パイロンの機転

 パイロンは、俺を調理台からどかせる。


 スプーン曲げでもするのだろうかという形相で、イカ焼きプレートを掴む。なにやらウニョウニョと呟いている。


「爽慈郎、ケチャップとタバスコ持ってきて。タコスのお店から分けてもらってきて」


 プレートに念じているパイロンが、俺に指示を出す。


 俺は、何をやりたがっているのか分かった。


 タコス店からケチャップとタバスコを譲ってもらう。それを小さいプラスチック容器にぶちまけた。味を調節して、また店に戻る。


「またせた。チリソースが完成した」


「こっちも終わるよ、えい!」

 パイロンがさらに強力な念力を、プレートに流し込む。


 ベコン! と音がして、プレートが折れ曲がった。


「プレートがハート型になったな」

「うん。それでもって、これで」


 ハート状になったプレートに、生地を流し込む。あとは普通にイカ焼きを作る工程だ。


 想像通りイカ焼きが、綺麗なハート型に焼かれている。


「あとはこれにチリソースを、と」

 パイロンは、イカ焼きに赤いソースをハケで塗りたくった。丁寧な手つきでタコス風味のイカ焼きを紙に包む。クレープのように巻かれても、ちゃんとハート型のままだ。


 ハート形イカ焼きを持って、パイロンはビーチへダッシュした。


「すいませーん。ちょっとこれ食べて見て下さーい」


 イカ焼きを海辺で佇んでいるカップルに駆け寄り、イカ焼きを無料で提供する。


 不思議な顔をして、カップル達はパイロンが差し出してきたイカ焼きを手に取った。


「イカ焼きのタコス風味なんですけどー」


 一個のイカ焼きを、カップル二人がハムッと頬張る。


「うん、おいしい!」

 まず、カレシの方が食いついた。


「ありがとうございます!」


 別のカップルの元へ。そうやって、パイロンはあちこちで試食会を開催。


 気がつくと、カップル達が俺達の屋台に並び始めた。しかも、カップルなのに注文は一つ分。一枚のハート型イカ焼きに二人でかぶりつく。


「なるほど、ハート型にはそういった意味があったのか」


 一枚だと腹が膨れすぎるイカ焼きを二人で食べ合うことで、食の細い女性にも優しい。しかも、ハートの形が囓るのにちょうどいいのだ。


「実に合理的な形だな、お前にしては考えたじゃないか」


「わかってないなぁ……」


 俺は称賛したつもりなんだが、パイロンは不満そうだ。


「お嬢様、イカ焼きの生地が空になりました」

 列がキレイにいなくなったと同時に、あれだけ大量にあった生地が消滅した。完売の札を立て、営業は終了である。


「ありがとうございましたーっ!」

 最後に、パイロンが客に向けて元気に手を振った。


「すごいな、パイロン。在庫処分が完了だ」


「在庫じゃないよ」

 俺の言葉に、パイロンは首を振る。


「ああ。そうだな」と、俺も返す。


 お客の喜んでいる顔を見て、俺はパイロンの言葉が理解できた。

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