付いたのはこの場に何人いたのだろう。少なくとも、最初に枝垂椿の命令を確認した男は感じ取っていた。

彼は手に持った銃を亮太郎に向けて姿勢を低く保ち直線上に突っ込んでくる。


「援護します!」


「あぁ頼む!」


 彼の背後に居た若い男が先行した男を援護するために、同じ形の銃を亮太郎に向けて数発撃ちこむ。


(銃弾なんて‥魔法に比べれば‥)


 その程度、向こうの世界の武器なら斬り裂ける。亮太郎は向こうの世界で戦闘時に呼び出せる鎧を身に纏い、空中に描かれた魔法陣に手を突っ込んで自らの最強武器を取り出す。白銀の鎧に紺碧の剣。異世界を救った亮太郎の最強装備である。

紺碧の剣により後ろの男が構えていた銃から発射された弾丸は無惨にも斬り裂かれる、予定だった。


「——え?」


 耳に届いたのは弾丸を剣が斬り裂く音でも鎧が弾く音でもなく、肉に突き刺さる醜い音と、目が覚めるような痛みであった。


「なんで、確かに斬った‥この目でちゃんと見た!」


 しかし、弾丸は亮太郎の振った剣を通り抜けて、彼の肩に命中する。

 あり得ない、といった表情の亮太郎に対して、後ろの男は勝ち誇った顔で微笑む。


「ちゃんと?何間抜けな事言ってんだお前?そもそも、ここにいる人間が帰還者相手に、ただの拳銃で戦うとか本気で思ってんのか?これだから‥お子様は‥」


 呆れたように言う男の隣で拳銃を構えているのは、先程通告してきた椿とは、別の女性。彼女は銃弾を放った彼を咎める。


「私達とあの子タメですよ。調子に乗りすぎです。狙うなら頭を狙って下さい」


「えぇ〜厳しくない?瑞希みずきちゃん?ウチの班長さんは、そういうの趣味じゃないんだし」


 軽々しく名前で返した青年に瑞樹と呼ばれた女性は慌てて大声を出した。


「名前呼ばないで下さい!コードネームがあるでしょう!!」


「おぉ‥正論の右ストレート。K.O‥」


 痛みに堪える亮太郎にそんな会話聞いている余裕は無かった。肩をやられた隙に、突っ込んできた男を組み伏せられる。すぐに魔法で吹き飛ばそうとしたが、力は上手く出ない。


「あ、さっきの弾丸な。魔王でも眠らせる強力な神経麻痺の効果があるんだ。少しの間は無力だぜ?」


 返す間も無く、亮太郎の頭に拳銃が突きつけられる。このままでは、死ぬ、という恐怖が彼を包み込んだ。引き金を引かれる瞬間、亮太郎が目を瞑る。そこへ、椿の制止の声が彼の命を救う。


「待って下さい!命令は無力化です!」


 その声を聞き、男の拳銃が頭から離れる。相変わらず力は使えないが、まだ生きている。体からは脂汗が爆発的に放出され、呼吸が荒くなる。


「大丈夫だから‥銃は下ろして、此方に敵意はないんですから」


 椿は駆け足でこちらに近づいてくると、拳銃を地面に置き、危険のない事を見せてくる。

 それに合わせて、亮太郎に向けられた拳銃が地面に置かれた。


「2016年6月15日に行方不明になった山田亮太郎君ですね?」


 腰を下ろした椿の問いかけに亮太郎はただ頷くのみである。


「この世界に異世界帰還者が社会に与える悪影響は計り知れません。だから、もう一度、お願いします。共に最善を選びましょう」


 生き残る最も簡単な方法は、向こうに帰る事。だが、亮太郎にはそれが出来ない。

 自分がここへ来たのは、異世界ガーデナーを救った後、地球と異世界を繋ごうとするためだ。監視下で暮らすためでも、最後の様子見でもない。


(まして、向こうのことなんてこいつらに喋れば‥)


 何か知られれば、異世界への侵略に使われるかもしれない。向こうで別れた仲間達の為にも、ここで言いなりにはなれなかった。


(どうする‥どうやって‥逃げる?)


 幸い、話を聞いている間に魔力がコントロールできるようなって来た。


(そもそも、こいつら普通の人間の筈だ。組み伏せられたのも特殊な弾薬のせいだし、流石に魔力は無いはず)


 ならば、と脱出計画をたてた亮太郎は、息を整えて椿たちに本音をぶち撒ける。


「お前らなんかの言いなりになってたまるか!異世界転移は偶然だ!魔王倒してまで来たってのに今更引き下がれるかよ!」


 彼は異世界で学んだ魔法を使い、組み伏せていた男を吹き飛ばす。彼の目線の先には、武器を地面に置いた椿の姿があった。手に持った剣を彼女に向けると、突き刺そうとする。


「ちっ!悪いな班長!」


 その剣が彼女に届く前に、後ろに吹き飛ばした筈の男の左手から長く伸びた黒い剣が亮太郎の首を撥ねる。打ち上げられた野球ボールのように頭部は空を飛び、地に残された胴体からは血が噴き出す。

 頭だけの亮太郎は薄れゆく意識の中、視界に入ったのは男が右手に拳銃を構えた姿。


「異世界で魔王を倒したくらいで調子に乗るなんて、甘いんだよ。


 その言葉の意味を理解する前に、彼の頭は拳銃で撃ち抜かれる。

 地面に倒れ伏せた身体は小刻みに痙攣した後動きを止める。

 こうして、異世界勇者の山田亮太郎は、帰還先の地球で今日死亡した。


 地面で力尽きているその姿を見て、椿は涙目になる。


「状況‥‥終了‥です。みなさん‥お、お疲れ様‥でした。ぐっ‥」


 爪を食い込ませる程、拳を強く握る椿の前に、少年を射殺した男『禍辻煌也まがつじこうや』が歩いてくる。


「すまなかったな、班長。お前は、最後まで彼を救おうしていたが、ほっとけばお前が殺されたかもしれない。俺を恨むなら好きにしろ」


「そうだよ、班長さん。前にも言われてたけど、ああいう個人転移者はみんな自分の力が地球の人より優れているって思い込んでるんだから。こんな事でへこたれてたら潰れちゃうよ?」


 最初に彼に発砲した男『風峰東亜かざみねとうあ』は、呑気な口調で話しかける。


「東亜!班長に向かって、失礼ですよ!すみません、枝垂班長。東亜は、あれで和ませようとしているんです。先程の無礼は見逃してあげて下さい」


 固い態度の女性である『大犬瑞希おおいぬみずき』は、東亜を叱りつつ、椿に謝る。


「大丈夫です、大犬さん。まだ慣れてない私が悪いんですから。もう五度目のケースなのに、彼らを未だ一人も助ける事が出来ない自分が情けない」


「そういうもんだ、班長。全員救うなんて不可能なんだからな。何処かで割り切る覚悟を決めろ。ここは、そういう所なんだから」


「はい‥でも、次は‥必ず」


 分かっているつもりだったが、この仕事は辛い事が多い。今回で帰還者と対応したのは五度目だが、皆今日の様に抵抗してきた。


「説得方法を新しく考えなきゃ‥絶対次は‥死なせない」

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