第9話 道士フェイ・ユー

 それはとある町議会の会議室。

 真っ暗闇な部屋の中。黒づくめの男達がろうそくの明かりの中で無言で座っていた。最後に部屋に入ってきた町長が上座に座る。

 その時黒づくめの男達は印を結び、皆一斉に口を開いた。


「「のうまく さまんだ ばざら だん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらたかんまん」」


 最後に「おーん!」と皆が声を上げた。

 町長が厳かに挨拶を始める。


「皆、健勝のようで何よりだ。さて、件の通り魔事件のほうで動きがあったようだ。怪貝原議員子飼いの男が狼男を見つけだして捕縛したらしい。だが、犯人ではないとし、今は自由にさせているとか」


 町長の言葉に一人の議員が激昂し、他の議員達も後に続いた。


「わざわざ捕まえておきながら手放すとはなんとおろかな真似を!」

「そうだそうだ!」


 そんな議員達を町長が片手で制した。


「まぁ、待て。確かに証拠不十分であるし、狼男が通り魔でないとする意見にも一定の理があるようだ。しかし、そうなると事件は一般の人間が犯人説に逆戻りする為、怪貝原議員の子飼いの男には事件を追うことが難しくなる、そうであるな? 怪貝原議員」


 町長が言葉を促した先には怪貝原議員が座っていた。


「左様でございます。通り魔が人間であるならば、事件は警察の管轄。だがしかし、事件で使われた凶器は妖刀の類との報告も上がってきております。これはいまだはっきりとはしていませんが、そうなればあるいはまた状況も変わるかと存じます」

「怪貝原議員、このままお前の子飼いの男に任せていても良いものかね? 動かせる駒がほかに居るなら、使わぬ手は無いのだが」

「町長。我が手の者どもを用いれば、この件。あっという間に解決して見せましょう」


 そう返したのは山国議員だった。


「強気であるな? 山国議員。今回の事件。相応に準備していたであろう?」

「はっ、お声をいただけましたら直ぐにでも!」


 町長がここで一呼吸置いた。


「山国議員。君が持ち出した陰陽寮というのはこの国の古い伝統だ。この町の古い体制を更なる古い伝統で君はくつがえそうとしている。たいしたものだ」

「はっ、恐縮にございます!」

「ならば手段は問わぬ。一刻も早く事体を解決に導くのだ」


 山国議員は深々と礼をして顔を下げた。


 背後で大きな動きがあった頃、朧木探偵事務所はいつものままだった。さくらが事務デスクで暇そうにしているほか、所長である朧木良介は所長デスクで考え事をしていた。

 猫まんは出かけているようで姿が見えなかった。

 いつもと違う光景があるとすれば、それは事務所内に魔紗が居る事だ。魔紗は突き刺すような視線で朧木をにらんでいる。憎悪ではなく対抗意識が垣間見られるそれは、何かを問いただそうと間を伺っている時の空気に等しい。


「朧木良介。小耳に挟んだ事なのだが、貴様が狼男を捕らえたと聞いた」


 朧木は困った話を聞かれたと感じた。情報が伝わるのが早すぎる。恐らくは亜門が情報を流したのだろう。どこまでいっても朧木の都合の悪い動き方をするものだ。だが朧木は状況の進捗報告を亜門にしないわけにはいかなかった。怪貝原議員の連絡先を知らないわけではなかったが、事は亜門から依頼されているのだ。亜門をないがしろにするわけには行かなかった。そうしてしまえば、今以上に関係がこじれてしまう。


「魔紗さん。お耳が早いですね。確かに僕が捕らえました」


 朧木は正直に答えることにした。今のところはそうするところで問題はない。


「中々やり手のようね。狼男を力でねじ伏せたらしいじゃない」

「あぁ、うちの従業員の一人が優秀でね」

「そう。狼男の処遇については不法入国が問いただされるはず。場合によっては当方が身元引受人となる用意があるわ」


 教会側の話は朧木の予想通りだった。


「あぁ、それなら助かるね。うちじゃあ引き取れないから。だが、狼男君は通り魔事件の重要参考人だ。未だに犯人とも疑われている。つまり、事件解決までは彼は自由にはなれないんだ」

