第191話 新人類

「何か混んでるな」


 とある秋の日。

 ギルド(会社)へ向かう道中でそう感じる。

 道を塞ぐように若い冒険者(サラリーマン)の群れが前方を歩いている。

 しかも、会話をしながら、ゆっくり歩いている。

 はっきり言って、鬱陶しい。


「まあ、そのうち別の道に歩いていくだろうから、我慢するか」


 冒険者(サラリーマン)の所属するギルド(会社)は様々だ。

 だから、転移ポータル(駅)を出た直後は混んでいても、ギルド(会社)に着く頃には、それぞれ別の道へ進んで道も空いている。

 しかも、朝は他の冒険者(サラリーマン)よりも、少し早めにギルド(会社)へ向かうことにしているから、一層空いている。

 そのはずだった。


「うーん・・・」


 だが、今日はいつもと様子が異なる。

 いつまで経っても、前方の群れが同じ方向を歩いている。

 異邦人(出張者)だろうか。

 そう考えるも、すぐに違うことが分かる。

 異邦人(出張者)であれば、一般人を一撃で弾け飛ばせそうな破壊力のある武器(キャリーバッグ)を持っているはずだ。

 それを持っていないということは、異邦人(出張者)ではないだろう。


「何かあったかな?お祭りとか」


 そう考えるが、違うことは分かっている。

 こんな朝早くから、そんなイベントなど無いだろうし、目の前の群れは鎧|(スーツ)を着込んでいる。

 まるで、これから戦闘にでも向かうみたいだ。


「時期が中途半端だしな」


 春なら入学式などのイベントで朝から混むことはあるだろう。

 冬なら一足先に休みに入った人間が朝から旅行へ向かうために混むこともあるだろう。

 夏も同じ理由で分かる。

 しかし、今は秋だ。


 食欲の秋。

 読書の秋。

 運動の秋。


 心躍る季節ではあるが、長期休暇などは無い季節だ。

 春休み、夏休み、冬休みというのは聞いたことはあるが、秋休みというのは聞いたことがない。

 連休はあるが、それなら自分もギルド(会社)へなど向かっていない。


「はぁ」


 前方の群れは解散する様子もなく、同じ方向へ向かっている。

 これを追い抜き、振り払うのは一苦労だろう。

 どうせ、今日だけだ。

 自分のペースで歩けないことにイライラしつつも、そのまま進む。

 そして、ギルド(会社)へ着く頃に、ようやく分った。


『おはようございます』

「お、おはよう」


 ギルド(会社)へ入るところで、前方の群れが無駄に元気よく挨拶をしてくる。

 そして群れは、一階にある大会議室へ入っていった。


「そうか、内定式か」


 一般人には馴染みがなく、そして多くの冒険者(サラリーマン)も一度しか経験しない儀式。

 だから、思いつかなかったが、そう言えばそんな時期だった。


☆★☆★☆★☆★☆★


「ということがあったんだよ」

「災難でしたね~。わたしは通勤経路にはいませんでしたけど、入口付近に大勢いましたよ~」


 出勤してきた後輩と、今朝の出来事について話す。


「元気に挨拶してくれるのはいいんだけど、歩く邪魔になっているのに気づいて欲しいよね」

「友達同士で歩いていると、気付いてなさそうなときありますよね~」


 迷惑な連中と思っていたら、身内になる予定の連中だったことに、がっくりする。


「まあ、入社したら新人教育で注意されると思いますから、治りますよ~」

「最近の新人教育って、そんなことまで教えるんだ」


 幼稚園じゃあるまいし、まさかそんなことがあるはずがない。

 そう考えるが、どうも事実らしい。


「社会人だと会社の評判にも繋がりますからね~。わたしのときも、赤信号は無視するなとか、道は広がって歩くなとか、色々言われましたね~」

「そうなんだ。会社の外で仕事の話をするなとか、そういうビジネス関係のことなら分かるけど、そんなことまで言われるんだ」


 『道は広がって歩くな』はともかく、『赤信号は無視するな』はまるっきり幼稚園児に教えることだろう。

 そう思ったが、よく考えると、それができていない大人をよく見かけるな。

 若い年代だけじゃなくて、定年間近の年代まで幅広く。


 キーンコーンカーンコーン・・・


 そんな話をしていると、始業開始の鐘が鳴り響いた。


「あとは、5分前行動もよく言われましたね~」


 後輩のそんな言葉で始業開始までの世間話を切り上げる。

 そして仕事を始めようとして気づく。

 なんだか今日は、出社している人間がいつもより少ない気がする。


「はぁはぁはぁ、おはようございます」


 そんなことを考えていたら、続々と他の社員が出社してきた。

 いつも、始業開始の1~2分前に出社してくる社員達だ。


「内定式に来た人間がぞろぞろいて、フロアに入るのが遅れちゃいました」


 そう言って席について仕事を始める。

 そんな様子を見て思う。


「まあ、そういう教育も必要なのかな」


 子供の心を持ったままの大人というのは意外に多いようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る