クエン酸は魔神も沈める!

 別に、俺の動きが特別よくなったワケではない。


 魔神の速度が、明らかに落ちていた。穢れを払ったせいで、弱体化しているらしい。


 北の魔神は盾で俺を振り払おうとする。いや、盾で殴りかかってきた。


 怒りに震えた顔が、俺の眼前に迫ってくる。


「シールドバッシュか」


 盾が水平になった隙を突き、俺は盾の上で寝転がるように回避。


「盾も清掃をご所望か?」


 ハンガーを盾で丁寧に拭き取る。いかめしい顔が、穏やかな表情へと変わっていく。


「ぬう!」


 首元へ、ハンガーを突き刺す。かなりの手応えを感じた。案の定、ハンガーにはごっそりと汚れがへばり付いている。


「これで魔神は元通りになるかな?」


 パイロンの問いかけに、俺は首を振る。


「ダメだな。魔神の鎧を見てみろ。あちこちがくすんでるだろ?」


「うん」


「あれに瘴気が混ざって、鎧にこびりついているんだ」


 精神汚染は、鎧のくすみにまで及んでいたようだ。

 きめ細かい部分を磨くなら、ハンガーだけではどうにもならない。


 腰のポケットに手を突っ込む。一か八か。食材を使ってみる必要があるな。


「ぬおおおお!」


 北の魔神が吠えた。再度シールドバッシュだ。

 ローリングでシールドの打撃をかわす。


「同じ手を!」

 魔神が持つ盾の口から、ナイフが突き出た。こんな芸当まで。


「おっと!」


 紙一重で首ブリッジして、背中を反らす。危なっかしかったが、ナイフを回避できた。


 腰にわずかな汁気を感じた。ズボンにシミが広がっていく。さっきの攻撃で、腰に持っている食材が切れてしまったらしい。


「いかん!」

 鎧の下に仕込んでいた食材が、完全に潰れてしまった。


 大量の汁気が、盾にまで及ぶ。


「ぎゃああ!」

 魔神の盾に付いている顔がもだえ苦しむ。

「染みる! 何かが目に染みるううううっ!」


 盾に振り落とされ、俺はバク転で着地する。


「貴様、何をした!?」


 魔神が、盾の表面にこびりついた汁を手で払う。


 俺は、腰に隠し持っていた食材を掴んで、魔神に見せた。


 厚く黄色い皮に包まれた果実である。潰れた影響で、武器庫に酸味のきいた香りが漂う。


「それは、レモン?」

「その通りだぜ!」


 レモンに含まれているクエン酸は、鍋の黒ずみを落とす作用があるのだ。


 以前、台所でパイロンにその効果を見せたのを思い出した。

 同じ金属なら、鎧のくすみも落ちるんじゃないかと思ったが、ドンピシャと言っていいだろう。


 その要領で、俺は盾の表面を、半分に切ったレモンで磨いたのである。北の魔神は銅で覆われているから、もしかしたらと思ったのだ。

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