「そう。それで私に協力でも求めるわけ?」


 魔紗は探るように朧木に尋ねた。どうやら朧木の動向を警戒しているらしい。


「君が刃物を持った武装勢力を鎮圧する訓練でも受けているのなら頼みたいところだが」

「あいにくと私は対テロについては専門外なの」


 残念ね、といわんばかりのジェスチャーで魔紗が答える。だが、恐らく彼女は刃物を持った男とも戦えるだろう。魔物との戦闘訓練は対人だろうが問題なく経験を発揮できることだろう。


「そんなわけだ。エクソシスト殿のお力が必要な局面ではないということで、現状は静観願いたいところなのだが」


 朧木は敢えて教会側の手出しを避ける形をとった。


「そう。『私は』それで問題ないけれど、山国議員の一派が活動を始めたらしいわよ。これは亜門から聞いた話だから確かな情報でしょうね」


 朧木は一瞬眉をひそめた。朧木自身が動けない状況であるのは国家権力と競合するわけにはいかないからであった。だが、山国議員の一派は陰陽寮という国家権力と並ぶ勢力を目指す集団だ。どうやら今回は最初から遠慮など無いようだ。

 これは面倒な事になると朧木は感じた。


「これはこれは。重要な情報をありがとう。警察と山国議員が雇った集団があれば、直ぐにでも事件は解決してくれそうだな。僕としては楽が出来そうでなによりだよ」


 朧木は本心にも無いような事を一つも二つも並べ立てた。まずは事件が直ぐに解決する等思っても見ない。近接戦闘で狼男を上回った人間だ。警察の手には余るだろう。山国議員の手下がどれほどの腕前かはわからないが、フェイ・ユーと名乗った男のことを思い出した。中国の道士もいるのなら、或いは事件解決も可能なのかもしれない。だが、彼らが出張っていく以上は朧木自身が動かぬわけには行かない。そしてそれは山国議員の手下との競合と成りえるので、決して楽には行かないのだ。


