第189話 ロケットパンチ
ルーティーン。
それは毎日の決まりきった退屈な仕事。
かつては、そういう認識をされていた。
それは間違いではないが、全てではない。
決まった動作をおこなうことにより、平常時のパフォーマンスを生み出す。
そういう効果がルーティーンにはある。
突然、高い能力を出せるわけではない。
あくまでも普段の訓練の効果を出せるだけだ。
つまり、訓練をしない者には効果がない。
そして、訓練で出せていた以上の能力を出せることもない。
だが、それで充分だろう。
特に、冒険者(サラリーマン)には。
冒険者(サラリーマン)は夢見がちな少女ではない。
現実主義者だ。
何の努力もしていないのに、幸運が舞い込んでくるようなことは期待しない。
たとえ幸運が舞い込んできたとしても、それは一時的なものだ。
長い年月を繰り返すクエスト(お仕事)において、それでは意味がない。
だから、普段の努力が実る、それだけで充分なのだ。
くるんっ。
「・・・・・」
戦闘(会議)前の緊張感の中。
くるんっくるんっ。
「・・・・・」
まるで精密機械のように、ひたすら同じ動作が繰り返す人物がいた。
くるくるくるくるくるんっ。
「あの、課長・・・・・」
「ん?」
動作を止めずに繰り返しながら、その人物がこちらに視線を向けた。
☆★☆★☆★☆★☆★
「えっと・・・・・器用ですね」
さすがに目障りでうっとおしいとは言えない。
だが、気になるのは確かなので、そう声をかけてみた。
「うむ、そうだろう。ちょっと得意なのだ」
こちらの意図は通じなかったようで、器用と言われたことに喜んでいる。
別にいいが。
「それって、あれですよね。学生が授業中にやって、よく注意される」
「鉛筆回しだな。両手でもできるぞ」
そう言って、今度は両手でその動作を繰り返す。
確かに器用だ。
それに指先を動かすのは、脳を活性化させるのにもいいと聞く。
そういう目的だろうか。
「これをやると、娘と会話になるんだ」
違ったようだ。
思春期の娘を持つ父親は大変なようだ。
「でも、娘さんが学校で怒られたしませんか?授業に集中していないとか言われて」
それが元で親子関係が悪化したりしないだろうか。
そう心配しての言葉だったが、課長は首を横に振る。
「これが悪いことだとは思わない。むしろ、テストのときは心を落ち着けることができると思っている」
最近流行りのルーティーンというやつだ。
それに、指先が器用なのは悪いことではない。
周囲に迷惑をかけるなら論外だが、大きな音を立てるわけではない。
授業中にその様子が目に入る教師が気になるかも知れないが、教師は生徒の成長を促すのが役目のはずだ。
その程度のことが気になるという理由で生徒を怒るのような教師は、三流もいいところだろう。
なにせ、生徒が普段の能力を発揮させるのを妨害しているのだから。
「なるほど」
自分より年代は上であるが柔軟な見解を持っている課長に感心する。
そんな会話をしている間も、課長は両手で動作を繰り返し続けている。
「それにしても器用ですね」
「なんなら、もっと本数を増やすこともできるぞ」
そう言いながら、両手に1本ずつ本数を増やす。
「おお!」
ここまでいくと職人芸と言ってもいいのではないだろうか。
親指と人差し指で1本を回しながら、他の指でもう1本を回している。
それも両手で同時にだ。
「凄いですね!」
こちらの言葉に気をよくしたのか、さらに速度を上げる。
「お待たせしました」
そこへ会議の出席者が扉を開けて入ってくる。
「あ」
ひゅん!さくっ!
ふいのことに指が滑ったようだ。
テコの原理と遠心力によって、思いのほか速いスピードで、先の尖った物体が飛んでいく。
ちょうど視線を向けた、新たに表れた人物の方向へ。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
ルーティーンは普段の能力を発揮するには効果的だ。
ただし、TPOを守ることが前提だ。
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