第183話 装備、七色の鎧

 冒険者(サラリーマン)にとって、装備は重要だ。


 常日頃から習得してきたスキル。

 クエスト(お仕事)に向けての入念な準備。


 その全てが、たった1つの装備のミスで、無に帰すこともある。

 ゆえに、冒険者(サラリーマン)は装備を慎重に選ぶ。

 しかし、独自性が必要とされることは少ない。

 無難で安定性があること。

 これが何より重要だ。

 独自性は、これらを満たした上で、余裕があれば出せばよい。

 出せないなら、出さない方が、はるかによい。

 もし、独自性を出そうとして斜めに進んでしまえば、クエスト(お仕事)の失敗へ向けてまっしぐらだ。


 一流と呼ばれる冒険者(サラリーマン)は、この矛盾とも言える条件を巧みに満たす。

 無難で安定性があり、しかし独自性に富んでいる。

 この条件を満たすのだ。

 それはセンスによって実現されることもある。

 しかし、センスとは万人受けするものではない。

 特定の相手には効果的だったとしても、それ以外の相手には逆効果となる場合もある。

 万能の装備など存在しない。


 だから、一流の冒険者(サラリーマン)は、相手や状況によって装備を使い分ける。

 1対1なら、相手に対して最も効果的な装備を。

 1対多なら、全員に対して逆効果にならない装備を。

 ときには、1日の中で装備を使い分けることすらある。

 それは、センスなどという、所詮は一部の人間にしか通用しないものからはもたらされない。

 知識、経験、度胸などの積み上げてきたものと、判断力がものをいうのだ。


 ゆえに、他の冒険者(サラリーマン)が真似することはできない。

 正確に言えば、形だけを真似することはできる。

 しかし、それが相手に対して効果が出るかと言えば、話は別だ。

 たまたま上手くいくことはあるかも知れないが、多くの場合は効果が出ない。

 それどころか、逆効果になる可能性もある。

 あまりにもリスクの大きい賭けだ。

 よって、若手の冒険者(サラリーマン)は、無難で安定性がある装備を使う。

 そして、一流の背中を見て学ぶのだ。


「会議は以上になります」

「ありがとうございました」


 今日は斥候部隊(営業部)との打ち合わせだった。


☆★☆★☆★☆★☆★


 打ち合わせは、大きな問題もなく終わった。

 これで解散なのだが、実は打ち合わせの最中、ずっと気になっていたことがある。

 せっかくなので、聞いてみることにする。


「変わった柄のネクタイですね」


 冒険者(サラリーマン)の身を守る鎧(スーツ)。

 その中でも首に巻く、いわば生命線であるパーツには、魚が飛び跳ねていた。


「ええ。この後に打ち合わせをするお客様が、釣りが趣味の人でして」


 単純に目の前の冒険者(サラリーマン)の好みかと思い気軽な気持ちで聞いたのだが、予想外に深い意味があったらしい。

 モンスター(お客様)との戦闘(会議)に向けて、装備を選択したというのだろうか。


「これをつけていくと話が弾むんですよ」


 趣味が同じ人間だと親近感が湧き、話が合うという理屈は分かる。

 だが、クエスト(お仕事)の上でも、同じことが言えるのだろうか。


「そんなに違いますか?」


 自分の認識では、クエスト(お仕事)とは真剣勝負の場だ。

 スキルを高め、隙の無い対策を行い、勝負(会議)に挑む。

 装備は重要だが、それはあくまで補助的なものだと考えている。

 だが、目の前の冒険者(サラリーマン)の認識は、少し異なるようだ。


「かなり違いますね。以前、手強いお客様がいたんですけど、その人の趣味に関係するネクタイをつけて行ったら、とたんに会議の雰囲気がよくなって仕事をもらえたことがあります」

「へぇ」


 確かに、斥候部隊(営業部)は初見のモンスター(お客様)と戦闘(会議)することが多い。

 当然、相手も警戒していることだろう。

 その警戒をくぐり抜けるためには、装備は重要な要素となるのかも知れない。


「知人にカーディーラーの営業をしている人間がいるんですけど、アンパ○マンのネクタイをしています」

「それは、もしかして、お子さんのウケがいいからですか?」

「はい。子供の気持ちを掴むと、親が車を購入してくれる確率が高いそうです」

「そんなに上手くいくものなんですか?」


 戦闘(交渉)が有利に進むのは分かる。

 しかし、個人で何百万円、下手をしたら何千万円というのは、かなり高価な金額だ。

 それを、話が合うからという理由で決定するだろうか。

 最終的には良い製品を選択するのではないかと思う。


「もちろん、100%じゃないですよ。でも、あちらかこちらかで迷っているお客様にとって、印象というのは大きいです。天秤が釣り合っているときは、間違いなく印象がいい方に傾きます」

「なるほど」


 確率の問題ということか。

 パーセントで言えば大きな数字ではないかも知れない。

 だが、1件の契約が何百万円、何千万円という単位だ。

 確率を僅かにでも上げるために必死になるのも分かる。


「プレゼンテーションやドキュメントのスキルなども大切ですけど、こういうところで営業が上手くいくかどうかに差がでますね」


 こんなことは、学校の教育や会社の研修では教えてくれないだろう。

 だが、成果は出ているのだろう。

 これが、歴戦の冒険者(サラリーマン)が持つノウハウというやつか。


「あ、でも、お役所とかお堅いところのお客様に会うときは、シンプルなネクタイの方がいいですね。野球が趣味のお客様のところにバットとボールのネクタイをしていった同僚が、門前払いをくらっていましたから」

「聞いたことがあります。ワイシャツも白じゃないといけないんでしたっけ?」

「そうですね。相手が若い人だとまだいいんですけど、年代が上の人は厳しいですね。色がついているだけでアウトです」


 装備が重要なのは確かだ

 だが、形だけ真似てもダメということだろう。

 相手の情報。

 周囲の状況。

 様々な要素を考慮して判断しなければならない。


「私は無難な服装にしておきます」

「それがいいですよ。私は仕事柄、ネクタイを使い分けてますけど、本数がすごいことになっています」


 複数の装備を使い分け、手強いモンスター(お客様)に打ち勝ってきたであろう斥候部隊(営業部)の冒険者(サラリーマン)は、そんなことを言って次の戦闘(会議)に向かった。

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