「あんた、そんなにのんびり構えていても言いわけ? あんたの進退問題が関わっていると思ったのだけれど」

「あー、困ったね。事件解決してくれるのは良いけれど、僕の生活が大変になっちゃう。これはとても問題だ」

「すっとぼけているけれど、あんたに何か策はあるわけ?」


 朧木は魔紗の様子を伺った。彼女は亜門との繋がりがある。話を聞かれて困る事はあるのだ。話してよいか迷っている風だった。そして朧木は考え抜いた挙句・・・。


「・・・・・・・・・あるよ。無策ではない。犯人の方向性は大体見えてきた。彼の能力はともかく、性格のほうはある程度予想がつくくらいにはね」


 朧木の言葉に驚いたのは魔紗の方だった。魔紗は朧木に何の策も無く、警察関係者ともつながりのある朧木の立場上の問題で、動けないものとばかり考えていた。


「まさか、そこの子のように囮捜査でもしようって言うんじゃないでしょうね?」

「あぁ、丼副君のことか。彼女も随分と無茶をやるものだ」


 事務デスクでさくらが「うっ」と嫌そうな表情を浮かべていた。


「自分で考え付いたのだろうけれど、それを実行に移そうという行動力は評価できるわね」


 魔紗が事務所の中を見回して言った。


「あぁ、彼女なら思い立ったら即行動だからね」

「従業員であの調子なのだから、雇用主なら更なる無茶でもするんじゃないかしら」


 魔紗が呆れるように言った。


「んー、餌でおびき寄せるという点では僕の発想も丼副君のそれと変わらないなぁ」

「餌? 通り魔が何を必要としているというのさ」

「彼のアイデンティティかな。自我の拠り所としている節があるものを知ったので、逆に利用する価値はある」


 朧木は狼男から聞いた話を元に計画をしていたことがあった。その計画はうまくいく確信を持っている。


「そう。教会側としては協力致しかねるけれど、あなたがうまくいくことを願うわ」


 教会は朧木が事の顛末を抑えた結果だけを横から掻っ攫うつもりのようだ。

 朧木としても邪魔さえ入らなければそれで良かった。


「それはそれとしてだね。僕の方としては狼男君を保護しなくてはいけない。ずっと先の話はまだ確約できないが、ね。もし彼が逃げ出したときは君達が好きにするといい」


 魔紗は満足そうに頷いた。


「ならば交渉成立という事で・・・それにしてもあなた達の淹れるお茶は香りが飛んでいて、まるでなっちゃいないわね」


 魔紗がティーカップからお茶を飲みながらそう呟いた。魔紗はちらりとさくらの方を見た。来客の応対は朧木がしているため、さくらは事務デスクでお仕事だった。そのためだんまりである。


「ずいぶんとお茶にうるさいんだね。意外だ」


 朧木は魔紗にそう返した。日常会話になったのが意外だったようだ。とはいえ魔紗が朧木に突っかかっていく方向性であることは変わらなかった。


「ティーポットにお茶を淹れる前にはお湯を入れて温めておくものよ。それから紅茶の葉にお湯を注いだあとは少し蒸らすの。茶葉が広がるのを待ってからカップに注がなきゃ」


 魔紗がティーポットの中のお茶を見てからそう言った。決してお茶が薄かったわけではないが、指摘としては細かかった。


「これはこれは手厳しい。気をつけるよ。海外暮らしが長かったから流石に鋭いね」


 お茶出しをしたのはさくらだったが、朧木は我が事のようにそう言った。


「今時はこの国から出たこと無い者でも紅茶の香りや味くらいはわかるでしょ」


 魔紗は出自が日本であるが、育ちは海外だった。


「僕にはそこまで香りの違いがわからなかったからなぁ。気にもしなかったよ」

「さて、話はおしまい。私達教会側は朧木良介、あなたの成功を祈ります。では」


 魔紗は立ち上がるとそのまま朧木探偵事務所を後にした。

 しばらくしてさくらがお茶の片づけを始める。


「朧木さん。私のお茶の淹れ方。そんなに駄目でしたか?」


 朧木は「うーん」と考えている。ぱっとは答えが出ないようだ。


「僕はそうは思わないけれどなぁ。お茶にうるさい人には気になるんじゃない? 正しいお茶の淹れ方をご教示して行ってくれた位には友好的だと考えていいのかな」


 駄目出しではあるが、どうすればよいのかを提示していっただけましなのだろう。少なくともいちゃもんを付けられただけではないのだから。もしかしたらあれはあれで魔紗の友好のつもりだったのかもしれない。それであるならそれはそれで魔紗という人物も大分人付き合いを苦手とする人物なのかもしれなかった。


「そうだ。朧木さん。通り魔を探す策なんてあったんですか?」

「ある。というより手は打っておいた」


 朧木は自信満々にそう答えた。


「どんななんです?」

「魔紗さんもお帰りになったことだし話しても大丈夫かな。櫻田神社に奉納されていた沖田総司のかつて所持していた刀。折れた刀のもう片割れの方を僕が預かったのさ」

「えっ、何のためにです?」

「通り魔は折れた切っ先をナイフに変えて所持し、狼男相手にも自慢しているような様子だからね。きっともう一つの片割れの方も欲しがると思ってさ」

「神主さんはよく許可しましたね?」

「一時的に借りるだけだからさ。後はネットに情報を流して置いた。朧木探偵事務所の探偵が加州清光を所持している、とね。ついでに言えば加州清光の正統な所有者である、とも」

「その刀の方も修理できないんですか?」

「うーん。刀と言うのは折れてしまうと溶接してまた直すというのは無理なんだよ。切っ先のあるほうを短刀などに打ち直すことはあったようで、犯人もそれを知っていて切っ先をナイフにしたようだがね」

「じゃあ、切っ先の無い方はもう直せないんですか」

「溶かして打ち直すことは出来るが、それは加州清光がもはやそうでなくなるという事もであるな・・・おや、これはいけるかもしれない。ネット上に加州清光を溶かして打ち直そうと検討しているらしいと情報を流してみよう。ここまでやれば犯人は引っかかってくれるかもしれない」

