第162話 先見之明
外は灼熱の世界が広がっている。
普段は冒険者(サラリーマン)として、その世界に踏み出さなければならないが、今日は違う。
惰眠を貪っていても許される。
エアコンの設定温度は26度。
どこかの頭のおかしい人間が決めた設定温度は28度だそうだが、自宅でまで従う必要はない。
そもそも総合的な消費電力は、28度よりも26度の方が低いそうだ。
企業と一般家庭では違いもあるだろう。
だが、一般家庭では設定温度によって洗濯回数などに影響があり、やはり総合的な消費電力は28度よりも26度の方が低いそうだ。
あと、家計も。
そんなわけで、環境は快適なのだが、最近、自宅で襲撃を受けている。
むろん、冒険者(サラリーマン)である自分は、相手がどんなモンスターであろうと、そうそう後れを取るつもりはない。
だが、何事にも相性というものがある。
知識。
経験。
技術。
そういったものが上だろうと勝てない相手はいる。
理由は分からない。
分からないが、あえて理由をつけるなら、法則だろうか。
逆らえない法則で、勝てないと決まっている。
本能が負けを認める。
遺伝子にそう刻まれている。
相性とは、そういうものだ。
「あのさ」
「んー?」
襲撃者はこちらに視線も向けずに、反応を返してくる。
分かっているのだ。
こちらが勝てないということを。
「学校が夏休みだからって、毎日食事を作りに来てくれなくても、いいんだけど」
「ちゃんと食事をしないで倒れた人に、拒否権はありませーん」
襲撃者は的確にこちらの弱点を突いてくる。
「それに、ここでやった方が夏休みの宿題も捗るし」
「その代わりに、こっちがゲームしたりできないんだけど」
だが、こちらとて黙って攻撃を受けているだけではない。
反撃を試みる。
「友達と遊びに行ったりしないのか?」
「してるよ。お兄ちゃんがいない平日の昼間とかに」
こちらの反撃を軽く躱す襲撃者。
そして、さらに追撃を加えてくる。
「ひょっとして・・・迷惑?」
精神攻撃だ。
ぐらりと、こちらの心が揺れる。
「・・・・・そんなことは無いけど」
「♪」
昔からプチデビル(女子高生)に勝てたことはない。
☆★☆★☆★☆★☆★
夏休みに入ってから、こんな感じだ。
まあ、ありがたいのは確かなのだが。
「さて、宿題も一区切りついたから、料理の出来具合でも見ようかな」
そう言って、キッチンへ向かう。
なんとなく、それについていく。
「今日は何を作ったんだ?」
ほとんどキッチンに立っている姿を見ていないが、料理はしていたらしい。
「ふっふっふっ・・・お兄ちゃん、料理は手間をかけた方がおいしくなると思っていない?」
「まあ、そんなイメージはあるな」
テレビで旨い店と紹介されているのを見ると、仕込みに何日かかったとか言っているのを見る。
「確かに、おいしい料理に手間がかかることはあるけど、手間をかけたからといって、おいしくなるとは限らないの」
「まあ、その理屈も分かるな」
単純に手際が悪いこともあるだろう。
そうでなかったとしても、調理が面倒な食材というだけで、それに見合った味でないこともあるだろう。
「なら、少ない手間で、おいしくなった方がお得でしょ」
「お得かどうかは知らないけど、おいしくなった方が嬉しいのは間違いないな」
「手抜きじゃないよ?」
「分かってるって」
そんなことを話しながら、炊飯器に手をかける。
今日は炊き込みご飯でも作っていたのだろうか。
「じゃーんっ!」
「おおっ!」
そこには予想と異なる光景が広がっていた。
「今日は炊飯器で角煮を作ってみました♪」
テレビで見たことがあるな。
炊飯器を駆使して色々な料理ができると。
「前からやってみたかったんだけど、家だと炊飯器を使わせてもらえなくて」
「まあ、普通はご飯を炊くのに使うだろうしな」
「うん。それに油汚れは洗うのが大変だって」
炊飯器で色々な料理はできるが、あえて炊飯器で作る必要もないといったところか。
趣味の領域ということだろう。
「それで今日はご飯はどうするんだ?」
「中華蒸しパンを作る予定。もう生地は用意してあるから、後は蒸すだけ。角煮を挟んで食べるとおいしいよ」
「ほう」
それは楽しみだ。
だが、一つ気になる。
なんだか、普通に作るのとあまり手間が変わらないのではないだろうか。
片づけの手間も考慮すると、逆に増えている気もする。
「♪」
まあ、いいか。
上機嫌なところに水を差すこともないだろう。
そんなことを考えながら、休日の一日が過ぎていった。
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