第153話 頭上に立つ者

 冒険者(サラリーマン)たるもの、常に油断は禁物だ。

 それはモンスター(お客様)と向き合っているときに限らない。

 ただ道を歩いているときも同様だ。


 例えば、雨の日。

 酸性の液体(酸性雨)が、頭上から、足元から、襲い掛かってくる。

 一瞬の油断が命取りだ。

 ただ数秒、瞬きをしただけで、次の瞬間には鎧(スーツ)に酸がかかり、腐食されることになりかねない。


 では、晴れの日はどうだろう。

 酸性の液体(酸性雨)が降りかかってくることはないかも知れない。

 だが、もっと怖ろしいものが降りかかってくる。


 べちょっ!


「うわっ!」


 目の前に落下してきたものに足を止める。


「あ、危なかった」


 頭上を見上げる。


 ちゅん・・・ちちちっ・・・


 そこには一見、か弱そうな小鳥の姿。

 殺意を持って襲い掛かってくる黒い霊長(カラス)ではない。

 だが、だからこそ怖ろしい。


 殺気なく、気配なく、こちらに攻撃を加えてくる。

 それも致命的な一撃だ。

 あれを食らえば、酸性の液体(酸性雨)を被ったときとは比べ物にならないダメージを受けてしまう。

 しかも、回復には時間(シャワー)と費用(クリーニング)を要する。


「電線の下は歩けないな。鳥の糞が降ってくるなんて」


 だが、これが意外と難しい。

 慎重にルートを選びながら、歩を進めた。


☆★☆★☆★☆★☆★


「確かに、細い道って、路側帯の上に電線がありますよね」

「そうそう。そういうところに限って鳥がとまっていて」


 朝の始業前の時間。

 魔法使い(PG:女)と雑談する。


「自動車が走っていると飛んでいくんですけど、朝の静かな時間帯だと大量に鳥がとまっていることがありますよね」

「今日は危なかったよ」


 彼女も状況が分かるようだ。

 そこそこ会話が弾む。


「おはようございます~」


 そこへ後輩もやってくる。


「おはよう」

「おは・・・よう?」


 普通に挨拶を返すのだが、なぜか魔法使い(PG:女)の挨拶がおかしい。

 なんだろうと思って見てみると、どうも後輩の方を見ているようだ。

 正確に言うと、後輩の頭だ。


 ・・・・・


「・・・どう思う?」


 とりあえず判断は保留だ。

 小声で魔法使い(PG:女)に相談する。


「髪留め・・・じゃないでしょうか?」


 まあ、可能性が高いのは、それだろう。

 だが、ありえるのか?


「最近って、ああいうのが流行っているの?」


 女性の流行には詳しくない。

 自分の感覚からするとありえないのだが、思い込みで否定するのもダメだろう。

 だから聞いてみた。


「わたしは知りませんけど・・・夏っぽいデザインですし」


 だが、どうも返事はかんばしくない。

 否定はしていないが、肯定もしていない、玉虫色の回答が返ってきた。


「二人で何を話しているんですか~」

「わっ!」


 小声で話していたので聞こえてはいなかったようだが、気になったのか、いつの間にか後輩が近寄ってきていた。

 もう、これは直接聞くしかないだろう。


「えっと・・・それ新しい髪留め?夏っぽいね」


 とりあえず、無難な方向で尋ねてみた。

 すると後輩は嬉しそうに返事を返してくる。


「そうです~。夏っぽいですよね~」

「そ、そうなんだ」


 予想を肯定されたのだが、少しショックを受ける。

 そうか。

 最近はこういうのが流行っているのか。

 これがジェネレーションギャップというやつだろうか。


「どこで売っていたの、こんな形の髪留め」


 呆れた様子で魔法使い(PG:女)が手を伸ばす。


「え~、そんなに珍しくないよね~。チョウチョの形なんて~」


 ぴたっ。


「・・・チョウチョ?」


 次の瞬間だった。


『ミーンミーンミーンミーンミーンミーンミーンミーン』


 バサバサバサバサバサバサバサバサッ!


 静かなはずの朝のひととき。

 大混乱が巻き起こった。


☆★☆★☆★☆★☆★


「びっくりしました~」

「びっくしたのは、こっちよ」


 突然、鳴きながら飛びまわった髪留め。

 いや、髪留めかと思ったアレは、先ほどようやく窓から飛び去った。


「も~、教えてくれたらいいのに~」

「あなたが髪留めっていったんじゃない」

「セミの髪留めなんか、あるわけないじゃない~」


 後輩がやれやれといった感じで溜息をつく。


「なんか納得いかないけど、まあいいわ。ほら、髪が乱れているわよ。直してあげるから、こっちきて」

「は~い」


 冒険者(サラリーマン)たるもの、常に油断は禁物だ。

 こちらの気づかないうちに、まるでトロイの木馬のごとく、敵はすぐそこまで迫っているかも知れないのだから。

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