「犯人を挑発しておびき出すつもりなんですね。なんだか私の囮捜査のときと大差ないような気が・・・」

「何を言うか。相手が求めるものを知り、予め罠を張るのは定石だよ。この策を使わない手は無い。危険人物を野放しにしているくらいならば、できる手は打った方がいいだろう」

「それはそうなんですけどね!」


 朧木は朧木で出来る限りの罠を張っていた。さくらは朧木が何もしないでいるのではないとわかり安堵した。

 通り魔を探す者、おびき寄せる者。様々な者が様々な思惑で動く霞町。事体が変わるまでに、そう時を必要とはしなかった。


 魔紗が朧木のところを訪れてより3日が経過した。朧木探偵事務所側からすれば何も変化がない日常が続いたようにしか見えなかった。だが、そうではなかったらしい。いつものように朧木が所長デスクに座っていたが、ある時突然大きな声を上げた。


「あっ、いつの間にか街の見張りの式神が倒されている!」


 朧木は所長デスクから起き上がった。


「どうしたんです?」


 さくらは朧木の声に驚いて尋ねた。


「どうしたもこうしたも、僕が放って置いた式神の反応の数が減っているんだよ!」

「通り魔にやられたんですか?」

「以前うちに来た中国の道士の仕業だなぁ」

「あー、あの火のお札を使った人」

「以前にも奇襲で式神を一体倒されちゃったからなぁ。機嫌が悪ければ僕の式神と知ってて引き裂くかもしれない。・・・このままうちに来るかもしれないな」

「うわぁ・・・お茶を出した方がいいですか?」

「友好的にくるとは思えないから不要だよ!」


 招かれざる客が来るかもしれないと思うと落ち着かないだろう。さくらはそうだった。朧木はフェイ・ユーが自らの元を訪れる際の理由を考えていた。だが朧木がどれほど考えようとも彼と関わる理由はわからなかった。山国議員の一派と揉めるような真似もしていない。

 しばらくするとコンコン、と事務所のドアがノックされた。さくらがびくんと反応する。


「お、朧木さん・・・」


 さくらがすがるように朧木の顔を見る。仕方ないといった風に朧木が玄関のドアをあけた。


「やぁ、朧木サン。今回は私が訪れるのを気が付いていたようネ」

「・・・またうちの式神を一体駄目にしてくれましたね?」

「あぁ、どうにも人外のものがうろついているのが癪でネ。つい条件反射で切り裂いたヨ。気が立っていた。謝るネ」


 朧木は警戒を解いてはいない。玄関口で立ち話のままだ。


「フェイさん。今日は何の御用でしょうか?」

「ふっふっふっ。今日は朧木サンには良いお知らせかもしれない話をしに来たネ」


 朧木は「ん?」と言った表情を浮かべた。想いもがけない話の切り口だったからだ。


「それは一体どういった話でしょうか?」

「なんと、山国議員の手下達が通り魔に返り討ちにあっているネ。実にふがいないヨ」


 それこそ朧木には思いもがけない話だった。


「・・・それは初耳ですが・・・」

「イイヨイイヨ。これほんとの話ネ。山国議員の手下達が行方不明になっているネ。先日命からがら逃れてきた奴は通り魔に半殺しにされていたネ。みんな、相手を甘く見すぎたヨ」

「それはお気の毒に」


 朧木は無感情にそのように言ってのけた。内心こうなる可能性も考えていなかったわけでもなかった。だが、懸念する内容でもあった。つまり、通り魔は狼男に負わされた怪我から立ち直っているという事だ。


