オーダーズ~異世界帰還者入界管理局~

川島 そあら

case1-1

 異世界に行けるってなんて素晴らしい。

 幼い頃にTV画面の先で見ていた魔法が有り、漫画を読むと出てくる種族が居て、眠っていた力が覚醒する。

 そして、魔王を倒して、お姫様と結婚して、世界を救う。


 ハッピーエンドを迎えた物語はめでたしめでたし、とはいかない。


 なまじ、何でも出来る彼等のなかには地球への帰還を切望する者が居る。


 さて、これは、良い事なのだろうか。


 結論から言えば、異世界からの帰還は喜ばしいことで、異世界からスーパーマンがやって来るのと変わらない。


 ただし、この結論は帰還する人間が『善良』であることが前提だ。


 そうでなければ、異世界から制御不能のヴィランがやって来るだけである。


 8月。草木も眠る丑満時。都内の中心部に設立された公立高校。ここは、開校54年もの歴史ある学校で、所々校舎は傷や剥がれた塗装が目立っていた。予算が少ないせいか、警備員も居ないという都内にしてはあるまじき学校で、日常では起こり得ない異変が始まった。

 緑色のフェンスに囲われた屋上。コンクリートが敷き詰められた灰色の床。その中心とも言える場所に虹色の楕円空間が突如として現れる。不気味な色合いの円からは人間の片足が出てくると、足元を確かめるようにゆっくり床に下ろす。続いて、黒い鎧を見に纏う少年が出てくる。彼は、地に足が着いたのを確認して、もう片方の足と共に屋上へと全身で降り立った。夜とはいえ、8月の暑さは鎧を着込んだ彼に厳しく、直ぐさま外しにかかる。

 だが、それすらも彼には懐かしく愛おしい。


(‥帰ってきた。地球に)


 既に学校関係者は全員帰宅し、見回りの警備員も居ない。それを知ってか知らずか、彼がこの世界に帰ってきたことは誰も気づかない。鎧を外した彼は薄着のインナーで地球の風を全身で感じ取る。


(向こうじゃ嗅ぐことのない淀んだ臭い‥心地よさの欠片も無い強い風と蒸し暑さ)


 ヒートアイランド現象により、都市部の気温は他所の地域と変わって夜でも高さを維持している。

 だが、額から頬を通る汗すら『異世界ガーデナー』から帰還した彼にとっては、全て故郷も思わせて懐かしい。


(帰ろう‥家に‥そして、オレはこの世界でも‥‥)


 郷愁に思いを馳せた少年が、その場から立ち去ろうとすると、360度全ての方向から強力な光を当てられる。あまりの眩しさに腕で視界を遮る。


「そこの人、止まりなさい!」


 光で全身を照らされた高校生ぐらいの少年は、予期せぬ声に身体を震わせて飛び上がる。


「そのまま、こちらを向いて!」


 先程からメガホンを通して呼びかけて来るのは女性の声。凛とした声色は、か弱さよりも芯のある強さを思わせる。

 だが、少年の方は突然の出来事に頭の理解が追いつかない。


(もしかして警察?何で?今、オレは異世界転移から帰ってきたんだぞ!?)


 男子高校生である彼、山田亮太郎は、1年前、異世界『ガーデナー』に転移させられ、つい先日魔王を倒し、夢であった日本へ帰って来た瞬間であった。

 彼が困惑していると、暗闇の中から20代の女性が一人姿を現し歩いて来る。

 彼女は細身の体型にぴったりとしたネイビーカラーのスーツを着て、黒い髪の毛はお団子を作って纏めている。大きくつぶらな瞳で一見綺麗な肌に見えるが、目の下にあるクマを化粧で隠しきれていない。疲れが溜まったOLの姿とも言うべき女性。


「私の名前は枝垂椿。異世界からの帰還者に対して入界審査を行う入界管理局の者です」


(管理局?警察じゃなくて?) 


 聞いたことのない機関の名前と、誰にも教えていない転移場所を知っていたことが亮太郎に未知の恐怖心を植え付ける。警戒心を強める亮太郎。転移直後、脱いだ鎧を再度着込むために手を伸ばす。椿と名乗った女性は話を続ける。


「異世界から地球に帰ってきた貴方には、既にこちらでの法は適用されません。よって、今の貴方には、2つの選択肢があります」


 混乱している亮太郎に彼女は落ち着かせるために、歩み寄っていた足を止め、ゆっくりと丁寧に語り出す。


「1つは、今すぐ元の異世界に帰還し、二度と地球側に来ない事。家族などに伝えたい事があるなら手紙等の連絡物を置いていく事は許可します」


 要は、さっさと異世界にとんぼ返りして向こう一生は地球と関わるなと言っている。

 彼女は明らかに帰還した自分を歓迎していない。


「もう1つは、我々の監視下に置かれる事で、向こうで得た能力を全て封印し、静かに暮らす事。この場合は、条件付きで家族等に会う事も許可出来ます」


 聞こえは良いが、プライベートまで監視されるてしまう。結果としては、地球という牢獄の中で囚人のような生き方を強要される未来である。


「共に選びましょう。貴方の生き方を」


 亮太郎にとって椿の提案は考えるまでも無かった。

 自分は命を懸けて世界を救い、やっとの思いで、この世界に帰ってきた。転移は意図的ではないし、被害者側である。


「‥分かった」


「結構あっさり決めたね。もっと悩んで良いんだよ?」


 椿が心配そうな視線を送るが、そんなものは興味が無い。

 今更、政府などに縛られて生きるのは彼の矜恃が邪魔をする。


「答えは‥これだっ!」


 亮太郎が地面を強く踏みつけると、小さな魔法陣が描かれて、その場一帯を強い光が包み込む。

 光の輝きに思わず腕で目を覆う椿を尻目に、亮太郎は、向こうで得た勇者としての力で、現状から離脱を始める。


(大丈夫だ、こちらでも勇者としての能力は使える)


 それが確認できれば文句無し。ただの女性警察官如きに、自分を捕まえられる筈がない。

 亮太郎は全速力で最寄りのフェンス目掛けて走り出す。


「班長!交戦許可を出せ!」


 その時、椿の背後にあった暗闇から男が声をあげる。班長と呼ばれた椿は背を向ける亮太郎には見えない。

 その実、駆け抜ける亮太郎の背中を見て悲しそうな表情をしていた。


「許可‥します。対象は、異世界で得た能力を使用しました‥管理制度に則り‥交渉は決裂。対象の無力化に移行します」


 光は屋上全体を照らすように角度を変える。

 そうとも知らず亮太郎がフェンスを越えようとすると、すんでの所で見えない壁に阻まれた。


「くそっ!くそっ!何でだ?壊せない!」


「現在、この学校は我々の檻により完全な閉鎖空間となっています。交渉が決裂した今、貴方を見逃すわけには行きません」


 すると、椿の背後に拳銃を手に持った男二人、女一人の計三人が姿を見せた。

 彼等の年齢は全員亮太郎より上に見え、服装は夜戦服からスーツにワンピースとまばらだが、全員黒いカラーリングで統一されている。

 そして、左手首には赤く点滅する光を放つ黒い腕輪が取り付けられていた。


「制限解除‥ブレイバー帰還勇者行動開始」


 椿の命令が下されると、彼等の左手首に付いていた黒い腕輪から光が消える。



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