第155話 譲れない想い

 誰にでも、こだわりというものがあるのではないだろうか。


 小さなこだわり。

 大きなこだわり。


 大小は様々だろう。

 だが、それを肯定されたときの嬉しさと、否定されたときの憤りは共通だ。


 好き嫌いは、十人十色。


 なかなか、そう割り切れるものではない。

 十人十色だからこそ、こだわりがあるのだとも言える。

 全員が同じ考えだとしたら、それはこだわりとは言わない。

 ただの常識だ。

 それでは、つまらない。


 そして、こだわらないものも、こだわりとは言わない。

 ムキになるからこそ、こだわりだ。


「みなさん、日本酒って、どうやって飲みますか?」


 その日。

 珍しく雑談の話題を提供してきたのは、魔法使い(PG:女)だった。


☆★☆★☆★☆★☆★


 いや、そうでもないのか。

 日本酒がマイブームだと言っていた気がする。

 しかし、日本酒の飲み方か。

 そんなに、種類はない気がする。


 熱燗。

 冷や酒。

 冷酒。


 そのくらいだろうか。

 燗は温度によって呼び方が変わるらしいが、そこまで詳しくない。


「銘柄にもよるが、熱燗だな」


 最初に答えたのは課長だ。

 こだわりがあるのか、真っ先に答えが来た。


「いいですよね、熱燗。甘口を燗にすると、ほわっとして幸せな気分になります」

「私は辛口で、きりっとするのが好みだ」

「そっちもいいですよね」


 二人とも日本酒好きなのか、話が合っているようだ。


「冷や酒で飲むことが多いかな」

「わたしは、冷酒かな~。ちょうど夏だし~」


 自分と後輩も答えを返す。


「夏は冷酒もおいしいよね」

「そうそう~」

「でも、冷房が効きすぎているときは、冷や酒くらいがいいかな」

「あぁ、そういうときもありますね」


 それなりに共感が得られたようだ。


「あれ?冷や酒と冷酒って違うんですか?」


 そんなことを聞いてきたのは、魔法使い(PG:男)だ。

 彼はあまり日本酒に詳しくないようだ。

 だが、この違いは知らない人も多いようなので、仕方がないとも言える。

 その理由は名前から連想しづらいからだ。

 そして原因は歴史的な背景も絡む。


「冷や酒は常温、冷酒は冷蔵庫で冷やしたものを指すのよ」

「へぇ、知らなかった」


 魔法使い(PG:女)が説明する。


「冷蔵庫が無かった時代は、日本酒は燗するかそのままで飲むしかなかったから、熱燗と冷やしかなかったの。冷酒っていう飲み方が増えたのは、冷蔵庫が普及してからね」

「なるほど」


 納得した様子の魔法使い(PG:男)に、魔法使い(PG:女)も満足そうだ。

 知識を披露できるのが、嬉しいのかも知れない。


「最近は、日本酒を使ったカクテルなんてものもあるよな」


 その流れに乗ったのか、魔法使い(PG:ベテラン)がそんなことを言い出す。

 それを聞いた魔法使い(PG:女)の反応は・・・


「・・・・・」


 ビッ!


 無言で親指を下に向けた。

 かなり勢いよく。


「え、いや、ちょっと」


 あまりの反応に、動揺を隠せない様子の魔法使い(PG:ベテラン)。


「それはいかんよ。日本酒に他のものを混ぜるなんて、許されるはずがないじゃないか」


 そこに課長が追い打ちをかける。


「え、でも、日本酒って料理にも入れるし・・・」

「それは、料理に日本酒を入れているのであって、日本酒に混ぜ物をしているのとは違うだろう」


 苦しい言い訳をしようとした相手にも容赦はない。

 滅多打ちだ。

 ちらっと後輩を見ると、こいつやっちまったな、とでも言いたげな表情をしていた。

 魔法使い(PG:女)のこだわりを知っていたのだろう。

 個人的には、飲み方は人それぞれだと思うのだが、それを口を出すのは止めておいた方がよさそうだ。


「それで、日本酒の飲み方を聞いてきたけど、なにかあるの?」


 滅多打ちが終わりそうになかったので、助け船を出す。

 すると、魔法使い(PG:女)が思い出したように、なにかを取り出す


「そうそう。知り合いから日本酒の飲み比べセットをもらったんです。それで、お裾分けしようと思って」


 出てきたのは、日本酒の小瓶が数本入ったセットだった。

 そのセットを分けて、配っていく。


 課長には、熱燗に合う、辛口と甘口の2本。

 自分と後輩には、冷酒や冷やが合うものを1本ずつ。

 魔法使い(PG:男)には、どんな飲み方でも合いそうなものを1本。

 そして、魔法使い(PG:ベテラン)には、下に向けた親指を1本。


「どうぞ」


 笑顔でそう言ってくる。


「ありがたく頂くよ」


 課長も笑顔だ。

 最後の1本について、つっこむ者はいない。


「ありがとう」

「ありがと~」

「あ、味わって、飲みます」


 他のメンバも、順番に礼を言っていく。

 こだわりを持つ者には、逆らってはいけない。

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