「そうそう。実にお気の毒ネ。私思ったヨ。この国の道士達は不甲斐ないネ。もしかしてお前もそうなのカ? とネ。悪いが確かめさせてもらうヨ」


 そういうとフェイはすらりと刀を抜いた。朧木は抜き身の刀を見て身構える。


「困った来客だな! 丼副君、壁にかけてある刀を持ってきてくれ。それは装飾じゃないからな!」


 さくらが慌てて事務所の壁を見回す。壁には『破軍』と銘が描かれた額縁の中に刀が掛けてあった、さくらは壁に掛けてある刀を手に取り朧木に渡す。


「朧木サン。話が早いネ。剣術には自信あるカ?」


 朧木も鞘からするりと刀剣を抜く。


「さぁて、僕は平和主義者でね。ご期待に沿えるかは自信が無いよ」


 朧木も刀剣を構えつつゆっくりと玄関から外へ出た。建物の中で暴れられては敵わないので、少しずつ建物から離れるように歩を進める。


「あぁ、言い忘れていたネ。中国の道士、剣術も鍛えるね。桃の木剣などを使うこともよくあるヨ」


 そういいながらフェイ・ユーは跳躍した。あっという間に朧木との間合いを詰める。と、同時に振るわれる刀。

 ギィィン。と鳴り響く剣戟の音。全く躊躇いもなく振るわれたフェイの一撃を朧木はなぎ払った。


「あぁ、僕も言い忘れていた。陰陽師と言うのは刀とも縁が深くてね。特に霊剣と言うものを鍛える時に居合わせるときがあったんだ」


 フェイ・ユーが笑った。


「ソレ、使う方じゃあなく刀を鍛える方ネ?」


 そう言いながら上段、下段、袈裟切りと容赦の無いフェイ・ユーの剣筋が朧木を襲う!


「あいにくと過去の時代の妖怪退治は刀を用いる事も多くてね。故事に習って剣術を学ぶ者もいる」


 朧木はその剣筋すべてを見切り、刀で受け、あるいは避けた。


「ほう、思ったよりやるようネ。霊剣と言ったカ。なにか特別な力でもあるネ?」


 フェイ・ユーは日常会話でもしているかのようにフレンドリーに話しかけてくるが、容赦の無い剣の一振りの剣撃も一緒だ。

 朧木はその剣撃を刀で受け止める。


「霊剣・破軍。かつてこの国に存在した破敵剣という北斗七星が描かれた霊剣を元に鍛えられた刀だ。北斗七星の一つである破軍星の力を宿している!」


 ぎりぎりとつばぜり合いとなった。その際にフェイ・ユーがまじまじと破軍を見る。


「なるほど。確かに呪術的な霊剣ネ。だがまずかったネ。私が手にしている剣もれっきとした七星剣よ。本場北斗七星の霊性やどる剣の力を見るがいいネ!」


 一際大きな金属音。フェイ・ユーが大きく七星剣でなぎ払ったからだ。朧木は弾き飛ばされる。その隙にフェイ・ユーが七星剣を構える。そうすると七星剣の刀身にうっすらと青いオーラが纏わり付く。


「目で見てわかるほどの霊性! これが本物の七星剣の力か!」

「我が霊力を纏わせたネ。受けるよ。火生符。燃えよ。点火ディェン フゥオ!」


 フェイ・ユーが懐から符を取り出して七星剣に押し当てる。

 そうしたとたんに七星剣の刀身が燃え上がる。


「ちぃ、七星剣に道術も織り交ぜたか!」


 朧木の表情には余裕が無い。火生符で火球でも作って投げ飛ばしてきたならば、破軍の力で打ち破って見せるつもりだったが、火生符を七星剣に押し当てて発火させるとは思わなかった。


「さて、我が道術、剣技。受けきれるカ?」


 フェイ・ユーはブォンブォンと勢いよく七星剣を振り回す。回転する七星剣は炎のきらめきをその場に残し、剣筋には火の粉が宙を舞う。

 フェイ・ユーは凶悪な笑みを浮かべた。その瞬間にはあっという間に朧木との間合いをつめていた。

 ガキィンと金属音が鳴る。七星剣と破軍が打ち合う音だ。火の粉が飛び、朧木を襲う。

 再びガキィンと金属音が鳴った。火の粉を受けた朧木への追い討ちを朧木が打ち払ったのだ。だが朧木は弾き飛ばされていた。朧木が壁にどかっと衝突する!


