第190話 おっぱいミサイル

 冒険者(サラリーマン)にとって、ダンジョン(客先)でのモンスター(お客様)との戦闘(会議)は、緊張の連続である。

 一瞬の油断により、クエスト(お仕事)が失敗に終わることすらある。

 しかし、戦闘(会議)の最中にだけ全力を尽くせばよいかと言えば、そういうことでもない。


 事前の準備。

 事後の対応。

 綿密な計画。

 状況の把握。

 進捗の管理。


 全てが重要である。

 だが、クエスト(お仕事)は長期にわたる。

 当然、気が抜けるタイミングが存在するのも確かだ。

 では、どういうときが気が抜けやすいのか。


 食事の時間。

 休憩の時間。


 それらの時間も気は抜けやすいが、危険度で言えば一番ではない。

 それが終わればクエスト(お仕事)を再開するという緊張感から、油断は最小限だ。

 逆に考えれば、こういうことである。

 その条件から解放されるタイミングが一番危ない。

 つまり、ダンジョン(客先)からの帰り道。

 特に、直接帰宅するときである。

 気を抜いて装備を紛失し、冒険者(サラリーマン)の引退を余儀なくされた者もいるという。


「混んでますね~」


 後輩が目の前の光景を見て声を上げる。

 時刻は夕方。

 転移ポータル(駅)は帰宅する人間で溢れ返っている。


「ご飯でも食べていく?」

「はい~」


 少し時間をずらすため、近くの飲食店へ歩く向きを変えた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「この辺りでオススメの店って知ってる?」


 今日は夕方からダンジョン(客先)だったため、ギルド(自社)の近くではない。

 あまり周囲の店舗に詳しくなかった。


「鳥肉のお店はどうですか~。色々な部位を食べさせてくれるんですよ~」

「じゃあ、そこへ行こうか」


 特にこだわりはなかったので異論はない。

 後輩のオススメの店に行くことにした。


 ・・・・・


 手羽先。

 唐揚げ。

 鳥刺し。

 親子丼。


 部位や料理方法が異なるメニューが並ぶ。

 なかなか食欲を誘う。


「それじゃあ、食べましょう~」


 後輩が笑顔で言ってくるが、本人は箸を付けない。

 こちらが先に食べるのを待っているのだろうか。

 そんな気遣いは不要なのだが。

 とはいえ、無理に先に食べるのを強要する必要もない。

 先に箸をつけることにする。

 さて、どれを最初に食べようか。


 ひょい・・・・・ぱくっ。


 一切れ口に運ぶ。

 しっとりとしていて、やわらかい。


 もぐもぐ・・・・・


 なかなか美味だ。


「やっぱり先輩は、おっぱいが好きなんですね~」


 もぐ・・・・・


 しまった。

 以前も似たような、やりとりをしたのに油断した。

 確かに鳥刺しは胸肉が使われているようだが、表現が妙に生々しい。


「えっと、味が薄いものから食べているだけだからね」

「大丈夫です~。わかってますから~」


 そう言って、後輩が頷く。

 なんだろう。

 それは期待した答えのはずなのに、なんだか勘違いされたままのような気がする。

 とはいえ、変に否定するのも、おかしな話だ。


「フトモモも美味しいですよ~」

「・・・・・もらうよ」


 進められた唐揚げを食べる。

 こちらもジューシーだ。

 ただ、モモ肉をフトモモとは、あまり言わない気がする。


「親子丼はどうですか~」

「・・・・・美味しそうだね」


 親子丼。

 ただの料理名だ。

 深い意味は無い、はずだ。

 微妙は緊張感を感じながら、食事は進んだ。


 ・・・・・


「美味しかったですね~」

「ああ」


 それは事実だ。

 ときどき後輩の妙な言い回しが気にはなったが、味はよかったので文句はない。


「まだ、混んでいますね~」


 再び転移ポータル(駅)へやってきたが、人混みはあまり減っているようには見えない。

 だが、もう時間を潰す理由はない。

 仕方がないので、満員に近い転移ポータル(電車)へ乗り込む。


「ぎゅうぎゅうですね~」

「そ、そうだね」


 朝は早めにギルド(会社)へ行くので、実は満員はあまり体験したことがない。

 周囲の人間と密着しそうなほど距離が近いので気を遣う。


 ガタン。


 ひときわ大きく揺れる。

 カーブにでも差し掛かったのだろう。


「わっ」


 ふよん。


 驚いたような声とともに、後輩がこちらに寄りかかってくる。

 カーブを曲がる遠心力で身体がこちらに傾いたようだ。


「すみません~」

「い、いや、大丈夫だから」


 どうやら、帰宅するまで、まだまだ気を抜けないようだ。

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