最も見応えのない風呂回

「蜘蛛のモンスターです。我々の配下で唯一まともに働いています。台所に住まわせる代わりに、G類を処分してもらってます」


 実に経済的だな。


 巨大な蜘蛛の影に向かって、俺は軽く会釈をした。


「冷泉爽慈郎だ。悪いが勝手に掃除をさせてもらうから、よろしくな」


 敵ではないと知ったのか、アラクネは腕だけを天井からニュッと出し、ホワイトボードの落書きを一部だけ消す。

 キレイになった箇所に、マジックで『よろしく』と書いた。腕を引っ込め、天井を閉める。


「怖がらないのですね」

「蜘蛛は益虫だからな。見つけても殺すなって婆さんに教わった」


 ここは食器類を片づけるだけでいいな。とにかく、大仕事になりそうだ。


 通路に散乱しているゴミだけ片づける。本格的な掃除は翌日以降だな。


 現状の把握を最優先に。今日のコンセプトはコレに決める。


 さすが魔王城だ。温泉施設まであるとは。さっき見たら、外にプールもあったぞ。


 極めつけは、魔界の山々を一望できる露天風呂だ。


 景色を見ながら、俺はため息をつく。


 ここまでの絶景は、地球ではお目にかかれない。禍々しさがありつつ、秘境に迷い込んだ感覚を誘う。そういった怪しげな魅力を持つ。


「露天風呂は川と繋がっていますよ」


 川を通じて大きな湖と地続きになっているという。湯の種類も多い。打たせ湯やサウナまである。


 こんな風呂には入れたら、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶに違いない。


 藻が浮くくらいに放置されていなければ。


「うわ……トラウマになりそうな光景だ」


 よく見ると、小さなイカダみたいな物まで浮いている。ゴムボートを半分に切ったような乗り物で、小型エンジンまで付いていた。


「おい、パイロン。あれは何だ?」

 腕輪に話しかける。


『フローターだよ』


「釣り人が水面で魚を釣るための道具だろ? そんなことは分かってるんだよ! そうじゃなくて、なんでフローターなんかが風呂に浮い……もういい。聞きたくない」


『えっとねー。これはお風呂とフロ――』


「いいから聞きたくないって言ってるんだ!」

 耳を塞いで通信を切断した。


 ダジャレで買ってきたのか、こんな物を!


 これは当分、風呂として機能しないな。


「風呂がこんなになっていたら、パイロンはどうしてるんだ?」

「お嬢様の部屋にはシャワールームが。他のゲストルームにも内湯がございます」


 なるほど。一人で温泉は贅沢だが、これだけデカイと寂しいし。


「いいえ。お嬢様の部屋から一番遠いのです。一度使っただけで、その後はまったく未使用です」


 ズボラかよ。

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