「なんと重い剣撃だ・・・」

「どうしたネ。陰陽師。お前の力はこんなものカ?」

「これは呪術的闘争。なるほど。北斗七星そのものの刀を相手に北斗七星の中の一つの星の力だけで戦おうとするのが間違いだった」


 朧木がよろめく。思ったよりも先ほどの一撃が効いていた様だった。


「そういう事ネ。戦いは初めから趨勢は決まっていたネ。お前では力不足ネ。今回の一件、私が片付けるネ。お前は引っ込んでいるがいいネ」


 朧木を見下ろすフェイ・ユー。朧木は片膝をつきかけるが立ち上がった。


「・・・諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木良介は戦勝祈願の祝詞をあげる。そして彼は略式で反閇を行った。その歩行法は禹歩。

「・・・その独特の歩法。北斗七星の形にステップを踏んでいるネ。それも道教がルーツのものカ」

「術者の行く手を清め、魔を打ち払う歩行法だ! そして受けよ。金生水!」


 そう言うと朧木は指で霊剣の刃に沿って触れた。みるみる刃に水が滴る。

 朧木は一気に間合いをつめた。渾身の一撃。フェイ・ユーは難なく受け止めたはずだった。

 バキィ! 重い一撃がフェイ・ユーの七星剣に放たれた。激流に変わった刃の水がフェイ・ユーの七星剣の炎をかき消した。


「私の道術が・・・」


 ガキィン! と、一際甲高い金属音。今度はフェイ・ユーが朧木の剣の一撃と水流を受けて弾き飛ばされた。ザザザザッとフェイ・ユーが地面を転がる。


「何度も言うがこれは呪術的な闘争だ。同じ北斗七星の力を宿せば、後は術の属性の相性次第。刀は金。陰陽道の相関では火剋金でこちらが不利となっていたが水は火に剋つ。水剋火。そして刀の金は水を生み強める。刀より水を作る金生水の力の相性によって打ち破った」


 フェイ・ユーがよろよろと立ち上がる。


「参ったネ。朧木サン。思っていたよりやるネ。なるほど、その腕があれば通り魔にも勝てるかもしれないネ。力ある者は認めるヨ」


 フェイ・ユーは刀を鞘に納めた。


「あぁ、やっと引き下がってくれるようで何よりだよ」


 朧木はやれやれと言った風に服の土ぼこりを払い落とした。


「山国議員の部下は通り魔に返り討ちにあっているネ。この男を訪ねるヨロシ」


 フェイ・ユーは一人の男の写真を朧木に投げ渡した。


「この写真は?」


 朧木は写真を受け取り尋ねた。


「彼が通り魔事件の犯人ね。『沖田総司』という昔の剣士の『転生者』らしいヨ。それも前世の記憶を呼び覚ますというオカルトドラッグの流通ルートに名が上がっているヨ」

「・・・そうか。3段突きの技は刃物がどうじゃあなく、使い手自身の能力か。しかしやる事が通り魔とは地に堕ちたものだ」


フェイ・ユーが高らかに笑った。


「転生者の人格等はこの時代に生まれ育った環境が作るネ。今の彼のアイデンティティは剣士の転生者であるということ。ただそれだけネ。特別何かをやろう等とは思ってもいない」

「誰かの転生者は生前持っていた物に強く関心を持つと聞く。丁度加州清光の片割れを僕が預かっていたところだ。こちらから出向かずとも向こうからやってくるかもしれない。なんなら僕が加州清光を持って沖田総司の生まれ変わりを名乗ったっていい。通り魔の拠り所に揺さぶりを掛けてやるさ。借り物で自我が肥大化した自己顕示欲の塊君なら無視できないだろうよ」

「朧木サン。あなた、中々面白い事をやる人ネ。興味がわいたから私は高みの見物と行くネ。ただ、この件から手を引くというわけではないネ」

「ご丁寧にありがとう。だが、僕はそれで十分だ。この件は僕が片付けよう」


 フェイ・ユーはその場を立ち去った。後には静けさだけが残る。


「話を聞くほどにどうしようもない通り魔だな。そんなやつの犠牲になった人々が哀れだよ」


 朧木は誰にとも無く呟いたのだった。

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